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008 ハンティング





 翌朝。女将さんの料理に舌鼓打ったあと、当面の生活費を稼ぐために森に入った。マーのSTR値ならばグリーも倒せると思い、奥へ進む。俺が先導で、記憶の糸をたどり、ついでにフィールドに設置されている宝箱も開けていくことにする。



 一応回復薬であるポーションは各自二つずつ。予算の都合上それ以上買えなかった。もう財布は空っぽに近い。今日の宿代ですら困る有り様だ。



 女将から借りた果物ナイフで草を切り払いながら進む。女将が研いでいるらしく、切れ味はいいのだがいかんせんリーチが短い。草丈が高くてこれほどありがたいと思うことになるとは。



 今日は朝から暑く、俺もマーもブレザーと上を脱いで宿屋においてきていた。それでもつたう汗を袖で拭う。スタミナも歩くたびに目に見えて減ってきていた。ここに来るまでに二回ほど休憩を挟んでいる。



「よいよい。ラービット発見。水場にいる」


「んー?」



 カブトムシでもいねーかなーと見ていた木の幹から眼を離す。虫は身の毛がよだつレベルで嫌いだが、カブトムシだけは例外だ。

 確かに前方の川の対岸にいた。五匹のラービットが競うように小さい口を川のほとりにつけていた。そのうち二匹は子供らしく、一回り体格が小さかった。



「どうする」



 草と土を歩くのと違って、水だと音が三倍以上大きくなる。こちらの岸ならば話しは簡単なのだが、対岸だと川を渡らなくてはならない。目測で三メートル。ひとっ飛びできる距離ではない。泳ぐにも浅すぎて水位が足らない。



「スニーキングで近づく」


「隠匿のスキルか。でも俺そんなスキルなかったけど」


「……このゲームは初期から備わっているスキルでも使うまでスキル欄に表示されない」


「そうだっけ?」


 

 まあ、俺より先輩のマーが言うのならばその通りなのだろう。マーのメイスの範囲攻撃『グロップロック』は二メートルが限界らしい。範囲攻撃の中ではかなり狭いほうだが、それはメイスの攻撃力と『グロップロック』に定められている攻撃力を考えてのことなのだろう。攻撃力高くて範囲も十メートルとか言ったらチート過ぎるし。



 ともかく、マーの技を当てるためには二メートルまで近づかなくてはならない。川の幅が三メートルだから実質進むのは一メートルでいいというわけだ。それならなんとかなりそうな気がする。



 マーと顔を見合わせると、俺はしゃがみ川を進み始めた。水の抵抗で音が出るのを最小限にするために、極めてゆっくり進む。中腰のためふとももがつりそうになる。苦悶に顔を歪めながら、しばらく進むと軽快な音とともに隠匿のスキルのレベル上昇しましたと俺の視界上部に現れた。どうやらゼロからイチになったらしい。



 微々たる進歩だなと内心鼻で笑う。



「……よいよい」


「ああ。ここまでくればいいかな。準備は?」


「万事おっけー」


「うし」



 気合を入れる。俺の役目は一番大事と言ってもいい。俺がいなかったら効率的な狩りはできない。



「活目せよ! ぐおおおお! うさぎども食っちゃうぞおおおお!!」



 手をいっぱい広げ、俺は勢いよく立ち上がった。

 突然大型の何かが現れたと、ラービットの体が反射的に硬直した。その隙を逃さず、マーが俺の一歩前に出て技のモーションを発動させる。上にメイスを振り、下にメイスを振る。そしてその勢いのままメイスを地面に叩きつける。青白いエフェクトとともに水が跳ね、水面にさざなみのような水紋が広がった。それと同時に地面を揺らす衝撃が四方八方に拡散する。



 情けないことに踏ん張りが効かず、俺は尻もちをついてしまった。うへーと下半身の感触の気持ち悪さに辟易しながら体を起こす。



「……やった!」



 小さくガッツポーズしながらマーはラービットの元に駆けていった。マーの背後から見てみると、ラービット五匹が地面に倒れていた。本来なら範囲攻撃は姿勢を崩してブレイクするタイプの技なのだが、マーのSTRと技に設定されている攻撃力の高さで、ラービット達はご軒並み臨終しているみたいだった。



「よいよい私はやった」


「あーえらいえらい」


「……どうしたの?」


「いや、お前は悪くないんだけどな。俺の足腰が予想以上に腰抜けで」


「……下半身びしょびしょ?」



 ああ、とうなうづく。パンツやズボンが肌にはりついてこの上なく気持ち悪い。靴下も靴もびしょびしょで、歩くたびにフゴッフゴッと間抜けな怪音をあたりにばらまいていた。



「ここで干せばよいよい。無くなったりしたら困る? 大丈夫大丈夫。私が見張っておくから。この天気ならものの二時間でかわくと思う。その間よいよいは森を歩いていればいいと思う。大丈夫。匂いとか嗅いだりしないから。なめたりしないよ? ほんとほんと」


「急にペラペラ!」



 そしてこの上なく怪しい!

 唯一のパンツを手放してたまるか。このパンツは大事に履いていくんだ!

 ズボンを膝くらいまでたくし上げ、少しでも空気の通りをよくする。幼馴染といえど、ズボンを脱いでパンツ一丁で何気なく過ごす自身はなかった。

 眼下にいるラービットの死骸五つを見る。



「んー。どうやってアイテムに収納するんだろうな」



 ゲーム時代ならば倒したらすぐ軽快な音とともに、~を手に入れたと出たものだが。手に持っていた果物ナイフがきらっと光った。



「嘘でしょ……。俺スプラッター苦手なんだよ勘弁してくれよ」


「私がやろうか?」



 そう健気に言ってくれるのだが、その顔はかすかに蒼白だ。普通の人ならば見逃してしまいそうな機微だが、長い付き合いの俺にはわかった。気丈に言ってのけてはいるが、マーも得意ではないのだろう。それなら尚更マーにやらせるわけにはいかない。



「……俺がやる」



 ラービットの死骸に合掌する。果物ナイフの感触をしっかり確かめながら、しゃがむ。ラービットの左手で押さえようとしたところ、見慣れたポップアップウィンドウが表示された。そこにはラービットの皮と肉を手に入れた! とかわいいフォントで書かれていた。



「なんだ。よっかたぁー」



 どうやら触るだけでいいらしい。同じ操作を他の四体にもやる。もらえるアイテムは個体によって違った。中にはラービットの毛皮もあった。

 よくよく考えると女将から借りた果物ナイフで切り分けしようとしていたのだから、とんでもないことだ。女将にげんこつをもらってしまう。

 戦利品を確認する。



「これらのアイテムを売るといくらくらいになるんだろうな」


「……さあ。もう忘れちゃった」



 俺も初期のモンスターのドロップアイテムなんぞ加わるそばから捨てていった気がする。スローライフしていたとはいえ、レベル的には中盤プレイヤーであった俺は序盤のモンスターアイテムなんて二束三文にしかならなかったのだ。



「わからない以上ベストを尽くすべきだと思うんだ。もっと奥に進んでみるか」


「おー」



  



 森の奥へ行きつつ、宝箱のあった地点を転々とめぐること三時間。俺のアイテム欄は重量の制限が来てしまったので、以来ドロップアイテムはマーに任せている。レベルもついさっき上がったのだが、不思議なことにステータスが上昇することはなかった。当然こんなのはプレイ時にはなかった。



 オープンワールゲーにありがちなバグだが、このゲームは進行を脅かすような致命的バグはなかったはず。ステータスが上がらないなどストーリーが進行しないのと同じくらい困るのだが。これはマーも同じようで、二人して首をかしげていた。ちょうどスタミナも減ってきていたので、開けている場所を見つけて腰をおろした。



 まだ若干濡れているので無駄にゴミがつくのを嫌い、俺は倒れている巨木に腰掛けた。マーはアイテムからラービットトの毛皮を数枚取り出し、それを地面にひきつめその上に座った。



「なーんでステータスが上がんないんだろうな」


「……さっぱり」


「だよなあ」


 

 ゲーム時こんなことはなかったので対応に困る。メニュー画面からサポートにも飛べたのだが、今ではそのサポートの表記がメニュー画面からすっぽり無くなっていた。自力でどうにかするしかない。今日いくどと開いたステータス画面を開いてにらめっこする。HPは三十のままだしSTRも二十五のままだ。代わり映えしない数値にため息をつく。手を払い画面を消した。




「よいよい。今何時?」


「ちょいまち。十二時ちょいだな」


「……お腹減った」


「言われてれみればそうだな」


 

 確かに空腹感が下っ腹にあった。女将さんからはパンしかもらっていない。女将には申し訳ないのだが、パンにはなんのバフもつかない。これからのことを考えると肉を食べてスタミナ上昇、あるいは減少する割合を減らすバフをつけておきたかった。



 と、言っても二人とも調理スキルをもっていないので凝った料理は作れない。

 まあ、焼くくらいはできるか。

 いや、どうやって火をつければ……?

 キャンプとかするときは火をつけるのに煙火の魔石というアイテムを使ったのだが、あいにく持っていない。生で食うと状態異常が怖い。もしかしたら今日の稼ぎよりも治療費のほうが上回るということもありえる。



「太陽の光で焼けるかも」


「あほか。生焼けだわ」



 といっても火をつける方法が思いつかない。幸いここ最近雨が降っていなかったのか、乾燥した小枝などはそこらへんにあった。一応集めて、キャンプファイアーみたいに積んでみる。なんかわくわくしてきた。



「マイムマイムでも踊ってみるか?」


「お腹がべりーはんぐりー。動きたくない……」


「っていわれてもさあ。火つけらんねえし、パン食えパン」


「ええー! に、肉が食べたいんだな」


「やかましいわ」



 今から町に戻ってもいいが、行きに三時間かかったのだ。帰りも同じくらいかかると思う。となると町に着くのはおやつの時間だ。そんなに時間がかかるとマーはぶっ倒れるかもしれない。かと言ってこのまま森をさまよったところで火をつける手段を手に入れられるとは到底思えない。

 パンを食べさせて町に戻るのがベストかな。



 俺の分のパンを渡そうと、マーに近づいたとき草ががさっと揺れた。俺とマーは瞬時に身構えた。マーはゆっくり立ち上がりながらメイスを構える。ぴりぴりした空気感が周囲に張り詰める。揺れた草の一点を見つめる。俺が生唾を飲み込んだとき、もう一度揺れた。



「……誰かいるのか? 人かモンスターか知らんが危害を加える気がないなら俺も穏便に行くぞ」



 もっともモンスターなら狩るが。そもそもモンスターは言葉がわからないからこんな呼びかけをしたところで無意味だろうが。

 がさっと再び揺れる。出てきたのは小さな女の子だった。



 



 

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