017 バジルフランベールという男
町についた頃にはお昼を少し回っていた。戦闘で張っていた気をぬいてみれば、確かにお腹が減っている。どうせ行くあてもないので宿屋に入って昼飯を注文することにした。女将さんが珍しそうな顔で俺のテーブルに注文をとりにきた。
「あらまあ、珍しいわね。マーちゃんはどうしたんだい?」
「ちょっと別行動をね」
「そうかい。あたしゃてっきり振られたのかと思ったよ」
けたけたと女将は笑う。
まあ今までも二人で行動していたのだ。急に一人になったのだからそう思われてもしょうがない気がする。肉を食べる気分じゃなかったので軽い物を注文する。注文を取ると女将は厨房に消えていった。
話し相手が消えて暇になる。
辺りを見てみる。いつもと同じように漁師が昼間から来ているらしく、既に大半は出来上がっていた。赤い顔で愚痴をこぼしまくっている。いつまでもこんな調子じゃこの町は財政破綻すると思うんだが、それはいいのだろうか。
はあ、と力なくテーブルに頬をつく。
さっきの緋眼の力はなんだったのだろう。スローに見えたが。詳細な情報が載っているかもとスキルを開く。
森羅の緋眼 全ても見通す
LEVEL 1 膨大な情報の処理 情報の取捨選択
「……?」
どうやら今までの森羅の緋眼はレベル0だったのだろう。1に上がって新しい能力を手に入れた。そこまではわかる、わかるのだが、……情報の取捨選択? ってなんだ。もしかして今までの情報は既によりすぐられたモノだったのだろうか。あの時はとにかく相手を見ていた。攻撃を避けようと。何か突破口はないかと。それでいつも以上に情報を読み込んだのか?
なんとも言えない。何度も繰り返して自分のものにしていく他なさそうだ。
俺がそんなことを机に突っ伏して考えていると、男が一人店内に入ってきた。血相を変え、動作も落ち着きがない。ひと目で料理食べにきたのではないとわかった。その男が店内入ってすぐのところに立ち、大声で言った。
「だれか! 最近こお宿に泊まっている記憶をなくした少女がどこにいるか知らないかい!?」
それはまさしくヨイアスラン フランバーノさんのことだろう。俺がそう男に言う前に、男が俺のテーブルに近づいてきた。
「君は私を助けてくれた青年だよね? 君もここに泊まっているのだろう。何かしらないかね」
「詳しく把握しているわけではないですけど……。最後にあったのは今日の早朝です。以降は見かけていません」
「そのときどこかに行くとか言っていたかい」
「いえそんなことは一言も。あの、なにがあったんですか?」
「彼女がいなくなってしまったんだ!」
そう言って男は頭を抱えた。
はぁ。俺がこの世界に来たばっかりの時助けたこの男と、ヨイアスランとの関係はなんなのだろう。クエストをヨイアスランに頼んだのか? 一番納得しやすい関係だ。いなくなったからといって、ここまで取り乱すことに説明はつかないが。恋人? まあ、なくはないのだろう。もっとも恋仲の関係で行き先を告げずにどっかいくなどもう破局目前だと思うが。ああ、誘拐とかもありえるか。
でも、と考える。
あの龍巣の洞窟を単独クリアできる人が誘拐なんてありえるのか。
「彼女は最高傑作なんだ! ここで逃すわけには……っ!」
はっとした顔で俺を見る。
「最高傑作?」
「あ、ああ、いや、なんでもない気にしないでくれ。彼女の行きそうな場所に心当たりはあるかい?」
「……。そりゃあ、この宿屋でしょうね。ここで寝泊まりしているんですから。女将に今日の宿泊情報とか聞いてみたらどうです?」
「そうだね。そうしよう。女将は?」
「厨房です」
カウンターの奥を指さす。男は駆け足で厨房に向かっていった。
なんともきな臭い。男の背中を森羅の緋眼で見る。
【名前】 バジル フランベール 【所属】 クルセイド 【種族】 人間
【レベル】 1 【状態】
【HP】 14 【MP】 30
【STR】 10 【DEF】 20
【INT】 100 【VIT】 20
【AGL】 10 【DEX】 10 【LUC】 3
ステータスは極めて一般的。一レベのNPCならこんなものだろう。それよりも目を引く項目があった。
クルセイド? クルセイド。つづりは確かcrusadeだったか。十字軍って意味と……後はなんだっけ。改革、とかもあったと思う。あまり見かけない単語なのでうろ覚えだが。
女将さんに聞き終わったのか、バジルさんが厨房から出てきた。わきめも振らずこの店から出て行った。
女将も魚料理と野菜の盛り合わせを持ってて厨房から出てきた。それを俺のテーブルに置く。
「女将さん。あの人なんて?」
「泊まっている女性のことを聞いてきたよ。あんなに急いで何事かねえ」
「女将さんはなんて言ったの」
「わからないって。それだけさ。実際、何も聞いちゃいないしね」
「ねえねえ、後で俺がフランバーノさんが泊まっていた部屋みてもいいかな?」
「部屋を?」
そう言って女将さんは黙った。悩んでいるんだろう。
しばらくして女将は言った。
「……まあ、いいけどねえ。でも面倒事はごめんだよ」
「気をつけるよ」
女将から鍵を受け取った。見終わったら返してほしいとのこと。もちろん、返すことに異論はない。料理を食べたら早速フランバーノさんの部屋の捜査をしたいと思う。テーブルに乗せられた皿を見る。一つは魚をなにかで煮込んだ料理。もう一つは魚と野菜をドレッシングで和えた料理。最後の皿にはパンが二切れ乗っていた。
早速いただく。まずはメインの煮込み料理から手をつける。ナイフとフォークで魚を切り崩し、口に運ぶ。うん、トマトで煮込んでいるみたいだ。ほとばしるトマトの甘みが魚まで染みていておいしい。酸味は煮込む過程で飛んでしまったのか、ほとんど感じられなかった。
スプーンですくってみると、魚の他にも色々な具材が入っていた。名称まではわからないが、野菜や、種、芋など。パンを浸したり、またパンにのっけたりして食べていく。すぐにパンも煮込み料理もなくなってしまった。
残る野菜に手をつける。綺麗に盛りつけられており、女将の料理にかける情熱を感じられる。フォークで野菜を刺して口に運ぶ。野菜は水々しく、ドレッシングは仄かな酸味が効いていておいしかった。あっという間にたいらげ、人心地つく。
「ふう」
腹を叩く。余は満足じゃ。今頃マーも何か食べているだろうか。俺だけ豪勢な昼飯で申し訳ない。
五分ほど座ったまま過ごす。あまり食べた直後に動きたくなかった。
「よっしゃあ、やるか」
席を立ち、カウンターにいる女将のところに歩いて行く。
「ごちそうさま女将さん。おいしかったよ」
「嬉しいこと言ってくれるねえ」
けたけた笑う女将に、代金を聞く。精算してから俺は二階に上がった。




