第十一話 ギルド設立
笑いが止まらない。
どんなに笑いをこらえようとしても無理なものは無理だ。
やめっ、やめて……!
「あははははははははは! くすぐるのをやめろ! 死ぬぅ、呼吸困難で死ぬぅ!」
実際のところ、僕らも持ち金をほぼ全部出してギルドハウスを買った。ギルドハウスの仕様も簡単で、見た目のわりに中身が大きくが拡張されていく仕組みだ。それに何の問題があるという話だが、機能によって金額が増えていく。あと外装も多少込む。
例えば生産職に一通り必要な設備を実装したり、カフェやバーを実装したり、体力回復促進機能を持った寝室を実装したりとそんなことをしているともちろんお金が吊り上がっていく。
一応彼らはそれなりに稼いでいたおかげか、自動拡張機能と寝室、生産職用の設備の実装をしたおかげで、それなりにいいギルドハウスを買えた。
笑いが止まらないというのは、一応女性優遇ギルドという言葉のマジックだ。女性を優先的に加入させるギルド。しかしその実体は少しだけ違うものにデザインさせた。女性プレイヤーはギルド内で他の部分では間違いなく優遇されている。一応オプションのお風呂機能も実装させた。ただ個室においては違う。男性プレイヤー唯一の癒し要素、個室完備風呂付きだ。
女性プレイヤー用の風呂場は大衆浴場のようになっているのだが男性プレイヤーはその点に配慮された完全個室風呂。つまりラブコメ展開は起こりませんということだ。女性プレイヤーでも特別料金を払ってもらえればいくらでも個室は用意できる。この施設内において男性はできる限り女性に配慮されるデザインだ。
ヒエラルキーは施設内でどうしても下になってしまうのでその救済処置だ。もし今後この活動が実を結び、男女のプレイヤー間差別がなくなったならこのギルドは必要なくなる。
「はーっははははははは!」
「おい、不知火調子に乗りすぎるなよ?」
ヤヨイはくすぐりながら僕に言う。弱いところを知っている彼女は的確に横腹鎖骨、背中の弱いところを的確にくすぐってくる。
「や、やぁ! やめて、やめてくださいお願いします! 何でもするからぁ!」
「「「「よっしゃ言質取ったからな」」」」
「おい、お前らどこから湧いて出た」
ヤヨイだけだったはずが、気が付けばナナ、モア、ライターまでいる始末。というかなんでもするという言質をみんなで共有するのはいかがなものか。頑張ってもヤヨイまでだよ。とっさにくすぐりが緩んだのでその間に抜け出す。
「まぁ、それはこの際置いておく。でも急にくすぐりだしたんだよ」
「いや、権力を手に入れて天狗になってないかと思って。お前昔からそういうところあるだろ?」
「否定はしない……がそれを今回持ち出す理由はないと思う」
所詮ギルドマスターはお飾りだし。しかも人徳や采配といった点に関しては完全上位互換のトウマがいる。僕にはああいうのみたいになれない。あいつは何かに優先順位をつけてこなすことに長けている。
「トウマ氏が、お前にギルマスを任せたのはお前のほうが適任だからだろ?」
「それがどうしてなのかわからない。僕だって一応お飾りだろ?」
彼に関しては、素直に認めるのは癪だが本当にすごい奴だと思う。短期間で僕の考えていることを見抜いてどうすればいいかとかどのようなサポートを望んでいるか。そういうのも見抜いていた。交渉ごとにおいては僕よりもはるかに上手だろう。事前情報を持たせたならよほどのことがない限り交渉を成功させそうな気がする。
「それは簡単だ。あいつは、個々のヘイト管理はお手の物だ。だがお前はその個々のヘイト管理を全体のものとして認識できるからだ」
気が付けば後ろにいたリョウカさんが僕に話しかけてきた。いつの間に後ろにいたんだ……忍者か?
「忍者だ」
悟り妖怪の間違いだろ。
「そうだな。あいつらのあのパーティメンバーは、トウマを中心に回っている。もっというのであればトウマのカリスマだけ……とは言わないが目立って彼女たち同士のつながりが強いわけではない」
「それをいうならこっちだって似たようなものですよ。僕中心……かどうかはともかく、そこのらは言うほどつながりが強いわけではないですし」
「確かに中心人物という点では同じだ。だが、君の場合は彼女たちをひとくくりに見てるだろう?」
「そりゃ、全員リアルの知り合いですし。繋がりだって、僕が間に入っているから比較的そういうのは作りやすいはずですよ」
「違う違う。彼女たちを一括りに見ている、という要素が重要なんだ」
「むー。さすがに私たちでも腹が立つぞ、ヌイヌイ」
むくれたライターが僕に避難を浴びせる。そして追撃するように、他の奴らがブーイングを飛ばしてくる。
「君は共通の目的を持たせて団結をさせるのがやつよりうまい。万が一のことがあった時は、君のほうが適任なんだ。確かに外交や交渉事はあいつに任せていいだろう。だが、このギルドの中身はお前でどうにかするんだ」
リョーカさんは僕に優しくそう言った。僕とトウマの違うところはそういうところらしい。つまり、個々人で付き合うならあいつに任せて集団を纏めるなら僕のほうが比較的向いているということだろう。
「まぁ、リョーカさんがそう言うのならそうなんでしょうね。頑張ります」
とりあえず、この権力をどう扱おうかまだ決めてないのでせっかくなら楽しみたいところだ。とはいえど、制度としては完成されてるんだよなぁ。現状ハブにされてるプレイヤーのメインは女性プレイヤーと十四以下のプレイヤー。割合で言えば三割以上四割未満というところだ。搾取される側としては申し分ない。
だが、このゲームの特殊なところは『明確なラスボスエリアが存在しない』ということだ。ラスボスがランダムエンカウント状態のこの現状は一般プレイヤーが総当たりで見つけられるかどうかという難易度だろう。ここはVRMMOの世界。フィールドの広さが従来のRPGとは段違いで広い。それは普通のVRRPGとはまた違う。多人数が前提で多人数がフィールドに入ることを前提にした世界観と一人が隅々まで遊ぶために作られた世界観とでは違うことが多いのだ。
この中ではみんなが協力をしなければクリアなんて夢のまた夢だ。
だからこそ今弱者に焦点を当てて今後できるであろう不利の芽を摘んでおきたい。もちろん、強制はしない。怖いのなら無理に戦わせる必要はない。
「じゃあ、みんな。最初に――」
では、ここはモデルたちとともに動こう。
「――レベル上げしようか!」
人を率いる者は時に自ら矢面に立ち、その有用性を実証するのだ。
正直嫌なのだが……まぁ、この際仕方がない。炎上商法だと思って割り切ろう。自らの話題で掲示板の炎上を見るのもまた一興だろう。
頬を叩いて気合を入れる。僕らの冒険はまだ始まったばかりだ。
~~~~~
さて、VRの機体について少し話をしておこうと思う。
VR、特に五感を伴ったVR機器はもともと神経麻痺などにより、失った五感の再生や長期に渡りリハビリのなかった生活を送った人にも使う。歩くための感覚、握るための感覚を思い出してもらうためだ。
もともと医療の現場でしか体験する機会のなかったVRだが、時と技術を経て五感の再現、加速と飛躍的に進化していった。そして一般的となった技術が家庭に普及してきたときに、VRはゲーム機としての発展も遂げた。それがVRゲームだ。
そしてVRMMOを発展していく際、一つの問題が明るみに出た。
ゲームオーバーにおける、『死』の表現に欠陥があった。その問題は加速という技術を発展させたとしても解決できなかった。死の表現は永遠の課題となっている。バーチャルの特性上、死を演出しようとする際に強くイメージにその現象を脳に刻み込む。刻み込んでしまう。
その強いイメージの焼き印こそ電脳焼けだ。VRの発する信号と脳波が自らの脳を焼く。それを逃れるためにVR内で死ぬ場合、視点を本人からはずし五感を切り離すことで電脳焼けのリスクを軽減した。
では、現在の状態ではそれは機能しない。無理にVRをはずそうとすれば脳波を拾うために電極は強く打ち出され脳を焼く。要約は脳に危険の及ぶ行為すべてが電脳焼けのという。そして、この状況下で死ぬということは運営のサポート外の事態ということだ。なにが起こるか判らないから、危険なのだ。あの菊池童とかいう支配者がVRの欠陥に気付いていないわけがない。そのうえで何も通知しないのは不安をあおるためだ。
到底許せるわけがない。移動の傍ら静かに、そして着実に菊池童へと憤りを募らせていった。
~~~~~
フィールドでできることは限られてはいない。
基本何をしても自由だ。何をしても、だ。プレイヤーがプレイヤーをキルする、プレイヤーキルも自由だしモンスターをトレインしてプレイヤーに擦り付けるMPKをしてもいい。
まぁ、現在の状況でそんなことをしようものなら間違いなく掲示板で晒されるだろう。下手しなくてもお尋ね者プレイヤー並みに嫌われる。
「でさ」
「何?」
たまたま隣にいたモアが答える。
「なんで僕ら、他のパーティに囲まれてるんだろうね」
僕は現在、他のプレイヤーに囲まれていた。まあ、理由は大体察しが付く。僕のパーティメンバーが問題なのだ。そしてそれを率いているのは僕だ。言いたいことは大体わかる。
「このど外道が! こんな状況で女性を戦場に駆り出すなんて恥を知れ!」
「そうやって女の子を下に見てる時点で貴様もバカだ。恥を知れ」
基本的に性差というものはお互いを尊重するための違いであり、それ以外に基本的な差などはほとんどない。確かに脳の造りの違いによる差は何かしらあってしかるべきだろう。だが、この場においてどちらが下とか上とかそんな思考をしている場合ではない。
「彼女たちは戦いたいといった。僕はその手助けをしてるだけだ。貴様らに彼女たちを邪魔する資格はない!」
イライラするんだよ……。邪魔なんだよなぁ……僕らの邪魔をするものはすべてさぁ。
「あの外道を生かして帰すな! ――いや、生かして帰さないのはさすがにあれだから、生け捕りにしろ! 死ななければ何してもいい!」
「かかってこいやぁー! このゲームに置いて性別の違いが絶対的なものでないことを証明してやるよ! 彼女たちがな!」
『お前が戦えよ!』
「やなこった!」
そう言って彼女たちのほうを見た。
「「「「「帰ろう」」」」」
「待って! さすがにこの状況で見捨てられたら僕が死んじゃう! 不慮の事故とかで死んじゃうから!」
『ひゃっはー! 死ねー!』
「あ! お前ら今死ねって言った! やっぱ殺す気だったんじゃないか、外道は貴様らも同じだー!」
数分後、そこには無残な瀕死の僕が転がっていた。HPがすでにレッドゾーンに突入して、縄で縛り上げられている。数の暴力には勝てなかったよ……。あとレベルね。
「こいつを牢に放り込もう」
「ふん。好きにすればいい。ただ彼女たちは僕が強制したわけでもなく自分で着いてきたんだ。現状、このままフィールドに駆け出しても絶対に菊池童に会えないのわかってるだろ? 人手は少しでも多いほうがいいはずだ。女性だけはぶる理由はあれだろ? 自尊心のためだろ?」
そう言って、一応今の流れを見守っていた彼女たちに視線を送る。ここでの彼女たちの言葉が暫定攻略組に対する一手となりうる。彼女たちは、僕の視線に気づいた。ライターは僕の視線に気づいた後に一つ頷き、僕と野郎どもの間に立った。
「私たちは、自分の意思でここにいます。あなたたちにどうこう言われる筋合いはないはず!」
いつもの彼女からは考えられない口調と言葉。それだけ今回の彼女が勇気と本気を出していることが分かった。もちろん今回のは促した。だが、たった一つだけでも、現状の男という勢力にあらがう勢力があれば。結束できる。
女性という勢力が。子供という勢力が。僕らに集う。
MMOという世界においてもともと女性の比率は少ない。VRという技術のおかげで多少はましになったといえども、それでも六割近くのプレイヤーは男性だ。逆に言えば四割も女性と子供なのだ。さらに今回の事案では、ほぼ端数といえる数ではあろうが子供も存在する。だが、塵も積もれば山となる。おそらくこれで五分五分とはいかないだろうが、差はほぼ縮めることができただろう。
「あなたたちのプレイは本来のゲームのプレイから離れすぎている! そういう行為は一応利用規約に違反しているはずですよ!」
「だがこれは非常事態だろ! 何かあったらどうする!」
「あなたたちが声を大きくすることで、女性プレイヤーの肩身が狭くなるのがわからないの? この中にどれだけ女性プレイヤーを養おうってプレイヤーいるの!」
静まり返った。おそらくみんなそこまで考えてなかった。いや、お金を稼ぐ手段としてのゲーム内のアルバイトというのはあっただろう。だが、モンスターを倒すよりも明らかに割に合わないことが多い。いざというときお金がなければ自衛すらままならない。
あの菊池童のことだ。もしかしたら街の襲撃イベントを実行するかもしれない。
「私たちは、あなたたちに守ってもらいたいんじゃない! 早くこの地獄から抜け出すために協力して早く抜け出したい! 見くびらないで!」
そうライターから言われて、その場にいた男性プレイヤーは静まり返った。何とも重い空気が立ち込める中、一人が声を上げてライターに突っ込んできた。
「うああああああああ!」
「きゃあっ!」
体当たりを食らいライターがこける。こんな大勢の前でそんな行為に走るなんて一体どんなおかしい奴なんだ……。咄嗟のことで誰も動けない。すぐにこっちへ向かおうとしているモアたちとは距離が離れすぎている。
「うっせえなぁ……! 女はおとなしく男に従っていればいいんだよ……!」
男はそう言い、こけたライターにまたがり首を締めあげる。呼吸ができないわけではないのに苦しそうにライターは顔をゆがめている。このままでは殺される。そう思った僕は、縛られた状態で何とか立ち上がり、僕はライターに襲い掛かっているプレイヤーに体当たりをかました。
「っつ――」
「おい、何してるんだ! 人を殺すところだったんだぞ!」
「うっせえなぁ! せっかく守ってやるって言ってんのに邪魔するのが悪いんだろ!」
「はぁっ!? てめえ頭沸いてんのか? この状況で行われてるのはただ危害を加えることだけじゃないか!」
「どけや! その生意気な糞アマにわからせてやるんだよ!」
そう言って、男はナイフを取り出し僕を押しのけてライターにナイフを突きこもうとした。だが、意地でも彼女を守ろうと彼女に倒れ込むように覆いかぶさり、その背中にナイフが突きこまれる。
「――えっ?」
「は?」
残り少なかったHPバーは全損し、僕の視界は途絶えた。
電脳焼け、SAOで言うところのナーヴギアのマイクロ電磁波で脳を焼くってやつですね。
これの設定はどうしようか悩んでいます。脳に障害をもたらすようなものを製品化していいのかとか考えちゃいます。結果的に思いついたのは、電脳焼けは強いイメージによる一時的(2日から、1か月ほど)な感覚神経の麻痺や誤作動、ないし強いしびれ、もしくは記憶の欠如ということにしようとしています。
実際に電脳焼けが起こった事実はあまりなく、迷信とされているが条件さえ揃えば誰だって起こりうる条件であること。それをハードではなく運営側で解決することで電脳焼けのリスクを極限にまで減らすことでVRが普及して十数年電脳焼けの事件は実質0という設定を考えました。キーワードは強いイメージです。ゲーム慣れしてる人間ほど案外電脳焼けにはならないです。
これで完結にはしないので気長にお待ちください