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魔法工芸の鑑定師  作者: 紫陽花の鼬
五章 『最後の謎(~The Last riddle~)』
21/27

01白い朝に


            1


 翌朝の屋敷で。


「あ、あのう……。ごめんなさい」


 心の底から、申し訳なさそうに指を突き合わせる少女がいた。


「あなたを、助けようとして……。一人で苦労しているみたいだったから、少しでも力になれないかな。って。そう思って、夜に地下室に近づいたの……」


 ――捕まるつもりなんて。

 これっぽっちもなかったの。と。


 そう語る凉下に、浅霧は――。この少年にしては珍しく、不機嫌さを隠さずに『調べもの』をしていた。

 イライラしていた。気持ちに、棘がある。

 調べているのは最初の事件の発端となった、主電源のある機械室だ。ブレーカーも、ここにある。


「ご、ごめんなさい……ってば。私、どうしても浅霧くん……鑑定師の役に立ちたくて。そのために、自分が動くしかない、って思ったの。あの地下室を調べれば、なにか魔女の痕跡が分かるかもしれないって……」

「お前な、」


 浅霧は、振り返っていた。

 苛立ちを、眼差しに込めて、


「俺が……俺が、どれだけ。どんな思いで、この事件を調べていたのか分かってるのか。お前を、茜さんや麗二さんみたいにしないために。……一人でも、犠牲が出ないように守りたくて、そのために」


 怒りは、胸の中にある。

 浅霧は自分にも腹を立てていた。こうして、また魔女から守れなかった敗北感。好きにさせてしまった怒り。自分の――何もかもを見透かされたような、やるせなさ。

 泥のように濁ったそれを、今すぐ吐き捨てたかった。


「…………幸い。魔女には、連れ去られてはいなかった。だから、まだよかったんだ」


 浅霧は、思う。

 あの夜。ほぼ、休みなしに部屋から地下牢まで走った。

もうダメか、また一人消えるのか――という思いが、強かった。それが『凉下』だということも、浅霧の胸の中をかき乱していた。


 ――が、よくよく考えると。


 黒猫のルイス、そして魔法工芸品の人形フランチェスカ――この二体を連れていった形跡のある凉下が、力ずくで魔女にどうこうされる。というのは、考えづらかった。

 魔女は、『地下牢』と言った。

 だから、まだ希望はある――と。その可能性にすがって、暗い廊下を走り続けたのだ。


「ご。ごめん」

「……。ルイス」


 こちらも、鬼のような眼光で睨みつけるが。猫は「――我は知らぬ」と。あくまで素知らぬ顔で、ヒゲを動かしていた。

 凉下を止められなかった責任など、これっぽっちも感じていないらしい。


「ともかく、俺たちは『事件』を解決しなくちゃいけない。……あの夜、ここで何が起こって。どうして、ステージで茜さんが消えたのか。魔女だって万能じゃない。そこには、何か必ず仕掛けと、秘密があるはずなんだ」

「……う、うん」

「俺には、時間がないんだよ」


 ――『鑑定師』。

 凉下が祖父に夢を見ていたような、華麗な探偵として浅霧はここにはいなかった。いるのは、失敗もすれば、見落としもする、経験不足の『普通の高校生』だ。

 だけど、解決しなければいけない。

 どんなに泥臭くても。

 どんなに未熟でも、自分が解決しなければいけないのだ。

 ひと目見れば、鮮やかにミステリーのロジックを解き放ち、水のようにさらさらと推理を口にできる探偵は、どこか遠い世界の話だ。そんなヤツは、いない。

 浅霧は、ずっとそうだった。

 ずっと、ずっと。前から――。


「……あ、あの」


 と。

 そんな、苛立って、尻に火までついている『鑑定師』の浅霧に。凉下が、


「焦らないで」

「……?」


 最初。

 彼女が、何を言っているのか浅霧には分からなかった。


「浅霧くん。どこか、危なっかしいから」

「……危なっかしい?」


 何を言い出すんだ。この女は。


「怖い、っていうか。自分で何もかも、責任取らないと……って。この事件のことも、過去のことも、なにもかも自分が背負わなくちゃって。そう思っている気がして。壊れてしまいそうで、怖いの。その脆さが」


 何を言われているのか、分からなかった。

 すべてを背負う。

 当たり前ではないか。自分は、『鑑定師』なのだ。この屋敷の主に依頼を受けて、招かれている客人だ。なのに、なにもできずに、『魔女』にいいように踊らされて――。最後の日に、依頼人たちを連れて行かれたらなんになる。

 ――なんのために、自分たち『鑑定師』が存在する。


「ううん。違うの」


 でも。

 凉下は、髪を揺らしながら首を振って。それから、透明な――青い瞳で、浅霧のことを見上げてくる。


「――ルイスちゃんに聞いたの。『零号事件』のこと」

「……!」


 驚いて、浅霧はルイスを振り返る。

 しかし、この気ままな魔法工芸品の猫は、いつもと変わらない横顔を見せて、浅霧とは顔を合わせなかった。


「私――。昔、惣一郎さんに助けてもらってから。鑑定師のこと、ずっと困ったら助けてくれるヒーローみたいなものだと思ってた。だから、浅霧くんが洋館で一人で寝転んでいるのを知ったとき、自分じゃどうしようもないくらい――『どうして?』って悔しい気持ちになったの」


 胸が、うずくように。

 凉下は、自分の手を胸に当てて、


「でも、違った。浅霧くんが立派な鑑定師にならないといけない……って思うのは、傲慢な私の押しつけだった。でも、浅霧くんは違うの。あなたが、他の誰より……一番救われてなくちゃいけない」

「……?」

「辛かったら、言ってよ。私なんかじゃ頼りにならないかもしれないけど、ルイスちゃんもいるし――それに、喋ってくれないけど、優しいフランチェスカもいる。どんなに辛いことも、失敗するようなことがあっても……私たちに、こぼしてくれて。甘えて、いいんだよ?」


「……」

「解決も、もちろん大事だよ? 事件だもん。でも、あなたが……。浅霧くん自身が、それで危険な目にあって。責任に押しつぶされたら、意味がないじゃない」


 ――凉下は、言った。

 いつかに、別れた。あの、青い瞳を持つ『少女』と同じ表情。同じ、面影で――。



「ただの弱い人間であることを、否定しないで。私は助手よ。助手なのよ。気に入らないかもしれないけど――弱いままの、支えられる自分を出してもいいんだよ。それが、きっと。あなたを――浅霧循という『鑑定師』を守った、魔法工芸品の気持ちだと思うから。だから……」


 凉下は、ぎゅっと手を握りしめた。

 まるで。ずっと昔に消えた『ある想い』が、その胸で同じように、疼くみたいに。


「…………」

「似ている、な」


 苦笑したのは。

 隣でそんな凉下を見上げていた、黒い猫だった。


「一途で、他人想いだ。そして、どうしよもないほど頑固で――正しいことばかりを言う。我も手を焼いていたが、昔のあの者にそっくりではないか? 循。話していて、思い出さないか?」

「……」


 それは。

 言われなくても、分かっていた。なぜなら、彼女が最初に『洋館』を訪れたあの日。ひと目見て、浅霧はそう思ったのだから。


 依頼を受けたのも、たぶん――。


「この娘を連れて。そして、この件を引き受けたのはお前だぞ。循。最初から、『分かっている』ことではなかったのか? 責任を、取ってやれ」


 だから。

 ルイスは、あえて『責任』という言葉を選んだ。

 今までの、過去という精算から浅霧を締めつけていた責任ではない。義務感でもない。なにか、柔らかくて。優しくて。ふと息を止めれば、純白の絹のように身を包み込んでくる心地よい響きが、そこにあった。

 だが、浅霧は。

 目が覚めるような驚きがあったからこそ、顔だけは苦っぽく作って、



「……分かってるよ」


 不機嫌に。

 今まで、目を背けてきたものに、そう言った。

約束を、してしまったような気がする。

 と。


「……?」


 ふと、凉下の後ろ。機械室の棚の上に、なにか。固定する――小さな『金具』が見えた。

 なんだろう。これは?

 先日まで、気がつかなかった。

 近づいて手を伸ばす。目立たないそれを動かしてみる。棚の上部に取り付けられた、なんということもない金具。ただ、中が空洞になっていて、棒状のモノを固定する台……に、見えた。

 なんで、こんなものがここにある……?

動かしてみると、それはレバーのように。カチャカチャと上下に動いた。

 これ。

 何か、取り付けて動かせないか――?

 そう浅霧が思った時、


「……あ。そういえば」

「?」


 隣で、凉下が口に手を当てて、


「麗二さんが消える、直前だったっけ……? なにか、使用人さんが話していたのを聞いて。『刑事さんが、ブレーカー室で何かを見つけたらしい』って」

「なに?」


 それは、初耳だった。

 一体何だ? 凉下が言うまでもなく、浅霧はルイスと一緒に、事件の夜に『機械室』を調べていた。ただ、そこで見つけた妙な痕跡は、今も壁に刻まれている不気味な『魔女の血文字』だけだった。

 が、刑事は。そこから一体何を発見した……?


「どうして、先に言わなかった!?」

「わ。忘れてたのよ……! あの後、浅霧くんたちが私のお風呂場に入ってくるし、その後には魔女に襲われて、麗二さんまでいなくなるし。次から次に、事件が目まぐるしくうつっちゃったから」


 それに――。と。

 凉下は言った。


「――刑事さんは、使用人さんたちにも『口外しないように』って固く約束させたみたい。私にも、詳しい中身は教えてくれなかったのよ……。魔女の血文字とか、痕跡とはまるで関係がないみたいで」

「…………」


 なんだ? モヤモヤする。

 気になる。真相に迫れるパーツ……。パズルのピースの一つが、そこにあるような感覚だった。

あるのに、決して手が出せない。

 刑事は、おそらく浅霧にそれを話さないだろう。『鑑定師』なんて嘘くさい職業である彼にそれを教える必要もないし、今の浅霧は、『関係者』の一人でしかないのだ。

 くそ。と思う。

 時間がなかった。この日が、十日仕掛けの最後の日。昼間とはいえ、情報が集まってこないと間に合わない。何も、進まない。最終夜なのに――。


 ――叶わない、のか。


 浅霧は思った。ぐっと、拳を握って思った。

 祖父。

 伝説の鑑定師。浅霧惣一郎に――ここまで、及ばないのか。

 自分が、こんなにも未熟だから。

 ――。と。


「おや。これは、だいぶ参ってますね」


 路肩に落ちる宝石でも見つけたように。または、空き地を歩いていて、珍しい恐竜の化石でも、発見したように。

 そんな浅霧に声をかける人間が、唐突に現れた。機械室の、ドアの前――。気配がなさ過ぎて、凉下が「きゃっ!?」と悲鳴を上げたほどだ。

 記者。長谷川スミカだった。


「……」

「なんですか、その関わりたくないオーラMAXの顔は――。言っておきますけどね、私はこれでも、役に立つ情報を持って現れた『黄金のニワトリ』なんですよ? 大事にしてくれなきゃ、逃げますよ?」


「……なに?」

「いやー。さっきは、痺れました! まさか、あなたが零号事件の生き残りだったなんて! こんな偶然もあるんですねえ。興奮しすぎて、鳥肌が止まんないですよ」


 さっきの話を、盗み聞いていたのか。

 たはー。と、記者は『やられました~』という。一本取られたような顔で、オデコを押さえつけている。顔は、なぜか満足そうに笑っていた。



「いえね。当時は飯を食うのがやっとの記者で、なかなか情報というものを持っていなかったので必死に取材をしたんですよ。で、事件の時に、妙な動きをしていた『少年』が気になっていた。いやはや、記者の予感は当たるもんですね~」

「…………」


「そんな方には、お近づきになりたくなる。『情報』を渡してしまいたく――ね。いや、いけない。いけない。最後までこの件に関しては手を出さないつもりでしたが、いや、どうにも応援してしまいたくなる」

「…………。待て」


 浅霧は。

 この記者から一瞬だけだが。チラッと異質な臭いを感じとった。

 なにか、ハッキリと言葉では表せないが。黒い、存在。

今まで――無色透明で隠していた『中身』が、思わずこぼれ出てしまったように。


「お前は、なんだ……?」

「記者ですよ。表向きはね」


 腰に手を当てて、クイ。と。無個性な眼鏡のふちを上げる。

まるで。この屋敷に、『犯人』である魔女と、浅霧や刑事たち『解決側』の他に――『第三勢力』が出現したように。



「では、質問タイム! はい、注目! ここ、大事なところですよ? 私が、気まぐれに。無料で情報を教えてあげようというのですから。浅霧さんも、せいぜいそのつもりで、ありがたがって聞いてくださいね?」

「……」


 浅霧は、考える。

 突如として起きた変化。流れが、変わってしまった予感――。

 しかし、ここで迷っている時間はなかった。


「……なんで俺たちに情報を渡す?」

「それは、先ほども言いました。気に入ったからですよ」


 記者は、細い指を立てた。


「『呪いの道具』という魔性の存在に、立ち向かう『覚悟』をお持ちだ。そして、力があるのではなく、信念があるから行動している。さっきの話、痺れましたよ。……鑑定師でも、なかなかそういう人、いないですから」

「……」

「実は、私は『呪いの道具』が嫌いでしてね」


 記者は、笑った。


「あんなヤツら、滅びてくれてもいいと思っている。粉々に壊れてね。だって、呪いなんて人間の営みに必要ないでしょう? 死ねばいいんですよ。あんなヤツらなんて」


 凉下が、後ろで息を呑んだのが分かった。

 でも――浅霧は、そんな感情も無視して、


「……あんた、本当に何者だ……?」


 問いかけた。

 浅霧が知っていることが、一つだけある。それは、この記者の所属する『雑誌アイビス』という会社が、存在しないかもしれない。ということだった。

 理由がある。

 あれは、もう十年以上も前になるが――。『アイビス』という雑誌の会社が、祖父である鑑定師の惣一郎の扱った『天魔の揺り籠事件(ザ・デーモンケージ)』に関わって、廃業に追い込まれてしてしまったのだ。それと、同じ名前だった。

 普通なら、それを使う企業などいない。最初のパーティで挨拶を受けたときにピンときたのだが、そんな企業など存在しないのだ。あまりにも縁起が悪すぎる。

 が、長谷川は――。


「記者ですよ。正真正銘。雑誌アイビスの、長谷川。――ただ、まあ。お察しの通り、普通の会社ではありませんね。主に心霊現象や、人が惨殺されたりする事件を扱う――『その筋』のオカルトの専門誌ですよ。名前も、わざとです」


 記者は、壁に背中をもたれさせ、


「私が、この屋敷にきたのは『魔女の鏡』があるという情報をすでにキャッチしていたからですよ。……で、『浅霧』の名前がパーティの名簿にあるのを見て、実は興奮しました。もしかしたら、って思ったものですから」

「……」


 つまり。

 最初から、何もかもすべて『知った上』で、この女はパーティに紛れ込んだのだ。一ノ瀬茜や、著名人などの取材は二の次で。


「――私は、個人的に『浅霧』とお近づきになりたかったのですが。あいにく、私が知っている『伝説の鑑定師』の名前ではなかった。だから、さほど近づくこともしなかっったですし、もし例の浅霧だったとしても、三日目にして『魔女』が捕まえられない鑑定師などどうでもいいと思ったのですよ。実は事件など、どうでもいいのです。プロのあなたになら、その辺りの厳しさ、分かりますよね?」

「……」


「ですが、まあ。先ほどの会話をこっそり聞いて、気が変わりました。腕は、まだ未熟なれど――あなたは、熱い。本気で『魔法工芸品』と向き合う熱意がおありだ。もし、本当に『浅霧』の二代目として謎を解くおつもりなら――――その瞬間をシャッターにおさめたくなりましてね」


 記者は。

 にっこりと。この屋敷で浮かべてはいけないほど、不謹慎な笑みを浮かべて。それから、トランプの切り札でも見せつけるように、『二枚』の写真を取りだしてきた。


「――私の持っている情報(ピース)は、二つだけです。謎は私にも分からない。だから、不可解なところも写ったこの偶然の一瞬が何を示すか――私にも分からない。解き明かしてもらいますよ。鑑定師さん。この事件の、真相を」

「……」


 見つめる。その視線。

 不敵とすら思えた。試している、とも。

 でも、確実に何かが変わるのだとしたら、ここだろう。この瞬間に動いたときに、この屋敷で続いている悪い流れを断ち切れるかもしれない。


「……?」


 と。

 ざわめきが、庭から聞こえてくる。

 窓の外を見た。森の、小屋らしき建物の周囲に。使用人たちが集まっているのが見えた。


「さあ、まだ動いてますよ。鑑定師」


 記者は、手を動かした。

 カジノの配り師が、最後の手札を渡してくるように、


「事件は、まだ終わってない――。だから、あなたには、あなたのするべき最後の役割があるのではないでしょうか?」





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