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005 俺が異世界に憧れる理由






 小さい町だからか食事処は宿屋しかなかった。ほぼ強制なので仕方なしその店に決め、俺たちは中に入った。



 もう少しで夕方だというのに店内は人であふれていた。この町は漁業で生計をたている者が多いので、結構がたいのいい男がふんぞり返って座っている。店内は狂騒に包まれていて、だいたいの人が酒瓶片手に飲んだくれていた。




 からまれると面倒なので店内の隅に座る。五十歳くらいの女将さんが俺たちのテーブルに来た。



「いらっしゃい。悪いね、騒がしくて。注文は何にするんだい?」


「マーは何にする?」


「肉料理」


「俺は……どうしようかな」



 といっても料理名が書かれているポップアップメニューが表示されないので注文の仕様がない。これはマーがやったみたいに食材の名前を言うしかないのか。そういえばゲーム内でも料理名が出てきたことはなかった。だいたい食べるシーンでも画面が暗転して切り替わるのだ。



 せっかく漁業で栄えている町に来たのだ。魚料理にすることにする。



「悪いけどお兄さん。魚料理は割高になっちまうよ」


「どうして」


「最近漁師が海に出ないのよ。それで在庫の魚の価値が高騰してるのよ」


「不漁かなんかなんですか?」


「いんや」



 なんでもこの港では記憶喪失の人がよく流れ着くみたいだ。つい最近でも一人。それを不気味がった近隣の農村の人々がこの町から魚を買うことを控えるようになったとか。まったく魚が売れなくなったので多くの漁師は朝からこの宿屋に入り浸ってやけ酒を飲んでいるという。



 そう言われてみれば一見賑わっているこの宿屋も、人々の会話に耳を傾ければ愚痴やいらだちがしっかりと感じられる。



 実際はシステムの問題だ。このゲームの始まり方が記憶をなくしたプレイヤーがこの町の海岸に辿り着いたところから始まる。記憶をなくしたプレイヤーが新天地で新たに生きていく姿を描いたのだこのゲームなのだから。



 だから海が汚染されていたり魚に異常な事態が起きているといった事実はない。

 まあ不気味がる気持ちも理解できなくはないが。



 このゲームのシステムの問題だと知っている俺は、迷うことなく魚料理を頼んだ。女将さんは注文を取るとカウンターの奥へ消えていった。



「……これもサブクエ?」


「さあ。どうだろ。俺はこの町に入り浸ってゲーム内時間で二年くらいいたけど発生したことはないな」



 そもそもサブクエだとしてもおかしい。システム上の問題をどうやって近隣の農村の人々に納得させるのか。ゲームの仕様ですから大丈夫ですよ、といったところでNPCが説得されるとは思えない。



「それにここに流れ着いた人がいるっていったけど一体どんなポジションの人間なんだろうな」


「……どういうこと?」


「まず俺たちは間違いなくプレイヤーだ。メニュー画面もステータス画面も開けるし」



 おっさんとの金銭のやりとりのときも、同じプレイヤー同士であったらお金の移動はデータ上のやりとりで済む。わざわざ生の現金で譲渡せず、メニュー画面からトレードを選べばいいのだから。



「俺たちはプレイヤーだけど本来の始まり方をせずに道の半ばで目をさますという不思議な始まり方をした」


「例外かもよ」


「二人揃ってか? 知り合いの俺たちが同じ例外の始まり方をするってかなり低い確率だと思うぞ」


「……運命?」



 ぽっと赤くなるマーは放っておいて話を進める。



「俺たちはプレイヤー本来の始まり方をしたとしたら、この海岸に記憶をなくしてたどりついた人間は一体なんなんだろうな。プレイヤー? NPC? はたまたそれ以外か」


「……なるほど」


 

 しばらく二人して頭を悩ませる。もっとも情報がなさすぎてまともな仮説しかたてられそうにない。次第に会話の内容は別の方にスライドしていった。



「よいよい。これからどうするつもり」


「うーんそうだな。基本的にはとりあえず情報集めだよな。スタンスとしては楽しみたいと思っている」


「……楽しむ?」


「ああ。うちの親のスパルタンっぶりは知ってるだろ?」



 うんと頷くマー。さすが幼なじみだ。

 うちの親は近所でも有名ながちがちの教育両親だ。幼馴染のマーと疎遠になったのも、確かに思春期もいくらか関係しているのだが、親の影響もでかい。



小学校高学年くらいから俺と遊びにうちのインターホンをマーはよく鳴らしていたのだが、その都度親が勝手に断っていた。とぼとぼと寂しそうなマーの後ろ姿を自分の部屋から見るたびに胸が締め付けられた。



 年齢を重ねることにだんだんエスカレートしていって、次第に風呂と学校以外は勉強付の日々になっていった。ゲーム一日三十分というのも親が決めた制約だ。当初こそ不満を持っていたが、よくあの親が三十分といえどゲームを許したと今では思う。



 そういう抑圧された生活を送っていたので、正直親のいない世界で好き勝手生きてみたい衝動が人一倍強い。



「そう! まさにこれは今までまじめに生きてきた俺へのボーナステージだと思うんだ! 今こそ! うるさい監視役がいないこの世界でビバエンジョイ!」


「おおー!」



 俺の熱弁に気圧されていか、マーがぱちぱちと手を叩いた。



「お前はどうすんだ?」



 正直マーにもついてきて欲しい。いくらやる気があるからといって、一人で異世界を旅するのはかなり心細い。見知っている奴が一人でもいると心強さがずいぶんと違うものなのだ。でも俺は俺の意見をマーに押し付けたくもない。ベストなのは俺のやりたいこととマーのやりたいことが一致することなのだが……。



「私はよいよいについていく。私がやりたいことはよいよいのそばにいること」


「……そっか」



 ほっと胸をなでおろす。



「じゃあ改めてこれからよろしくな」


「うん」



 そのときちょうど料理が運ばれてきた。俺の魚料理とマーの肉料理がテーブルに置かれる。それと瓶に詰められた液体と二つのコップも置かれた。



「これはなんです?」


「あんたら旅人さんだろ?」


「ええ」



 まあ地元の人なら今魚料理の値段が上がっていることは当然知っているだろうから、女将が気づいたのも当然かもしれない。



「ちょっとした贈り物さ。これからも宿屋『ネレウスの飲み場』をよろしくね」


「商売上手ですね女将さん」



 軽く笑いながら受け取った瓶の封を開ける。フルーティならがも芳醇な香りが鼻孔をくすぐった。



「これ……ワインですか」


「ああ。白ブドウの果実酒さ。魚のムニエルも味が濃いようにしておいたよ」


「俺たち未成年ですよ?」


「なーにいってんだい。見たところ十六、十七だろう? 十分成人しているじゃないか。遠慮はいらないよ」



 女将はそう言うと違うテーブルに注文を取りに言ってしまった。会話の内容から察するに俺たちはすでに成人の年齢に達しているらしい。



「……どうするの?」


「手をつけないのも悪いし、せっかくだしもらうか」



 うちの親はお酒にもうるさい。未成年で飲むのはダメだが、親戚の集まりにいけば勧められて飲む人もそう少なくないのではないだろうか。それでもうちは母親が目を光らせていたので、そういうのは完全シャットアウト。親戚連中がわいわい騒いでいるの傍目に俺はオレンジジュースを飲んでいた。あの切なさったらない。



 そういうわけで興味が勝ったのも大きい。

 封を開けてグラスに注ぐ。一つをマーに渡し、もうひとつを手元に置く。

 気恥ずかしかったが、乾杯をして俺たちはこの世界初の食事にありついた。




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