010 森の幼女②
「おお! なかなかいけるなこれ」
三人で焚き火を囲みながら一斉に肉を食べ始めた。箸とかないのでみんなして手づかみだ。もっとも葉で包まれているので手が汚れる心配もない。ちょうど包装されているクレープを食べている感じだった。
ガルムは日本の醤油より多少塩っ気があった。が、それ以上に魚の風味というか旨味が鼻から抜けていく。ラービットの肉はかなり甘みがあった。うさぎの肉を食べたことがないので比較できないが、ラービットはラービットでうまい。不思議なことに獣臭さがないこの肉は、耐性がない俺とマーでも余裕で完食できた。
お腹をさすりながら歓談する。
「そういやなんでこんな場所にいたんだよシフォン。しかも一人で。危ないぞ」
シフォンは小さな口を一生懸命動かして肉を咀嚼していた。熱いのかはふはふと口を開けて空気を取り入れている。
そうか。口が小さい分シフォンは食べるのが遅いのか。話しかけるタイミングを間違えたことに反省するものの、シフォンは律儀に答えてくれた。
「薬草摘みです。今私の村の男の人は軒並み寝たきりなんです。その治療に使う薬草を……。もぐもぐ」
「なるほど。そいつは大変だな」
シフォンのステータスは歳相応だ。ラービット単体でも遭遇したらかなりの危険がつきまとうことになるだろう。ただでさえこの森の草丈は高い。ラービットくらいの体躯だと完全に草に埋もれてしまうのだ。逃げるにしろ戦うにしろ相手を視認できないということはかなりこちらの勝率を下げてしまう。
「……ちなみに村の名前は?」
肉を食べたマーは人心地ついたのか、幸せそうな表情で聞いた。
「言ってもわからないと思いますけど……、ナーファス村といいます」
「へー、なんかシフォンのファミリーネームに似てるな、村の名前」
シフォン リーファス。そして村の名前がナーファス。まあ、言葉的には最後のファスしか似てないけど、語感はかなり似ている。
「……私の家は魔法を扱える『魔法の血脈に連ねる者』でしたから。わ、私は簡単な魔法しか使えないんですけどね」
シフォンは恥ずかしそうに目を細め、頭をかいた。
「それと名前がどう?」
「もともとはこの名を先祖さまが王様からもらったときに領土ももらったんです。統治するための。そういったためにファミリーネームと村の名前が若干似通っているんです」
「はーなるほどね」
マップを開いてみるとここから北部に一キロほど行ったところに、そのナーファスの村があった。シーリュスの町とくらべても小さい。町とは冠しているものの、シーリュスの町はかなり小さいのだ。なんせ食べるとこが一軒しかないくらいなのだから。まあ、最初の町なので多機能な町は必要ないのだが。
「さっきの村の男達がうんぬんってのは?」
「最近グレイトファングがよく村を襲うんですよ。畑や家畜が荒らされれば税云々より当面の生活が危なくなります。ですから見張り役を設けることになったんですけど……」
「あっさりやられたと」
こくんとうなづくシフォン。
グレイトファングとは狼型のモンスターだ。攻撃力と敏捷性、スタミナが豊富でプレイヤーのレベルが五くらいまでならタイマンでも死ぬ。灰色の毛並みをなびかせて走る姿から猛るホワイトアッシュと恐れられている。ここらに住む町や村の人から。もちろん、序盤のプレイヤーからも。
基本的にアールさんはパーティを組んで進めるのが前提のとこがある。パーテイを組めばフレンドリーファイアーはなくなるし、経験値も均等に割り振られる。ドロップアイテムもできるだけ均等になるようになっている。なにより、一人が引きつけて――タゲをつけて、もう一人が背後から切りかかると多少格上相手でも互角に渡り合えるのだ。
「でも毎年そんなんじゃないのか? 撃退するノウハウとかありそうなもんだけど」
「そんな! 冬じゃあるまいし、こんなこと滅多にないですよ! 長老なんて何かよくないことが起こる前触れだーって言って家から出てこなくなったんです。とにかく異常なことなんです!」
「あー、なるほど」
「……どういうこと?」
と、マーが俺に耳打ちしてきた。俺の推測だけど、と前置きしてマーに説明する。
「冬とか食料がない時期なら人里におりてくることは珍しくないけど、今は初夏だろ? 俺達もラービット狩ったし食糧問題は問題ないと思う。なのになんでわざわざ村に来るか……ってことなんだよな」
一応聞いてみる。シフォンはまた頷いた。なるほど、とマーはぼそっと呟いた。
「幸い今のところ死者は出ていないんですけど……。今まで守ってくれた男の人達がみんなやられちゃったんです。もし次来たら村のおばあさんおじいさんとか子供とかが標的になるかもしれません。そうなったらどうなるか……」
怖いです。そう告げて体をぶるっと震わせた。
唇を強く噛み締め。小さな体を丸めるその姿を見て俺はひとつのことを決めた。
「うっし! 俺達が村の警備やるよ」
「え、え!?」
「……よいよいお人好し」
反応は様々で、マーは呆れつつも若干の笑みを浮かべている。シフォンは事情が飲み込めないのかしどろもどろしていた。
シフォンのためにもう一度言う。大げさに身振り手振りで驚きを表現しつつ、とことこと俺のそばによってきた。
「いいんですか!? あ、で、でもダメですよ! 私達の村の問題を人様に解決してもらうなんて!」
「自分達の問題は自分たちで解決しなさいみたいな決まり事があるのか?」
「い、いえそういうことではないですけど。……め、迷惑じゃないんですか?」
「全然。まあ、安心しろよ。グレイトファングのことはよく知ってるし」
「そ、そうですか……?」
いまだに納得していなさそうなシフォン。とりあえず立っているシフォンの肩を押して切り株に座らせた。
「女将も心配するからさすがに今日はいけないんだけどさ。なんかこういう日はグレイトファングが来やすいとかある?」
「そうですねえ―……、あ、そういえばやられちゃった人たちは月明かりがなくて困ったと言ってましたよ。暗くて見づらいって」
「新月か?」
「名前は知りませんけど」
「その暗い夜だけグレイトファングは来るのか?」
「そうですね……。今まで意識したことがなかったのでなんとも言えないんですけど。あ、村の人たちに聞いてみればいいんじゃないですか!」
「それもそうだな。そうするよ。それで、薬草だっけか、集まってるのか」
えーっととシフォンは置いてある袋を開けて覗き込んだ。ほのかに青草の香りがここまで届いてくる。なんとなく懐かしい。小学生のときは帰り道友達にむしった草をなげつけたりしたものだ。
「集まってます」
「これから帰るのか? なら送ってくぞ。モンスターにエンカウントしたら大変だろ」
「ええ、さすがにそこまでお願いするわけにはいきません!」
「あのなあ、シフォンは遠慮しすぎなんだよ。人の好意は素直に受けっておくべきなの。もらうばかりじゃいやならそいつに何かしてやればいいんだし。それに子供が遠慮するべきじゃない。子供のころなんてみんなアホなんだよ。大人び過ぎてる子供はかわいくないぞ。それにシフォンに万が一があったらどうするんだよ」
「ひゃ、ひゃい!」
「……」
怒涛にまくしたてる俺にシフォンは若干引き気味だ。マーも黙りこくっている。
でも俺は言ったことに後悔はしていない。変に遠慮するより人の好意はうけっとておくべきだ。
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて……」
「それでよろしい。火の始末したら早速出発しようぜ」
火が風にあおられてどこかに飛び火でもしたら大変だ。切り株から立ち、火種となっている小枝を引っ張りだしては踏んで消火する。それを五回ほど繰り返し完全に鎮火したのを確認した。
「うっし。行こうぜ」
シフォンに先導されながら俺たちは森に入っていった。




