第十二話 蘇生
今このVRMMOの世界で死んだ人間は、今後生活を不自由な体で過ごす可能性がある。脳に送られる死亡判定が脳を焼き、神経を焼き切る恐れがあるからだ。もちろん普段はセーフティがかけられている。だが、死亡という概念のあるVRの世界において信号が取っ払うことができなかった。だから企業側で死亡エフェクトの信号を独自に改造した。
暗転し、数秒間全身の感覚を完全シャットアウト。視界がぶれて、気が付けば最後に立ち寄った街の教会に立っている。エトセトラ。
適切な処置や、時間制限アリの蘇生アイテムというものも存在する。そうすれば一度HPがなくなってもゲームに復帰できる。そこらへんはゲームがVR化した影響か、現実寄りになった仕様がいくつかある。心肺蘇生法でゲーム復帰できる時代になった。
というか、なぜ僕はそんなことを考えているのだろう。
「ここは……どこだ……」
あたりは真っ暗。間違ってもプレイヤーはいないだろう。えっと……僕は謎の男に刺されて……ってことは、ここはデバックルームか何か?上下の感覚すら曖昧になりそうな中、不意に声が聞こえてきた。
「いらっしゃい。なかなか災難な目に遭ったね」
「ダリダ!」
とっさにオンド〇ル語で返してしまった僕はきっと危機感が足りないのだろう。
後ろを振り向くと、そこには鎖でほとんど姿の見えなくなった、誰かがいた。いや、本当にダリナンダアンタイッタイ。
「いやー、油断してね。連中に簀巻きにされちゃったんだ」
簀巻きどころか完全に鎖巻きの拘束だよ。ミイラ男もびっくりだわ。身長のほどは僕よりも小さい。150ほどと小柄だ。だが、鎖巻きの姿から漏れる女にしてはやや低めの声だと思った。多分男だろう。男特有の濁りみたいなものがある。
「今は仮の姿で失礼させてもらうよ――っと」
そう言って彼の姿は変わった。身長や体格もやや変わった。身長が十センチほど縮み、声も濁りが取れて、本当に女性そのものになった。見た目は美少女……というほどではないが中の中から中の上レベル。格好は肩を出した改造された学ランのようなものを着ていた。
「目の前でTSを見る機会なんてさらさらないから目に焼き付けておいたほうがいいぞ~」
そう言って彼女は空中に座った。僕を見下ろす体勢になったところで、彼女は話し始めた。
「君の周りの人間が一生懸命今蘇生に取り組んでいるよ。今この場を借りて君にいくつかヒントを与えておこうと思ってね」
その勿体ぶったしゃべり方は聞いたことがある。そういえば先ほどの声……どこかで……。まさかとは思うが。
「お前、まさか……」
「ご明察。僕は菊池童だよ。姿こそ今は女の子だけど、本当は男の子さ。まあ封印されてるんだけどね」
心底不快そうによそを見ながら封印されたことを話し始めた。彼にとってはよほどいらだつことだったのだろう。もしかしてこのゲームをハックしたのはストレスを発散しようとしたからなのか。
「君は冷静だね。普通なら掴みかかってきてもおかしくはないのに。そして同時に君は弁えているね。素晴らしいと思う」
そう言いながら彼は見下す態度をやめない。一挙一動が白々しい。妙に違和感があるな……。なるほど……大体わかったぞ。
「お前まさか封印を解いてほしいのか? おそらく、今のお前を打倒できるレベルじゃないと、もしかして封印を解けないとか……」
「ふぅん……」
彼は目を細めた。体は少女だからか、一瞬だけその何かを品定めをしようとする目に艶やかさを感じた後一瞬で吐き気と気持ち悪さに変わり背中に悪寒が走る。
「君は本能では理解しているようだ。では、本題を話しておこう。君は可能性の塊だ。なんでもできる可能性があるし何にもできない可能性もある。君が自分の奥底に眠っている力をどう扱おうが君次第だ。まぁ、君にならどうにでもなる。なんて言ったって、君は『僕ら』なんだからさ」
そう言われた途端に視界がゆがむ。
「時間切れか……まぁいいや。最後に一つ――種を育てたまえ。君のための君だけの種を、指針を用意した。それが僕の元へと導くだろう……」
そう言われたとたん視界は完全にブラックアウトした。
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目を覚ました。
そこには、泣きそうな顔をしたパーティメンバーたちがいた。さすがに心配かけたと自分でもそう思ったので、ひたすら謝り倒しつつ、起き上がった。
周りは既に僕を刺した男を取り押さえていたようだ。何か喚いているが、特に気にならない。不快な内容だというのは何となく理解できた。
「済まなかった。こんなことになるなんてな」
「いや、正直こんな展開読めるやつのほうがすごいと思うわ。まぁ、気にしてない……というのはないけど、これでなんとなくわかってくれたと思う」
このゲームには女性を意図的につまはじきにしてあろうことか、奴隷として扱おうとする輩もいるということだ。この流れに乗じてそういう雰囲気を作ってしまえば、流されてしまうのが人間だ。
「僕はこの流れが気に食わない。少なくともプレイヤーはプレイヤーで対等であるべきだ。守られるべきとかそういうことではない。何かおかしい?」
「いや、本当にその通りだ。俺たちはそういうところを見逃していたのかもしれん」
「もし、今後そういうこと言う奴がいるのであれば、積極的に捕まえておいてほしい。今の流れの邪魔をする奴は邪魔なんだ。積極的に消していきたい。無論僕たちもそうする。」
「わかった」
そして僕を捕まえていた大男は後ろに向きかえり、声を張った。
「聞いたな! 俺たちは積極的にこいつらには手を出さねえ! あくまでプレイヤーとして対等だ! あと、女子プレイヤーだからって、セクハラ発言をするプレイヤーには気を付けろ! 見つけ次第そいつを観察し、度を越したと思ったら捕まえろ! このゲームじゃみんなは対等だ! セクハラ野郎は捕まえろ」
おおー! と大きな返事が返ってきた。ここにいた全員はこれでいいらしい。味方……というよりは中立の味方ができた感じだ。意図的な擁護はしないが、同時に危害を加えたりしない。
「ありがとう」
「いや、この混乱に乗じて本来のことを見失っていた。本当は楽しんでゲームをするはずなのにな」
「こっちも仲間がほしくていろいろ活動をしてるんだ。もし、君らの知り合いで女性プレイヤーがいるなら僕らのギルドに来るようにメッセージか何か送っておいてほしい。ギルドの場所は最初の街のところにある」
「ああ、わかった。――あいつに謝り倒さなきゃなあ」
大男は頭をかきながら苦笑し、仲間を連れて引き上げていった。なんだ、話の分かる人たちじゃん。そして僕を刺した男は最後まで僕のことをなんか言っていたようだが、気にしてなかった。途中、直結厨とか金で名誉を買う男みたいなことを言っていたような気がしたが、正直どうでもいい。ただ、今後彼の身に不慮の事故が起こらないことを祈るばかりである。IDは控えたからな。ゲーム終わったら覚悟しろ。
「じゃあ、帰ろ――へぶっ!」
また体当たりを食らった。今度飛び込んで来たのは妹のナナだ。
「バカ! バカバカバカ! 死ね!」
「どっちだよ」
「バカ兄貴! あんたほんとに死んだらどうするつもりだったんだよ! 勝手に死んだら母さんに言いつけてやる!」
「それは困るなぁ……」
そう思いながら、ナナを抱き寄せる。こいつに心配をかけるべきではなかったと思いつつ、同時に無謀なことをしたなと思った。
「そういえば蘇生させてくれたらしいけど、やったのはライター?」
「……うん」
「ありがとう」
「……こっちこそありがとう」
ライターは目を合わせようとしない。そういえばこのゲームにおける蘇生の扱いがわかっていない。今度教えてもらおう。
ナナはしばらく、宥めておくしかないだろう。うざったいが、これも兄としての役目だと思えば多少は我慢できる。こんな状況下だ。きっと、彼女を守り抜けばそれ相応の見返りがきっとあるはずだ。
「みんなにも心配かけたね。ありがとう。さぁ、今日は帰ろう」
さすがに起こった事件が事件だ。この事件が掲示板に投稿されれば良くも悪くも宣伝にはなるだろう。直結厨とか言われるかもしれないが、そもそもリアルの知り合いなのに直結もくそもないというツッコミは無粋だ。
「ナナ。今日は帰るぞ。帰って休もう」
僕の胸にしがみついた妹は顔を埋めたまま頷いた。
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菊池童に会ったことはみんなには言わないほうがいいだろうな。多分あれはたまたまだ。僕に利用価値があると踏んだから向こうからわざわざロスタイムを使って接触してきたのだ。じゃなきゃ、僕に種とかいうヒントを出したりはしない。
「種……ね」
「農業関連のスキルは一応生産関連にあるわよー」
モアはあんなことがあったにも関わらず普通に接してくれる。おそらく彼女なりに空気を読んで、この空気を払拭しようとしているのだろう。
「薬とか非常食代わりになりそうなものとか作ってもよさそうだなぁ……」
生産系を目指すならいろんなことに手を出してDEXを上げておくのもいいだろう。結構そういうクリエイト系は好きなので楽しめるだろう。
「折角ギルド作ったんだし厨房担当ってことで」
「頑張ります」
そんなことを言いながら、ステータスを確認する。あいつは種といった。あいつが用意した種というものがアイテムとして用意されたものなのか、もしくは、それ以外のものを用意したのか。そして自身のステータス確認するとあった。
『ステータス 称号:無貌の種、伝播の種』
なんだ。この称号は……。確かこのゲームにおいてはプレイ内容で得た称号はステータスに影響する。いわゆるパッシブスキルと扱いが近い。実際ほぼ同義だ。ただ、スキルと違うのはプレイ内容で手に入れるのが称号、ステータスで得るのがスキルという違いだ。
それはさておき、この称号の内容を確認するべきだろう。
『無貌の種:
効果1、 条件を満たしていないため効果開示できません
効果2、 DEXのステータスに大幅補正。DEXの熟練度に大幅補正』
『伝播の種:
効果、 パーティメンバーに経験値ブースト。自身の一部状態異常をパーティメンバーと共有できる』
かなりえげつない能力だな……。これが種の称号というものなのか。奴が用意したという、チートともいえるステータスに補正を加える称号。
せめて、称号と補正についてはみんなに言っておいてほうがいいだろう。でなければ、後々不和が生まれる原因になりかねない。特に伝播に至ってはそうだ。非常時にデバフを食らって全滅なんて話にならない。
ギルドハウスに着いたらみんなに話そう。さすがにこの場では人目が多すぎる。どこから情報が洩れるかわからない。
新たな不安要素に頭を抱えつつ、ナナの手を握り一緒に帰った。こうやって手をつなぐのは……小学生低学年以来か。今となっては身長を越されてしまったけれど、だからと言って気にするほどのことでもない。ほんと、お互い兄妹離れができないものだと思う。
さすがに大勢の人の目が合ったので奇異の視線にさらされたりしたし、事情を知る仲間たちからすらいたずらにシスコンとすら言われてしまったが、今回ばかりはシスコンのそしりを甘んじて受けようと思う。
ちょくちょく設定をいじりながら考えて書いています。おかしいところがあったら修正しようと思います。