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被害勇者  作者: 土曜原アオ
プロローグ
2/2

2 被害者と加害者

「人殺し」


 俺の父親がそんな風に呼ばれる原因となったのは、家族で休日に出掛けた日に起こった「事故」が原因だった。


 ――過失運転致死傷罪。


 父親が運転していた車が、当時17歳だった青年を轢いて、そしてその命を奪ってしまった。

 これだけを聞けば、大抵の人はその青年を憐れむか、俺の父を責めただろう。


 それが道路へと飛び出してきた猫を助けようとして飛び出してきた青年だったのだから、良く考えない他人からすれば、さらにその青年をちょっとした英雄視する人もいるかもしれない。


 当事者としては、堪ったものではない、が。


 良く考えなくても猫を轢いてしまうのと人を轢いてしまうのとではまるで意味合いが異なって来る。

 現実問題として、飛び出してきた猫など、車からすれば助けようとしないで欲しいのだ。

 ことこの言動について、猫の命の重さを軽く見ている俺に対して、非難を言う人がいたとしたら、俺の置かれていた状況を怒鳴り散らしていただろう。


 俺からすれば、青年の行動の所為で彼の自己犠牲に巻き込まれた者からすれば、猫の為に車の前に飛び出してこられる身になれと、青年に言って聞かせたかった。


「猫は、……無事か?」


 車に撥ねられ、一部が潰れた身体を横たえて、青年は言った。

 猫はと言えば、頑なに抱きしめられた右腕の中で、傷も無く無事だったらしい。


「良かった……、お前が無事で」


 彼の腕の中から這い出た黒猫は、彼の元から抜け出すと、まるで何事も無かったかのように道を渡り、そのまま何処かへと行ってしまう。

 そんな猫の行動に安堵したような顔をして、何かをやり遂げた様な顔をして、彼は父に人殺しという重荷を背負わせていた。


 不名誉を押し付け、父と母が必死に対応する甲斐も無く、結局彼は、自分に酔ったまま死んだのだ。


 猫の為に自分の命と俺の家族の未来を賭けたその死に様は、満足そうな表情に彩られていたのを覚えている。




 どうやら青年は所謂、引き籠りだったらしい。

 父は政治家、母は弁護士、溺愛され、金にも余裕があったのだろう。


 そして、そんな溺愛する息子を死に追いやられた両親は、俺の父を責めた。

 人通りの少ない路地で起こった交通事故は、マスコミに流された根も葉もない噂から、多額の慰謝料、理不尽に捻じ曲げられた事故の経緯も、父を追いつめるには十分だった。

 職を失い、借金にまみれ、酒に溺れ、母は家を出て行った。


 そうやって縋る物を失っていった父が自殺してしまうのも、今考えれば仕方が無かったのだ。



 この出来事で中学時代「人殺しの子共」と周りから揶揄されたのは、必然だった。

 おそらく母も似た様な理由で家を出たのだろう。

 ぼろぼろになって家に帰った俺の姿を見て、申し訳なさそうな顔をした父にあたって、さらに父を追いつめてしまった覚えもある。


 遺書を残して自殺した父の事を、あの時の俺はただ罵る事しかできなかった。


 自分もつらい境遇にあるのに、負担を残して逃げ出したのだと、癇癪を起して物に当たり散らす事しかできなかったあの日から、父の死に顔が脳裏に焼き付いている。


 その後母に引き取られ、母の地元の高校に入学した。

 当時の事を母は後悔しているらしかった。

 夜な夜な魘されている母を見ると、だいぶ薄まった恨み言を口に出す気にもならず、そうして淡々と時間が過ぎて行った。


 そうやって精神が摩耗していった1年後の事だった。


 登校。

 もう見慣れた通学路。

 道路と隣接する歩道をあるいていると、ふと黒猫が視界にいた。


 事故の日から猫、特に黒猫を見ると嫌な気分になる。

 元を辿れば、結局は猫が原因で俺の家族はこんな目に遭ったのだと、そこまで考えて、しかし不毛だと首を振る。


 ふつふつと沸き上がった苛立ちを沈め、息を吐く。


 その時――、


 黒猫が道路を渡ろうと、車道へ飛び出していった。


 そして猫に驚いた車が、俺のいる歩道に、


 ――突っ込んで来ていた。

誤字などあったら教えて下さい。

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