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卑屈な雨  作者: tonby
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二章「融解」

昨夜は眠れなくなるかと思ったが、そんなことはなかった。おかげで眠りから覚めたばかりの身体同様、悟知の気分は不安で重かった。彼女が昨日、最後に残した声が蘇る。


 ーーじゃあ、また明日。


普通に考えれば、今日も会いに来るという意味だろう。昨日とは違い、話すことを予め準備しておくことはできない。それが悟知にとっては恐怖そのものだった。それに、彼女の目的が悟知には理解しかねた。


 ーーあなたに興味が湧いてきました。


自分に興味を誘うような要素は無い。あるのはつまらない思考回路で冴えない高校生の姿だけ。それなのに彼女は悟知を知りたいという。その不可解さが悟知の先程の恐怖を増幅させていた。




気は進まないが、そろそろ学校に行かなければならない。サボる、という選択肢を選んでも意味がないことは悟知も理解していた。


「いってきます。」


決心し、玄関のドアを開け放った。恐怖で立ち止まってしまわないように小走りで学校に向かおうとしたその瞬間、そこには記憶に新しい人の姿があった。


「おはよう、悟知君。」


悟知は驚きのあまり、その場で倒れそうになった。


 どうして僕の家が分かったんだ?


動揺を隠そうとするが故に何も言えず、それがかえって説明されているかのように悟知の動揺を筒抜けにしていた。


「あっ、ごめん。後輩に悟知君の妹さんの住所を教えてもらったの。突然来たからびっくりしたよね……」


自分が名前で呼ばれていて、口調がタメ口になっていること。今の悟知にそんなことを気にする余裕は無かった。彼女の理解を超えた行動力に、悟知はただひたすらに当惑する。そんな悟知の様子を見て彼女は不安げに言う。


「……やっぱり迷惑かな?」


ここで、迷惑だと言い切れたら楽だったかもしれない。しかし、残念ながら悟知はそんな高等テクは持ち合わせていない。


「あっ、いや……」




結局中途半端に否定してしまった悟知は、前を行く彼女に付いていく他無かった。彼女の歩調は速く、しかし付いて行けないほどではない。そのまま特に会話もなくバス停に到着すると、丁度のタイミングで目的のバスが目の前に止まった。薄く曇った空を窓ガラスに映すそのバスに乗り、2人は座席に並んだ。


 しかし、コイツは一体誰なんだろう?


ふと、そんな今更な疑問を悟知は抱いた。ロッカーにあの手紙を入れたこと、そして今こうして学校に向かっていることを考えると、同じ学校の人間であることには間違いないだろう。しかしそれ以上は分からない。後輩なのか先輩なのか、それすらも分からなかった。悟知は記憶の糸を手繰ってみる。手紙には差出人の記名は無かった。


「あの、あなたのお名前をお聞きしてもいいですか…?」


それを聞いた彼女は少し驚いた表情を見せた後、にこやかに答える。


「川茂 志月(しづき)。悟知君と同じクラスの。」


その続けられた言葉に心臓が凍りつく感覚を覚えた。


 失敗した。


女子とは話す機会なんて一切ないものだから、同じクラスでも名前を知らない女子は多い。しかし、顔すら覚えていなかったとは……。


「すみません、覚えてませんでした。」

「気にしないで。私が勝手に付いてきてるだけだから。気を遣う必要なんてないのよ。それより昨日は眠れた?」




どうにかこうにか、気まずい空気にならずに学校に到着する。自分は彼女の話に相槌をうったり質問に答えたりしていただけな気がするが。突如、彼女が口を開く。


「さっきから自分ばかり喋ってごめんなさい。でも悟知君と話せて楽しかったわ。また話しに来てもいいかな?」

「あ、ああ……」


やはりいいえとは言えない悟知。


「ありがとう、また来るね。」


彼女はそう言うと、朝から既に騒がしい教室に小走りで向かっていった。ようやく緊張から解放された悟知は、その蓄積された疲労を一気に感じた。




それから、悟知は事あるごとに志月に絡まれることになった。志月も部活動には入っていないらしく、登下校時や休み時間には必ず悟知のところに来ては楽しそうに話をする。話、といってもその大部分は悟知に対する質問であった。彼女は本当に自分のことを知りたがっている。初めはそれに恐怖を感じていた悟知だが、次第にその感覚は薄れ、その代わりにこんな疑問がその色を濃くしてきていた。


 彼女は一体何を考えて自分と接しているのか?


自分のことを知られる。悟知にとってはそれが奇妙なことに思えてならない。もの好き、と割り切ってしまうには何かが違う。そんな気がして仕方がなかった。志月が話を持ち掛けてきたのは、悟知がそんなことを考えているときだった。

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