009 森の幼女①
「あ、あのー火をつければいいんですか?」
どこぞの村の子供らしく、簡易な服に身を包んだ少女が出てきた。声は澄んでいて、鈴とした張りがあるきれいな声だった。
長い金色の髪を揺らしながらおどおどしながら近づいてくる。
「あ、ああ。できれば頼みたいんだけど……」
予想外のことすぎて言いよどんでしまった。マーの横目で見る。未だにメイスを握る手に弛緩は見られない。マーは万が一に備えているのだろう。つまりNPCとの戦闘だ。このゲーム自由度が高い分、どこでヘイトを買っているかわからない。プレイヤーももちろん、NPCにも。依頼を断ったり失敗したり、村や町で暴漢を働いたり。そういったことは蓄積されてある一定の数値を超えると個人、あるいは団体で暗殺者に依頼を出すことが多々ある。
このゲームに来たばっかりな俺達はヘイトを買ったような記憶はない。が、マーは万が一に備えている。何が起きるかわからないゲームなのだから当然といえば当然だ。しかし少女が怖がっているのは火を見るより明らかだった。だがマーが警戒しているのは俺のためでもあるので、やめろとも言えない。
森羅の緋眼を発動させてステータスを覗き見る。すべてのステータスが歳相応で、所属は普通にナーファスの村とあった。これはどこからどうみても暗殺ギルドの者ではない。早速マーにその旨を伝えて、メイスをしまわせる。
「いやーごめん。驚かせちゃったね」
「い、いえ。私は大丈夫です。それで、火は……?」
「ああ、ここここ」
さっき積み上げた小枝の山を指さす。少女は近づいていいくと、小枝の山に手をかざした。ぶつぶつと何か言うと、小枝の上に魔法陣らしきものが展開した。綺麗な円形の枠の中に不可思議な文字がびっしりかかれている。その魔法陣がしゅっと収束すると、ぱちぱちと火が弾ける音が聞こえてきた。
「……魔法!?」
「魔法?」
ファンタジーゲームでは特に珍しくないだろ、と思った直後思い出した。そういえばこのゲーム魔法がなかったのか。スローライフを営んでいる俺にとってみれば魔法なんてあろうがなかろうが大した差はないのだ。
「NPCも魔法は使わなかったのか?」
「……いいや。NPCは使うみたい。でも直接見るのはこれが初めて」
「魔法陣なんて初めて見たよ俺。結構作りこまれているんだな」
「……なんの話し?」
「あ、あの、私はこれで」
「ああ、ちょっと待ってよ。これから昼にしようと思ってるんだ。よかったらどう?」
そう、森の中に消えようとしていた少女の後ろ姿に声をかけた。
多分、小学校高学年くらいの年の女の子だ。その年の子にすれば俺達なんて恐怖の対象だろう。でっかいし。マーに至っては目つき悪いし。そんな中勇気を振り絞って俺達の願いを聞き入れてくれたこの少女にささやかながら報いたかった。
「え、で、でも」
「まあまあ。それともこのあとに予定とかあるの?」
「な、ないです……」
「今ならパンもつけるよ?」
なんて軽く笑いかける。少女も小さく笑ってくれて、じゃあ、と言ってくれた。三人で焚き火を囲む。
料理器具もまったくないのでラービットを枝で串刺しにし、火にかける。絵面がどうみてもおもてなしする感じじゃない。大丈夫か、これで、と不安に思いながら少女の表情をちらっと見る。と、少女はこぼれるよだれを拭うのに必死だった。こんな手抜きな料理でごめんなさいと心の中で謝りながらもほっと息をつく。
「名前は?」
一応森羅の緋眼で見えていたのだが、初対面の男が自分の名前を知っているなど恐怖以外のなにものでもないだろう。そこらへんに配慮してそう聞いてみる。
「シフォン リーファスといいます。お兄さん達は?」
「……私はマー」
「俺はよいよい。よいでもよいよいでもなんでもいいぞ」
「じゃ、じゃあよいお兄さんで」
もじもじ恥ずかしそうに言うシフォンに蕩けそうになる。あかん。かわいい。
例によって例のごとくマーに脇腹を小突かれた。
「よいお兄さん達はこんなところで何をしていたんですか?」
「俺達はモンスター退治を少しね」
「じゃ。じゃあもしかしてよいお兄さん達は武来人なんですか!?」
若干おののきながらシフォンは言った。俺達はその単語に聞いた覚えがないから首をかしげるばかりだ。
「ぶらいじん? って何?」
「え、し、知らないんですか。人の中でも極めて強い力を持つ人のことですよ! 中には違う世界から来たなんて言う人もいますけど……」
「ふはははは! よくぞ見破ったな小娘えええ! そう、我こそが武来人なりいい!」
「ひ、ひいいいいいいい! 食べないでください!!」
少女は頭を守るように手を回し、体を小さく丸めてしまった。
しまった。簡単な冗談のつもりだったのに。だんごむしみたいになってしまった少女の姿を見て冷や汗がたれてきた。優しく肩を叩く。少女は恐る恐るといった体で顔を上げた。
「すんません! あんなに怖がるとは思っていなくて」
立ち上がって全力で謝った。
「え? え?」
ひょこひょことあたりを見回す少女。いまいち状況が飲み込めていないようだ。ここで何を言っても耳に入っていかなそうなので、おとなしく落ち着くのをまつことにする。しばらく目を白黒させるシフォン。
「え、えーっと。よいお兄さん達は武来人じゃないんですか?」
「たぶんそうじゃねーかな。大した力持ってないし」
森羅の緋眼とかいう割とレアなスキルはあるが、どう見ても強力とは程遠い。こんなスキルよか個人的にはマーみたいなSTR特化がよかった。
それはともかく俺が対戦した中でも最強と言っても名前負けしないスキルはなんといってもブラッディドレインというスキルだ。与えたダメージの三割分HPが回復するという大して目新しくもないスキルなのだが、攻撃力を上げるスキルと組み合わせるととてつもなく厄介だった。あっけなく俺は死にました。
「びっくりしましたよー」
「でもその武来人って怖い存在なの? さっき食べないでくださいとかどうとか言ってたけど」
さっきの騒ぎっぷりを思い出してか、少女は空焚きしたやかんのように顔を真っ赤にした。
「その強さで好きにやっているんです。人を殺したり村を滅ぼしたり。国の騎士さまも相手にならないくらい強くて……。死んでもまた復活するみたいですよ」
「ほんとに!? そりゃ勝ち目ないわ」
ですよねーと二人で笑う。いや、笑いごとではないんだけどね。
ゲーム時代も吸血鬼とか不死の道具で永遠の命を得たモンスターなど、この手の話題に事欠かなかった。武来人とやらもその手のたぐいだろう。
「ですから村にも知らない人が来たら家に閉じこもっているようにと、お触れが来ているんです」
「はー。尚更俺達をよく助けたねシフォン」
「お、お母さんから困ってる人を見かけたときは手を差し伸べなさいって言われていたので……」
「……いいお母さんだな」
そう言ってシフォンの頭を撫でる。恥ずかしそうにうつむくのだが、手を払いのけることはしなかった。ひとしきり撫でたあと、手をどけた。
会話にまったく入ってこなったマーの様子を見てみる。今まで肉の番をしてくれていたのか、よだれを垂らしながら枝をくるくる回して均等に焼いていた。マーの目は完全に肉に奪われているらしく、とろんとした目つきで肉を見つめていた。
マーは女子にしては結構食べるのでいささか心配だが、女子二人で男子一人ならばラービット一匹の肉でも足りるだろう。
「……肉肉。そろそろいい感じ」
「中まで火が通った?」
「うん。この香りは間違いない。私の経験が告げている」
「じゃあ切り分けるか」
マーのメイスでは肉を切ることは不可能だ。なので女将から借りた果物ナイフで切り分けることにした。森から大きめの葉っぱを持ってきて近くの川で洗ったあと、切り株の上に敷く。
その上にラービットの丸焼きをおき、熱さに耐えながら切り分けていく。三分割する頃には果物ナイフにたっぷりの肉汁がついていて、これからの切れ味が心配になる。ぶっちゃけこういうときどう対処していいのかわからない。
果物ナイフを水洗いしていいのか?
錆びそうな気もするけどなあ。でも包丁とかは普通に水洗いだし。悩んだあげく草で拭き取ることにしとく。ダメにしたら弁償しよう。
「……あ、そうだよいよい。味付け」
「あー! 確かに」
調味料の類を全く持っていない。そりゃなんの味付けをしなくてもおいしいかもしれないけど、現代の食事に慣れている俺達にしてみれば物足りないことになることは請け合いだ。シフォンが地面においていた小袋から瓶を取り出した。
「あ、あの、私ガルム持ってますよ」
「……ガルム?」
「魚の内蔵を発酵させて作る調味料だな。ありがとう。借りるな」
世界史の授業でこれを先生が言ったことをよく覚えている。皮肉なことに往々にして授業というものは本編よりも脇道にそれた話しのほうがよく覚えているものだ。
シフォンから小瓶を受け取る。中身は真っ黒で日本の醤油のようだ。ガルムも実際魚醤とかいうジャンルらしいのだが、醤油といえばマルコメくらいしか知らない。切り分けた肉の上にたらし、二人に葉ごと渡す。もちろんシフォンにパンを渡す。
「さあ食べようぜ」
ほくほくと熱気をほとばしらせている肉を見て口の中が唾液でいっぱいになる。どんな味がするのかとても楽しみだ。
シフォンにこんな風習があるのか不明だが、俺達は手を合わせて食べ始めた。