04嫌疑と、メイドの噂話
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「……はい? 立川様でございますか?」
食事時。
部屋で別々にディナーを取ることになった『客』たちを、屋敷の使用人たちが世話をしていた。浅霧たちは、そんなメイドさんをつかまえて話を聞いていた。
うーんと。メイドさんは、心当たりを探している。
「立川様のお家の事情なので……私どもも、そう詳しくは存じ上げないのですが……」
「何でもいいの。些細な噂とか、なかった? 茜がらみじゃなくてもいいから」
と。こちらは、なぜか一緒のテーブルについている凉下。
何か起こったら、自分も駆けつけないと――。そういう気持ちで常に身構えているらしいのだが、それが、どうして浅霧の隣なのか。
屋敷での不審者は、いまのところ二名だった。招待客で、雑誌アイビスの記者という長谷川と、そして親戚の立川麗二。浅霧のみたところ、立川のほうがどこか不審さが強い。
メイドさんは、しばらく「うーん」と深く首を傾けてから、
「――あ、そういえば。僭越ながら。借財のことを耳にしました」
「借財?」
借金。もしくは、何かを借り受けることだ。
「はい。一年以上も前のことになりますが。立川様が、会長に『少しだけ用立ててほしい』。とお願いされにきまして。使用人の一人が、それを目撃してしまったのです」
「……用立てて?」
それはつまり。いくらか、お金がほしい。ということだ。
凉下も首を傾げて、
「なんに使うつもりだったのかしら?」
「私どもには、詳しいことは……。ただ、立川様がよく遊ばれる方だ……というのは、影で有名になっていることです。ですから、もしかしたら」
「遊ぶために?」
浅霧が、会話を先回りした。
どこまでが本当か、よく分からない。遊ぶというのは、夜の繁華街でもぶらついて豪遊しているのか。もしくは、悪い友達がいるのか。
先ほどの電話の感じだと、どうやら後者みたいだったが。
ただ、思う。
悪意のある魔法工芸品――。性根が『人を呪い、害する』ためにある道具の場合は、人間の『欲深さ』につけこんでくる。そのほうが、操りやすいからだ。
立川麗二が、その手の欲求に取り憑かれた人間だとしたら――呪いの道具にとって、これほど魅力的な『協力者』はいないように思えたが。
「それに、一時期は。茜お嬢様とも縁談の話がおありでした」
「……へ? 誰と?」
「お嬢様と、立川様です」
ポカンとした顔の凉下に、メイドが答える。
なっ……!? と。彼女は顔色を変えて、
「そ。そんなの。私、知らないけど!?」
「茜お嬢様は、親友の凉下様にだけは知られたくないと……それに、すぐ話は流れましたし」
「え?」
「会長が。あまり、立川様をお気に召さなかったそうです」
メイドは、話した。
立川麗二は、あまり癖のよくない『御曹司』だったらしい。
見栄のために美術品を買い漁り、浪費の名のつく遊びには、旅行先のギャンブルでも手を出した。それは、親戚中でも評判だった。だが、最初はそれくらいの放蕩癖も、目をつぶるという話だったらしい。
だが、それが目に見えて悪化して。
最後に不愉快になった一ノ瀬の会長は、もう自分の目に入らないように。と断ってしまったらしい。
可愛い、愛娘の相手なのだ。
「……そ、そう」
「当てが外れたのかもしれません。立川家としては。一ノ瀬家としても、太いパイプがほしい事情があったようですが」
「でも、それって大人の都合じゃない。茜が可愛そうよ」
「さあ。私どもには……。ですが、その辺りの事情があって。立川麗二様は実家から追い出された……という話を聞きます。どこか、離れた場所にお住まいのようですが」
「え? 追い出されたの?」
「あくまで、噂でございますよ」
……。
浅霧は、昨夜の会場で『一ノ瀬茜』に声をかけた『立川麗二』を思い出した。
何気ない様子で、二人とも会話していたが。裏で、そういう事情があったのか。
(……ね。ね。もしかして、魔女の『正体』って……?)
(まだ、分からない)
顔を寄せてきた凉下に、浅霧は返す。
彼女の言わんとすることは、何となく分かった。一連のいきさつで、麗二には『一ノ瀬家』に恨みがある可能性が大きかった。『動機』にも繋がる。
でも。
動機だけで、人を疑ってもいいのか。
(魔女の鏡と、立川の御曹司が協力してるんじゃないの?)
……。ない、とは言い切れなかった。
浅霧の調べたところ、『魔女の鏡』という魔法工芸品は、確かに動いてしまっている気配があった。ということは、当然ながらそれを呼び覚ました『人間』がいるはずだし、それが『協力者』の『立川麗二』ということも十分に考えられた。
廊下での会話が――。
先ほどの『引き渡す』が、『連れ去った一ノ瀬茜』を示している疑いもあるのだ。
「…………。うかつには、動けないな」
「なによう。茜が捕まってるかもしれないんだよ……? ポンポン解決していく、浅霧の灰色の脳細胞はどうしたのよ」
「そんなにすぐに解決できるか。俺は爺さんとは違う」
ヘボ探偵と言われたような気がした。給仕していたメイドは「……お祖父様?」と、不思議そうにしているが、説明はできない。
「というか、俺のことを普通の高校生だの、難しいことは刑事に任せろ――的なこといってきたの、お前なんだぞ?」
「そ。それは。だって! あの場ではそれがTPOだったから!」
「なにがT、P、Oだ! この非常時で時と場合を読めてないのは、お前のほうなんだぞ!?」
指を突きつけて。
それから、顔を引かない凉下の頬を――ぐいぐい。押してやる。こいつが、そもそもの原因なのだ。浅霧を招き、この館に連れてきた。
と。
そんな二人が睨み合って、「ぬぐぐ」と火花を散らせていると。メイドさんが、不意に可笑しそうに口元を押さえた。
「…………仲が、およろしいですね?」
「えっ?」
びっくりしたように、凉下が目を上げた。
「お嬢様も、昔から部屋にこもりがちで……。そういった文句も言える親しい人がいらっしゃったら、どんなに心強かったか……。凉下さんのような、仲のよろしい殿方がいらっしゃるのが羨ましいです」
「こ。この人は、そんなんじゃないわよ!」
凉下は、ちょっと赤くなっていた。
勘違いされたのが、心外だったらしい。そんなに嫌なのか。そもそも、祖父の代わりに血縁者の浅霧を連れてきたのは、自分ではないか。
「でも、残念ですわ。こんなときに、出張されているお父様もいらっしゃらないですし。お母様も、お亡くなりになられていて……」
メイドは遠くの月の光を見上げて、夜空よりも暗い顔をしていた。
「お嬢様には、今。この屋敷に、頼りになるご家族が――いらっしゃらないのですから」




