2体目:俺の身体
……ん? 俺、死んだんだよな。
ってぇ事は、ここは死後の世界ってやつかなぁ? でも、この景色、今さっき見てたのと同じなような気がするのは、気のせいかなぁ? 実は、さっきのは夢だったりして?
それにしても、とんでもない話だったなぁ。
朝、会社に出社したら、いきなりリストラに食らって、皇女様とやらに声掛けられて、異世界に呼び出されたかと思ったら、いきなり刺し殺されたんだったよな。
……ったく、そんな人生、ありえねぇだろうが。
それにしても、ここは一体……ん? 手で触る感触を感じるぞ。
何だ。俺、実は生きてるんじゃないか。やっぱ、さっきのは夢だったんだなぁ……。
いや、そんな訳無いだろっ!?
現に俺は刺されたんだ。
痛みは確かに無かったけど、あの刺された感触は忘れられねぇ……胸から、あんだけ血が噴き出していたんだ。あれは絶対、夢とか、見間違いなんかじゃねぇ。
そういえば、俺の胸ってどうなったんだ?
そう心で呟きながら、春介は自分の手を動かし、胸に手を当てる。
あぁーっ……身体が思いというか、動きが鈍いような気がするのは何なんだ?
やっぱ、大怪我したからかなぁ……って、おや? さっき刺された場所も塞がってる、だと? どういう事だ? あんなでけぇ穴が空いたっていうのに?
何度も胸のあたりを弄ってみるが、穴どころか傷一つ感じる事は無かった。
「これは一体……?」
「お気付きになられましたか?」
先程から聞いていた皇女の声と、同じ女の声が聞こえた。
俺は咄嗟に……とは言えないが、声が聞こえてきた方を確認するため、重い身体を起こした。
「お目覚めはいかがですか? 勇者様。」
シレッと何事も無かったかのように、話しかけてきた皇女。
「テメェっ!!」
俺は瞬時に殴り掛かろうとして拳を振りかぶったのだが、ピタリと動きが止まってしまった。でも、この抑えきれない怒りの感情は、何が何でも、この女をブン殴りたいという衝動に駆られているのだ。それなのに、全ての力を込めて腕を動かそうとしても、腕どころか、指一本さえ動こうとしなかった。
まるで俺の身体じゃないような、とてつもない違和感を感じる。
……何故だ?
「……ふむ。きちんと制約も掛かっているようですわね。」
「制約……だと? どういう、事だ?」
「はい。その身体に、予め掛けさせていただいたものでございますわ。」
「予め、だと? この世界に召喚する時に、俺の身体に何かした、って事か?」
「いいえ。春介様のお身体には、一切何も干渉しておりませんわ。」
「じゃあ、何で俺の身体は動かないっ!? お前が何かしたとしか考えられねぇだろうがっ!!」
「春介様。こちらに、全身を映す事が出来る鏡を用意してありますわ。さぁ、お立ちになって、ご自分の身体をご覧になってくださいませ。」
「俺を見ろ、だと?
……チッ、分かったよ。」
どうやら、制約ってやつで、皇女に害を加えようとすると動けなくなる、いや、皇女に反抗しようとすると制約が働くって事なんだろうな。
動けない事にはしょうがないので、皇女をブン殴ろうという気持ちを必死に抑えると、身体が動くようになった。
動くようになった身体を起こし、自分自身を見ろという事なので、立ち上がって鏡の前に立つ。
…
…
…
…
…
誰、こいつ?
何とも間抜けな表情を浮かべているんだろうなぁ、と思いつつ、皇女の方を見てみる。
皇女はニコニコと、これでもか、という程の笑顔をこちらに向けていた。
……え? これ、俺なの?
「え? ちょっ、えっ!? 何これっ!?」
俺は、先程の怒りも忘れてしまい、皇女様にどういう事か詰め寄った。
俺はちょっと前まで、黒髪、黒目で、容姿も普通の日本人だったはずだ。それなのに、鏡に映って見えたその姿は……。
金髪碧眼のイケメンでした。
「……どういう事?」
「はい。春介様には助力を頂きたく、お願いをしてこちらの世界に来ていただきましたが、その姿では、この世界では余りにも非力でございますわ。
故に春介様には、今のお姿である魔導人形に魂を移し替えさせていただいたのですわ。このお姿であれば、この世界で襲い掛かってくる脅威は、粗方無力となりますわっ!」
一応さぁ、空手だって全国区にまで行ける実力だってあったし、少林拳だってやってたから、武器だってそれなりに使えたと思うんだ……いや、少林拳は演武だけだけどさ……。
まぁ、確かに、戦場に行った事も無いような人間だから、俺自身強いとは言わないけどもさぁ、無力って言わなくても……。
いや、無力か。
いとも簡単に、皇女様に刺されちゃったもんなぁ、俺。どう見ても、皇女様は武闘派じゃないってぇのに……。
「それでもさぁ、事前に説明してくれても良いんじゃないか?」
「いえ、それでは私の気持ちが伝わりませんわっ!」
へ? 気持ち?
「……どういう事? いや、そもそもお前、「死ね」って言いながら刺したよな?」
「それは、雰囲気ですわ。」
雰囲気で「死ね」とか言うなよ。
いや、マジでこの皇女様の言ってる事が訳分からんのですが……どうしよう?
「雰囲気って……。」
「なにも言わずに人を刺すだなんて、そんな人、恐ろしいではないですか!」
「いや、人を刺せる時点で恐ろしいんだけど……。」
「そこは、聞こえませんわ。」
「おいっ!」
「これは儀式なのですわっ! 春介様の世界では、とても可愛い彼女のような存在がいるにもかかわらず、他の女性と仲良くなったりして、その女性が嫉妬に悩み、病的に狂ってしまう事により、目からハイライトが消えた後、思い人を無表情のままに刺し殺してしまうという、ヤンデレという人気のジャンルがある事を知っておりますわ!」
……どうしよう。
残念な人だ。
この皇女様、色々と頭良さそうなのに、残念な人だ。
「んなもん、真似すんなっ!!
目の付け所がおかしすぎんだよ。随分と変なもんを勉強したなぁ、おい……ったく、んなもん俺の趣味じゃねぇんだよ。俺の精神力を返してくれよ。ゴリゴリ削られてしょうがないんだけど……。」
「まぁっ!? ヤンデレは流行りではございませんのっ!?
それでは、春介様は、ヤンデレはご趣味では無いのですか?」
「いや、世間一般的にも無いと思うよ……。」
「そんなっ!? そうでございましたか……それは、大変申し訳ございませんでした。
それでは、人を刺す時の雰囲気を出すジャンルというのは……。」
「んなもんねーよっ!
はぁ……っていうか、あの杭みたいのは何だったんだよ?」
「先程用いましたこちらは、魂魄転移の杭という魔導具ですわ。
これで、人の身体を貫きますと、その人の魂をこの魔導具の中に封じ込める事ができるのです。それで春介の魂を、人形の精神触媒へを移し変えたのですわ。」
そう言って、先程俺を刺した金属の杭のようなものを取り出した。
あれ、かなり太くて大きいよな? 皇女様の細腕と同じくらいかなぁ……いや、そうじゃなくて。そんなもんが何処からともなく取り出せるってどうなのよ?
そもそも、どこに忍ばせてんだよ、アレ?
はぁ、色々とツッコみ所が多すぎて、いい加減、疲れてきたな……。
「何か……もう、いいや。所でさぁ……刺す、っていう行為以外に、魂を移し替える事って出来なかったのか?」
「ございますわ。」
「あったのかよっ!? 何で、それを使わなかったんだよっ!」
「ですから、ヤンデレ……。」
「そうでした! 悪かった! ゴメンナサイ! もういいです!」
もうイヤ……。
~ ~ ~ ~ ~
とりあえず、俺の精神が落ち着くまで、四つん這いになった状態で項垂れていた俺だったが、何とか気を取り直したので、立ち上がって、質問を再開してみる事にした。
「あ? 春介様! もう大丈夫でございますか?」
「いや、まぁ、あんまり大丈夫じゃないっていうか、全て、皇女様の所為なんだけど、って……まぁ、いいや。
とりあえず、まだ聞きたい事があってさぁ……そういえば、俺の身体はどうなっている?」
「あっ!? 申し訳ございませんでした。お目覚めになられたら、直ぐにご説明するつもりでしたのに、ヤンデレの所為で忘れておりましたわ!」
……ヤンデレは、もういいって。
「分かった、分かった。それで?」
「はい。春介様のお身体は、隣の部屋にございます【魔導封印石】に保管しておりますわ。」
「保管、ね……って事は、その中であれば、劣化したり、腐ったりしない、って事か?」
「はい、その通りでございますわ。高純度の魔導石で作り上げました箱の中であれば、入れた時の状態のままで保存されるようになっておりますわ。ですから、朽ちたり、腐ったりする事はありませんので、ご安心下さい。」
「そう、か……って事は、皇女様の手伝いが終わった暁には、元の身体に戻れる、という事になるのか?」
「はい。それまではご不便をお掛けして申し訳ないのですが、そのお姿にて、私を助けていただきたいのです。」
「分かったよ……っていうか、ヤルしかねぇんだろ?」
「ハイですわ。」
「はいはい。それじゃ、今の状態を見せてくれよ。」
「それでは、こちらへどうぞ……。」
そう言って、皇女様は隣の部屋へ案内してくれた。
扉を開けると、そこは王宮には似合わないような、こじんまりとした部屋だった。
そこには、とても大きく、そして綺麗な青いクリスタルのような宝石が部屋の大部分を占めるように置かれていた。その中には、俺の身体が眠るように保管されていた。
俺がこの身体に移る前、元の身体の時、胸にデカい杭を突き刺さされた筈だというのに、そのような傷は、どこを見ても見当たらず、綺麗な状態のまま、眠るように封印されていた。
ただ、1つ気になる事が……。
「って、裸じゃねーか!」
「はい。申し訳ないのですが、勇者様がお召しになられていた物は、血だらけになってしまいましたので、メイド達と共に、全て廃棄させていただきましたわ。
……それにしても、勇者様の勇者様は、可愛らしいお顔に似合わず、とてもご立派ですのね。キャッ!」
「キャッ、じゃねーよ。」
しかも、メイドって……複数の方々に見られてしまったのですね。
お婿に行けないわ……。
「大丈夫ですわ! 春介様、私と共に歩んでいきましょうっ!」
「ちょっ!? 心を読むんじゃねーよっ!! っていうか、心の中を読めるのかっ!?」
「いえ。今の話の流れと、春介様の表情で何となく分かりましたわ。」
「はぁ、そうですか……何かもう、色々と疲れたからさぁ、ちょっと休憩しない?」
「そうですわね……それでは、会議室の方へ向かいましょう。そこで、春介様の今のお身体について、ご説明をさせていただきますわ。」
「あぁ、頼むよ。色々と整理したいしな……。」
そうして、皇女様と、どこからともなく現れたメイド達に案内されて、会議室とやらに向かうのだった。
……ニヤニヤして俺を見んなよ、メイド達め……。
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