1 被害加害逆転の能力
下卑た笑い声を漏らしながら、盗賊である集団が馬車を襲う。
彼らの弓からは大量の矢が射られ、それが幾つも刺さった馬は嘶き、御者であった男はすぐに針鼠のような有様になった。
引きずり降ろされ、金目のものがはぎとられた後、襤褸の様に地に転がされる。
周りを見ると、囲まれていた。
盗賊の総数は、軽く50を超えているだろう。
雇われていた5人パーティの冒険者達でも、物量で押し切られてしまうのは時間の問題だった。
「男はここで全員処分しろ」
この集団のリーダーらしき大柄な男が、そう言い放った。
盗賊の数人がこちらへと近付きながら各々が弓を手放し、腰に提げられた短刀を抜く。
統制された淀みない動きで、5人いた冒険者は1対複数人の戦闘を強いられ、その悉くが簡単に殺されていく。
盗賊たちの練度は相当な物のようだ。
互いが互いを十全にサポートし、ほとんど無傷で勝利していく。
そうして、俺も馬車から出されて、抵抗しない俺に対しても油断なく確実に、数人の盗賊たちが腕を抑え群がり、殺そうとして来る。
盗賊の1人が振り下ろした刃物が、肉を切り、そして裂く。
冷たい金属の感触が、鈍い痛みと共に脳に自分の「死」を予感させる。
出来た傷口から止めどなく、血液が流れ出していた。
とどめとばかりに、リーダー格の盗賊が近付き、俺の喉笛を掻き切った。
ひゅーひゅーと喉元から空気が漏れ、呼吸もまともに出来なくなる。
痛い。
感覚だけ言えば、それはもう、物凄く痛い。
それは誰がどう見ても、明らかに致命傷だった。
「よし、終わったな」
予告通り、俺を含めた男が全員殺されたのだろう。
朦朧とする視界の中、盗賊のリーダーが馬車の中にいる女性達へと近づいて行くのが見て解った。
その先に恐怖で引き攣った女性の顔が映る。
対して愉悦に歪んだ、盗賊の顔を見据える。
だが、それでも、この状況になった時点で、俺の勝ちである。
意識が遠のき明滅する。
身体が冷たく固まっていく。
身体が死に向かっていた。
その末に、俺は死ぬ。
抗いもせずに死を迎えた。
完全に、俺の息が絶えたのだ。
それでも、終わらない。
思考が再びの浮上を始める。
そして今までの記憶が、脳裏を過って過ぎて行く。
所謂、走馬灯だ。
それを俺は流し見ている。
それを俺は盗み見ている。
それを俺は覗き見ている。
俺の物では無い、この盗賊の記憶を、俺が見ていた。
暗転。
次第にはっきりとしていく思考と、自身を取り巻く環境の変化を感じる。
目を開く。
視界の脇に以前までの自分が死んでいるのが見えた。
死ぬことへの恐怖を忘れた、無感情な死に顔。
それと全く同じ表情を、この男の顔に張り付けたまま、振り返る。
自分を殺害した加害者の肉体を奪い取る能力。
【被加逆】
これがこの世界に召喚された事によって俺に付与された、特典技能であった。
※誤字などあったら教えて下さい。