012 筋トレ時々晴れ模様
鳥がさえずる音がする。階下からは女将が朝食の用意をしているのか朝っぱらから賑やかだ。
朝日が顔にかかる。顔を背けたり寝返りをうったりして姿勢を変えてみたりするのだが、ちょうど顔のあたりに日があたってわずわらしい。もう五分ほど寝ていたかったのだが、しょうがなし体を起こした。
「あー、……」
眠い。後頭部をかく。
隣のベッドに目を向けてみる。マーはまだ寝ているらしく、すーすーと静かな寝息をたてている。マーのベッドの横にはメイスが立てかけられていた。
そうだ、昨日の晩マーに頼んでおいたんだ。
今日の予定としては狩りだ。幸い新月までにはまだ時間があるらしい。その新月の夜に俺達は各々備えることにしていた。具体的なことを言えばステータスの向上。俺は武器をまだ決めていないので無手の状態のとき使える流派の習得。そんなところだ。
メイスを出してもらったのはステータス向上の一貫だった。おそらくこれを剣道みたいに素振りをすれば腕立てよりも効率よくステータスを伸ばせるに違いない。
うっし、と頬を叩いて気合を入れる。今マーのメイスはアイテム欄から外されているので所有者でない俺でも持っていける。
俺は起こさないようにゆっくりと部屋を出た。
「朝っぱらからあっちいな」
来たのは海岸だ。朝日が打ち寄せる波に反射してとてもまぶしい。が、宝石をぶちまけたようなその光景にしばし目を奪われる。我を取り戻し準備にかかる。
一定のリズムで刻む波の音を横に、靴を脱いだ。俺は走るつもりだった。走ったらAGLとVITが一緒にあがりそうだし。先駆者がいないので自分で色々試していかなくてはいけない。
人気がまったくないので、盗まれることもないだろうと靴を脱いだ地点にメイスを深々と突き立てる。波がここまでこないことを確認したあと、俺は砂浜の上を走り始めた。
「おお! ふかふかだ!」
などとさ最初こそ楽しんでいたのだが、五分も走っているとかなり辛くなってきた。
つたう汗をぬぎながら必死に足を動かす。最初は膝などを故障しなくていいかなと思っていたのだが、故障しないということは膝にいく衝撃がないということだ。つま先で蹴る次の一歩も砂浜に吸収されて普段とは比べ物にならないほど前に進まない。それでも普段のランニングと同じ速度を保とうとする。行って帰ってくるころには汗でびしょびしょだった。
「……つら」
一往復でもう膝がわらっている。部活をやっているのでそれなりに体力はあるほうだと自負していたんだけど……。
やばい。砂で足が取られて満足に進めない。むきになって普段と同じ速度を保とうとするとあっという間に体力を持っていかれる。
一分ほど休憩したのち、今度はメイスを握る。
剣道に通じてはいないものの、みようみまねで正中線に構え、上から下に振り下ろす。それを腕が悲鳴を上げるまで続ける。
ニキロほどはあるのか。最初っから雲行きがあやしかったが三十回素振りをしたところで腕がつりそうになる。
「腕あがんねえ」
思わず座り込む。とんでもねえな。こんなもんを振り回していたのか。負けらんねえと立ち上がる。とりあえず砂浜の端から端への一往復と、素振り三十回をワンセットにして今の自分がどこまでいけるのか見極めてみる。また俺は砂浜の上を走りだした。
結果から言えば五セットが限界だった。三回ほどで十分負荷がかかっていたのだが、それでも気合を入れて五回までなんとかやりきった。もう力を使い果たして砂浜の上に寝転ぶ。既に汗びっちゃりな上着は脱いでいる。潮風が汗を乾かしていく。ステータスを見てみるとSTRが10、AGLが15増えていた。
こういうtのを見るとまた走りこんでやろうかという気持ちになる。努力したそばから成果が見えるこどほどやる気につながるものはない。
でもまあ、もうやめておく。バイタリティ――スタミナの回復がえらく遅くなっている。腕もぷるぷるして上がりそうにない。
腕時計を見てみる。時刻は七時半。そろそろマーも起きてるかな。腰を上げて宿に帰ろうとしたところ、声をかけられた。
「精が出ますね」
「え、あ! えーっとヨイアスラン フランバーノさん」
「おはようございます」
にっこり笑うフランバーノさん。危なかった。危うく名前が出てこないところだった。俺の記憶力グッジョブ。
「ヨイアスラン フランバーノさんはここで何を?」
「んーとですねえ」
くるくるくるとなぜか白いワンピースをたなびかせながら回転するフランバーノさん。見てるこっちが目を回しそうだ。
次第に面白くなってきたのは回りながら高笑いしだした。まあ、気持ちはわかる。結構面白いよね、それ。
「あー、おもしろい。それでなんでしたっけ」
「いや、ヨイアスラン フランバーノさんはここで何を」
「名前呼びにくくないですか? フランバーノでいいですよ」
「今更!?」
「ここで何を、ですか。特に理由はないんですよね。強いていうなら顔なじみがいたから、ですかね」
もしかして俺のことか。なんか照れるぜ。女性の前で上半身肌たはいかがなものかと思い、まだ汗で濡れている上着を着た。
「そういえば昨日は朝早く出かけたみたいですけど、何していたんですか」
「昨日は荷物の整理です。いらないものを捨てたり売ったりして。この町の宿屋は安いんですけど部屋が狭いですよね。全部置けるわけじゃないので」
「記憶の方は」
「さっぱりです」
そう言って端正な顔を曇らせる。
正直フランバーノさんには記憶を取り戻してもらいたい。プレイヤーなのかNPCなのか。とても気になる。
「……そういえば魔法なんてものもあるみたいですよ。フランバーノさんはどうです?」
「魔法。ですか? いえ、記憶にありません。もっとも見たら思い出すかもしれませんけど」
ちらっと俺を見てくる。悪いけど俺は使えない。昨日見た魔法陣は覚えているので、それを砂浜に描いていく。覚えているといっても細部はうろ覚えだ。輪郭と、覚えている範囲でそれらしいのを書いていった。書き終わり、フランバーノさんの反応を伺う。魔法を扱えたらNPC確定だろう。マーがプライヤーは使えないと言っていたのだから。
「うーん……。なんかお腹空いてきちゃいましたね」
「はい?」
「だってなんかのお菓子みたいじゃないですか」
「……」
まあ確かにビスケットみたいである。模様が入っているビスケット。
魔法陣に見覚えはないみたいだ。となるとプレイヤーか? じゃあなんでフランバーノさんの記憶はなくて俺とマーの記憶はあるのだろうか。例外か? 二人して? いささかその考えは暴力的だ。無理がある。そうなるとフランバーノさんが例外と言うことのほうがまだ納得できる。
例外ということは意図した例外と予期せぬ例外、それぞれに分けられる。後者で記憶を無くしたのならご愁傷様と言うしかない。が、もし前者であったなら例外な処置を施すだけの意味がこの人にあると言うことだ。
うーん。足を海につけてきゃっきゃっ、きゃっきゃっと騒ぐこの人に、そんな大層な理由が隠されているとはとても思えない。
俺の考え過ぎか。
朝食の時間になるので、俺はフランバーノさんと一緒に宿に帰った。
二人して帰ってきて、どう勘違いしたのか俺はマーに関節技を決められたのだった




