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007 その女性、海岸にて



 海岸につくとあたりは鈍い朱色でいっぱいだった。海に夕日が乱反射していて綺麗なのだが眼が痛くなりそうだ。とりあえず適当に歩くことにする。

 砂の感触を楽しみならが一歩一歩歩く。貝殻を見つけてはそれを海に投げた。



「……さらさら」



 後ろを見るとマーがしゃがんで砂を両手で救っていた。隙間からさらさらと砂が漏れている。

 俺のマーの隣に座って砂を救う。驚くほど白いそれは小さく音を立てながら手からこぼれていった。



「たぶんサンゴでできた砂なんだろうな」


「サンゴ?」


「うん。死んだサンゴが波にさらわれてその過程で綺麗になってここまで小さくなったものが打ち上げられて砂浜になったんだろう」


「へー」


「日本じゃあんま見ないよな」



 手を払って立ち上がる。



「そういや宿の部屋割りってどうなってんの?」



 昼間食事をしたついでに宿の女将に今日泊まる旨を伝えたはずだ。マーが食事代と宿代の支払いをすると言って聞かなかったので、俺はマーに任せ外に出ていた。どういう契約が交わされたか俺は知らないのだ。



「……一緒の部屋」


「まじすか……」



 お年ごろの男女が一緒の部屋とかほめられたことではないと思う。

 いくら昔からの付き合いだと言っても女子である以上気を使うんだよなあ。同室の狭い空間にいるときなら尚更だ。よく寝られればいいけど。



「……私はいつでもおーけー。かもんよいよい」


「やかましいわ」



 手刀を頭にかます。



「真面目な話し部屋を別にするとちょっと追加料金が発生するって」


「まああの宿屋部屋数少なそうだもんな」



 泊まる人数が二人より三人のほうが女将としては実入りは大きいに違いない。そもそもこの町に泊まる人間などそう多いわけでもないと思うけど。



「よいよい」


「うん? 言っとくけど泳ぐのはなしだぞ」



 泳げるなら俺はとっくのとうに泳いでいる。夕飯までのいい運動になりそうだし。



 日中はいいのだが、日がくれると海に強力なモンスターが現れはじめる。浅瀬でも強い魚型のモンスターが。よしんばそいつらを片付けたとしても海岸から五十メートルもいけば大型のモンスターとエンカウントすることになる。



 俺もゲーム時代よく泳いだものだが、夜に泳いで他の島まで行けたことは一度もない。

 


「違うって」



 マーが結構先の砂浜を指さした。俺も見てみる。



「人……か?」



 ちょうど体育座りをしているかのようなシルエットがそこにはあった。手を動かして砂浜に何かしているようだった。おそらく砂をいじっているのだろう。



 一心不乱に同じ動作を繰り返すそのシルエットはいささか不気味だった。



「……どうするの、マー」


「暇だから声かけてみるか」


「正気!?」


「あー、そっか。マー怖いの苦手なんだっけ」


「違う。これは危機管理能力。わざわざ自分から危険に遭遇する理由はない」


「だけどサブクエの発生条件かもよ?」



 未だにすべてのサブクエはクリアーされていない今、その可能性は十分ある。

 俺も心霊は苦手な部類の人間であるが、臆せずその人物の元へ向かう。マーは納得できないのか、うーうー唸っていたが俺が歩き始めたのを見て、とぼとぼと後ろをついてきた。



 様子見として五メートル離れたところから声をかけてみる。



「今晩は。綺麗な砂浜ですよね」



 そう言って手元を除きこむ。てっきり砂の感触を楽しんでいるのかと思ったが、違った。文字を書いているみたいだ。寄せる波に文字がかき消され、また引いたときに文字を書く。なんの整合性もないその行動に背筋が震える。



「え、ああ。わ、私ですか? そうですねいい砂浜ですよね。砂がさらさらで文字が書きやすいです」



 その女性は後ろで結わえられた髪を揺らしならこっちを見た。眼が大きく普通にかわいらしい女性であった。



 割りとちゃんとした返答がきたことに内心ほっと息をつく。最悪いきなり襲い掛かられるかと思っていた。



 恐怖が若干払われ、今度書いている文字に興味が湧いてきた。この距離からだと薄暗くてよく見えないのだ。



「隣に座っても?」


「ええ、どうぞ」


「何を書いているんです?」


「これですか? ……なんでしょうね。私にもわからないんです」


「……よいよい。こいつはやばいやつ」



 何を書いているかわからないと言いつつも、手は止めない。波に消えていくそばから新しく砂に文字を彫っていく。タイミングを見計らって俺とマーは覗き込んだ。



 そこには忘失の魔石とだけ書かれていた。

 俺とマーは顔を見合わせた。



「知ってるかこれ」


「……知らない。もしかしてこれがこのサブクエのクリア報酬?」



 もっともこの女性がサブクエの発生条件となるキーマンかもわからないのだが。



「ちなみにお名前は?」


「私ですか? それがわからないんです」


「……よいよい。こいつは本格にやべえやつ。即刻退避を進言する」


「落ち着けってマー。そんなに怖くないからこの人」



 低くうなるマーを放っておいて質問を続ける。



「名前がわからないって。もしかして記憶喪失とかですか?」


「ええ。そうなんです。この海岸に流れ着いて以前の記憶がすっぽりないんです」



 今度もマーと顔をも合わせた。まるでゲーム時代の俺達ではないか。もしかしてプレイヤーかと思って森羅の緋眼を発動させる。一般NPCならば無条件でステータスが見れることを今日知った。プレイヤーであるならば実際にそのステータスを使うまで???表記になるということもマー相手に検証した。



 どちらにせよNPCかプレイヤーか。判別できる。はずだった。



【名前】r\&%G  【所属】*@6D 【種族】@¥&^


【レベル】|^&( 【状態】 &@&


【HP】 ^@&   【MP】 &@*

 



 以下ステータス、スキルやアビリティまでもがこの有り様だった。まるでネットでよく見る文字化のようだ。あれは規格が違うのでなるらしいのだが、こちらはどういった理由なのだろうか。



 これではNPCなのかプレイヤーなのか判然としない。

 俺らの恐々を知らずに、女性は朗らかに言った。



「やっぱり名前がないのって不便ですよね。そうだ! よろしかったら私に名前をつけてもらえませんでしょうか」


「ええ、俺ですか? 初対面で自分の顔になる名前をつけるってそんな重役負えませんよ」


「それもそうですね……。あなたのお名前は?」


「よいよいと言います」


「じゃああなたの名前にちなんだ名前を私がつけることにします」


「はあ。まあいいですけどね」



 断る道理もない。彼女の朗らかな笑顔を見ていると毒気を抜かれてくる。



「なんでまた俺の名前にちなもうと」


「うーん。思いついただけなんですね。運命というかなんというか。ロマンチックじゃないですか。私に話しかけてきてくれたのはあなたが最初です。子供だって初めて接する親に名前をもらうでしょう? それと同じ感じですかね」



 にっこりと俺に笑いかけてきた。まるで大輪が咲き誇ったかのようであり、心がぽかぽかしてくる錯覚に陥る。ぼー、と我を失ってその笑顔に見入っていると後ろからマーに小突かれた。



「よいよいは私の者! この女は危険だと私の直感がささやきかけてくる!! 今! ここでこの女を始末しないと大変なことになってしまう! 確信が私を突き動かすッッッ!!!」


「◯ョジョ立ちやめい」


「決めました! ヨイアスラン フランバーノとお呼びください!」


「えらいがっつり名前いきましたね」



 気合入りすぎだろ。記憶が戻るまでのつなぎの名前なら太郎とかでもいいと思う。というか俺ならそれでいい。名前は覚えやすのが一番。



 そういえば海外は家名と名前の順序が違うんだっけか。と、なるとフランバーノが家名でヨイアスランが名前になるのか。フルネームは長すぎる。



「フランバーノさんは今はどこに住んでいるんです?」


「ヨイアスラン フランバーノですよ?」



 にっこりと。有無といわせない笑顔で俺に圧力をかけてくる。



「ヨイアスラン フランバーノさんはどこにお住みで?」



 彼女は満足したように頷いた。



「お金がまったくないのですから、近くの洞窟に住み着いております」


「女性が!? 一人で!?」



 驚きのあまり素っ頓狂な声を上げてしまった。

 いくら記憶がないと言っても無防備すぎやしないか。平和な町であろうと悪いことを考える輩は一定数いるものだ。



「ええ。掃除は大変でしたけど、住んでみるとなかなか心地いいんですよ」


「……住めば都というやつ」


「洞窟は都になんねえだろ……。それにここらに洞窟って言っても龍巣の洞窟くらいしかないんですけど、もしかして?」


「洞窟の天井にわらわらとモンスターがいる洞窟ですか? でしたら今私が滞在している洞窟ですよそれ」



 コウモリ型のモンスター、バーディアスは普段は天井に張り付いて待機しているから間違いない。村人であろうとプレイヤーであろうと洞窟に入ってきたものは問答無用で攻撃するのだが、どういったことだろうか。

 ……。もしかして掃除って。



「ええ。その、バーディアス?でしたっけ。そいつらは私が片付けました。量が多くて大変でしたよ」


「……ばけもんや。ばけもんがおるでぇ」


「もしかして武器屋に売ってたのもあなたが!?」


「もしかしてメイスのことでしょうか。ええ、私には不要のものでしたから当面の活動費として」



 あれは武器ごとにあるTIPS(ちょっとした説明)ではなかったのか。クドイようだが、売ったものが店に並ぶことはない。NPC同士で売買などありえないことだし、プレイヤーとアイテムや装備をやりとりしたいのならバザーがトレードを申し込むしかない。



 さっきのステータスといい、この彼女はイレギュラーであると考えたほうがいい。それに真っ向から龍巣の洞窟を攻略しようとしたらレベル二十はいる。今の俺達のはるか上の存在だ。



「……よいよい。さっさと宿屋に行こう。不意なことで機嫌を損ねたら誕生日ケーキのろうそくよろしく命が消える」


「そうだな。疑問は多いけど命大事にで行こう。……ううん、えー、そろそろ俺達はここらへんでお暇を」


「あら、ここにあなた達の家があるんですか?」


「いえ、旅人ですので宿屋住まいですが……」


「ちょうどよかったです。お金に余裕もありますし、柔らかいベッドで寝たいと思っていたんです。よかったら案内してくれませんか?」


「もちろん」



 マーに横から小突かれた。ぼそぼそと耳打ちする。



「しょうがねえだろ! いきなり暴れだすタイプでもないし大丈夫だろ」


「……目移りしたらどうなるかその身に刻む」


「怖いからやめなさい」



 そんなこんなで俺達一行は宿屋に向かうのであった。

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