第十三話 種まき
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「なんなんだこれは……」
彼は自分のステータス欄を見る。そこには、謎の称号とステータスにかかったバカげた補正。そして技の熟練度などにも大幅に補正がかかっている。通常の五倍の熟練度取得と、戦闘時に限り全ステータス五倍。他にも限定状況下で様々な効果を発揮する能力がそこには存在していた。
スキル名は――『武神の種』
彼には武神の種。――いわゆる素のステータスに補正をかけるものだ。だがその大きすぎる能力にはもちろんデメリットがある。武器の使用禁止だ。武器を使おうとするのであれば武神の種のスキルは乗らない。この能力の最大の特徴が体術での蹂躙。
体術を用いた圧倒的な才能こそこのスキルの正体。
「種……このゲームにそんな称号があったか?」
種という称号はこのゲームにはもともと存在していない称号だ。他の種も同様実装どころか構想にすら上がっていない称号。解析にも存在していない称号。つまりそれは何者かがありもしないシステムを実装したことになる。そして現状それを行えたものは一人。
「菊池童……か」
ゆえに彼は考えた。菊池童の目的は何なのだろうと。そもそも一個人でゲームをハックするなど並大抵のハッカーでも難しいのではないか。そこまで彼は考えたが知識の不足で憶測でしか考えられない。どちらにしろ協力者もなしでここまですることに理由はあるのか。あるとするするならばその理由はなんだ。
「わからない」
そう彼はつぶやいた。
『武神の種』その強力な称号を彼は受け止めた。そしてそれを封印することにした。武器の使用禁止。そのルールをあえて破り自身に封印を施す。そのプレイヤーの名前は……『トウマ』かつて、FPSOで拳闘士を生業としていたものである。
――――――
「さて、こいつは何なんだろうね……」
僕はステータス欄に表示された武神の種という称号を見る。能力もチート級だが、それ以上にやばいのは、この種という称号についてだ。種という称号は今のところ実装されていない。実装された記録も公式サイトには乗っていなかったのを覚えている。だが、こいつの存在を確認して数日後、種の称号に気付いた人間は数人いた。事実そういうスレッドが掲示板内で共有されている。
取得条件、更新日時今もって不明。
考察されるも、有力な情報は何一つ上がってこない。事実デマではないかとの噂が流れたとのことだが、怖いもの知らずのプレイヤーの一人が名前を隠したうえでステータス欄のスクショを掲示板に張り付けることで加工しただのしていないだのもめつつ一応釣りではないという形で進むことになった。
「この種の称号の特徴といえばバランスブレイカーともいえる能力か」
このVRMMOというゲームでは究極的な到達点としてVRゲームとの親和性だ。環境適応能力の応用ともいえる。要はどれだけステータスを鍛えても最終的には扱うプレイヤー次第で最強にも最弱にもなりうる。使っているキャラがいくらデブでもうまく扱えるのであれば普通に強い。
種の称号シリーズで現在確認されているのは、自分の情報提供を含めて七つだ。
『希望の種』……プレイヤーの注目度、期待値、ヘイト値、期待値をそれぞれ総合し、ステータスに補正をかけるもの。
『不屈の種』……プレイヤーが瀕死の状態かつパーティメンバーが瀕死の状態でヘイトが自分に集まっている場合、モンスターのLvと数に応じたステータスに倍化がかかる。
『不死の種』……プレイヤーの自動蘇生と高速回復能力。部位欠陥などを直す。高速回復能力と自動蘇生を引き換えにステータスを大幅強化できる。
『再生の種』……プレイヤーの超速回復能力とプレイヤーから切り離した部位のリソースを道具のリソースに変換できる。超速回復能力の8割と引き換えにステータスを大幅強化できる。
『改変の種』……プレイヤーの作った装備品の能力を後からある程度変更することができる。種の能力を一部武器に付与することなども可能。
『武神の種』……プレイヤーのステータスを戦闘時に限り極限強化。ただし、素手の場合に限る。
『伝播の種』……プレイヤー自身にかけられたバフをパーティメンバー、任意の相手に共有することができる。プレイヤーのいくつかのパラメータにより自身と任意の相手にステータス強化。
みんなうまく情報を隠している。ステータス強化の倍率を隠すことでお互いの不用意な情報の漏えいを最低限にしている。今はゲームがこんな状態だ。こんな状態でもPKが発生しないと言い切れないのがオンラインゲームというものだ。もし、このスレッドの内容を知られて対策を取られたら敵を倒すことは難しい。
現状『不屈』は大人数で挑むほど勝てなくなる仕様なのでできれば仲間に引き入れたい。
そんな風に思考をしていると、メンバーたちから話しかけられた。
「ん? 何?」
「いや、特に何かあるというわけではないんですが……」
「あんたずっと掲示板に張り付いているみたいだけどなんかあったの?」
「いや、何かあったわけじゃないよ」
今のところは何かあったわけではない。
ただ、変な情報が出てきただけだ。だが、更新された覚えのない称号、そして菊池童。これが関係ないとはどうしても思えない。一応、彼らのギルドに入っておいたのが功を奏したと言える。僕も一応あそこの人間だ。彼に話をしておくだけ話しておこう。
「ちょっと用事ができたから不知火のところに行ってくるよ」
「えっ、ちょっ!」
「何かあったんでしょうかねえ……」
「リーダーがまた無理をしないか心配です」
――――――
「とりあえず、レベリングっと」
僕の持っている例の称号についてまるで手掛かりというものがない。一応『伝播の種』のスキル情報については掲示板に載せて情報共有を図った。だが、無貌についてはあえて乗せてはいない。理由は能力が不明瞭すぎることと、スクショを取るとなぜかそこが空欄になってしまうという不思議な現象が起こってしまう。一応モアとライターには見てもらったが一応本人が見せる分には消えたりしないらしい。
『無貌』というとクトゥルフを連想してしまう。例の這い寄る混沌だ。あれは、不定形でなんか印象としてスライミー(婉曲表現)なんだけど、あれって姿かたちを自由に変えられるという設定がなかっただろうか。あれみたいにできるのか? DEX値の大幅補正と関連性がないと言い切れないのが困る。多分スキルに変装とか、化粧とかDEXの関わるスキルにそういうスキルがあるということかもしれない。雑魚モンスターを最初に買った壊れ性能の忍び刀でどんどん切り伏せていく。経験値ブーストもかかっているのでパーティメンバー達も比較的早くレベルアップする。レベルアップまでに三回から四回戦闘が減ったという程度なので誤差といえば誤差だ。。
その一回の戦闘にもそれなりの時間がかかるため、総プレイ時間に換算すると誤差のレベルだ。ただ体感時間としてはかなり違う。
ここしばらくでそれなりにレベルは上がった。そろそろこの町ともおさらばだろう。レベルが上がりにくい。
最初の街にはギルドハウスが作られている。プレイヤーにデフォルト装備されているスキルの一つに拠点転移というものがある。それを使えばいくらでもギルドハウスには来ることができる。また一度行った街へ行くには別のスキルが必要になるが。
町へ戻ってきたとき、見知った顔に話しかけられた。
「よお。久しぶり」
「ん、トウマ?どうしたのこんなところで。結構前線で頑張ってるって他のメンバーから聞いてたけど」
「うん。まぁそれなりにね。こっちもいろいろわかってきたことがあるからその情報共有」
「ゲームの仕様はそのままじゃないの?」
「いや、基本はそのままだけど根本的なところがどこか違うことが分かった。その辺の情報共有だよ」
「それ他のみんなのいるところじゃだめ?」
「この情報は割と秘密にしておきたい。だから君に話だけ話してるんだ」
「はぁ……」
そんなこんなでトウマに連れられギルドハウスの男性プレイヤー専用の部屋に閉じこもった。あれから少しギルドメンバーが増えて少しずつだが女性プレイヤーたちの間で口コミでうちのことが広がっているらしい。まだ、そこまで成果が出ているわけではないが。
『嘘っ!? ああ、ギルドマスターとトウマ様が同じ部屋にこれは……イケる!』
やめろ。
中にはこういう方もいなくはないので人目には気を遣うようにしている。
「というわけで早速情報共有だ。君、『種』については知ってる?」
「ん? ああ知ってるよ。ほら、正体不明の称号でしょ?」
「そう。掲示板で非公開だけれども確かにその存在は確認されている」
「僕も知ってるよ。というか二つ持ってる」
「は?」
トウマは拍子抜けた顔をした。そして頭を抱え呆れ始めた。
「君がその称号を持ってることはさして問題じゃなかったんだけどさ。話が早くて助かるんだけど、二つ持っているというのが気になるなぁ」
「まぁそういうこともあるんじゃないの?」
「このゲームだとありえなくはないのが困る」
「で、情報って何?」
話が脱線しそうに感じたのでそのまま話を進める。彼はため息をついた後顔を引き締め、真面目な顔になる。そして彼の口から情報が語られる。
「このゲームは多分、根本的なところから書き換えられている。プログラムとかそういうのじゃなくて、もっと根元の部分から」
いきなりあいまいな話が始まった。
「ゲームのプログラムが同じなら別ゲーなわけないんじゃないの?それとも海賊版に移行させられたとでも言うの?」
「どちらかといえば逆だよ。もとのFGOがプロトタイプの感じだ。このゲームは菊池童によって完成されたゲームだ」
「別段完成度が上がったようには感じないけど」
「もしかしたら気付いていないかもしれないけど、このゲームはもうゲーム内での一日は二十四時間という時間に引き伸ばされている。そして一番の理由は『種』の称号だよ。種の称号のスクショなんだけど見てくれ」
そう言って彼は掲示板の種の称号シリーズの説明欄のスクショを見せた。
「特に『希望』と『不屈』に注目してくれ。この二つの称号は基準が曖昧なんだよ」
希望は多分周りのプレイヤーからの期待や好意その他を含めた要素でのパワーアップ。不屈はヘイトなどからパワーアップ。なるほど、確かにそれは曖昧だ。ヘイトを向けられるのは『モンスターからとは限らない』。そしてその注目の内容が『ヘイト』なのかそうでないのか人間の基準としてみれば非常に曖昧だ。
「このゲームの完成度の点はこの二つの称号から導き出した。プログラムから判定できる域を超えている。だからこのゲームの完成度が上がっているんだよ」
その点だけを見れば確かにゲームの完成度は上がっていると言えるだろう。だがそれがどうしたというのだろうか。どこまで行ってもゲームという現状は変わらない。僕はそう反論した。ゲームの完成度が上がったことにどこが問題あるというのか。
「わからない? 菊池童は一人でゲームを乗っ取り書き換え、そして今なお潜伏を続けている。はっきり言って次元が違うんだよ。ゲームの完成度を底上げさせた。そしてこのゲームでは根本的な部分が変わっている」
「そういえばそう言ってるね。でもさっきの『ゲームの完成度』こそが根本的な変化じゃないのか?」
「いや、このゲームの根本的な違いはすべて菊池童が中心になっていることだよ。菊池童が乗っ取り、変えて、そして創った。すべて彼のものになった。だからこのゲームの根本は彼の趣旨に沿ったものになっている。多分この種シリーズの称号こそ、その象徴かもしれない」
種の称号が実装されたという情報もなければ種の称号が前からあったという情報がない。やはり彼もそこに気が付いていた。
「彼には僕らに目的があるのかもしれない。さっきから憶測ばかりで悪いけどそういうことだよ」
ふと、彼……彼女? どっちだ。菊池童とあったことを思い出した。奴には目的があったと。そのことはトウマに話しておくべきかもしれない。
「そういえば一度ゲームオーバーになりかけたことがあったんだ。その時に菊池童に会ったよ」
「分かった。何かあったんだね」
「察しが良すぎるだろお前」
「だてに戦場を潜り抜けてきてないってことさ」
とどや顔をする。確かにトウマといえば例のFPSO事件でトップランカーではないのに異例の戦績を残したプレイヤーだという。PVPでなら勝率は8割を超えるらしい。こいつは純粋にVRとの相性がいいのだろう。
「奴には目的があると言っていた。というのも、まぁそこはいいんだけどさ。自分の封印を解いてほしいと言っていた。そのための『種』というヒントも残したんだ」
「種の称号のことか。種ということは何か条件があることで発芽でもするのかな」
「どうだろうなぁ。あくまで封印されたのは『男の姿』としての自分と言っていたし……」
種だけに少し下品な連想をしてしまったのが自分でも悔しくなってしまった。
「種って何かの比喩なのは間違いないだろうね。その比喩が『成長』を指したものなのか『親子関係』を指したものなのか」
「それが分かりゃ苦労はしないだろ」
「そうだね」
そう言って、簡単な情報交換をして別れた。
種の称号はゲームバランスを崩しかねないほど少数のプレイヤーしか確認されていないうえに効果がめちゃくちゃだ事実『無貌』の恩恵はすさまじいものだと理解できた。初期の壊れ武器と合わせると最初にいるこの街からエリア的に2つから3つほど先の敵でもどこか攻撃を当てると大体クリティカルが出る。攻撃はそこまで鍛えているわけではないのでレベル上げは最小限で進めていくポケモンのTASをやっている気分だ。おかげで戦闘が楽になって、ソロで狩りもできるようになり、今ではモアとライターのレベルに並ぶ勢いだ。
だからまず貴様からすべて聞き出させてもらうぞ。菊池童。
不定期更新で、普段は絵をメインに描いているため、あまり更新速度を期待しないでください。