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卑屈な雨  作者: tonby
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一章「衝突」

回したシャープペンシルの先が指に刺さる。


 痛って。


刺さったシャーペンが転がり落ちた先は、まだ全く手をつけていない数学のプリントの上だった。


 そうだ、今は数学演習の時間だった。


悟知(さとし)は目の前のプリントを眺める。しかし、解く気にはなれない。授業の始めに問題が配られ、終わりに解答が配られるだけ。採点されたりはしない。


そんなものより、今考えなければならないことが悟知にはあった。


 どう断れば穏便に済ませられるだろうか。


悟知は机の横に置いてある自分のカバンを見遣る。そのカバンの中には一枚のメモ用紙が入っている。




そのメモ用紙は先程までロッカーの中に入っていたものだ。授業の準備をするためにロッカーを開いたとき、その一枚の紙がそこにあった。


悟知の容姿はイケメンと呼ばれるには程遠い、むしろブサイクの部類に入ると思われる。少なくとも悟知はそう認識している。おまけに酷いコミュ障で、友達なんて一人もいない。それ故、今までいじめられたことがないのを不思議に思っているくらいだ。


そんな訳で、おそらくロッカーの隙間からねじ込まれたのであろうそのメモ用紙を認識した悟知が警戒したのは、そこに「死ね」などと書かれていることだった。おそるおそる、畳まれたそのメモ用紙を開いて中を見る。


「今日の放課後、小公園に来て下さい」


小公園とは学校の近くにある2つの公園のうちの小さい方のことである。可愛らしく書かれたその文字列。それが意味するものは悟知にも理解することができた。しかし、悟知は妙な違和感を感じた。咄嗟に周囲の気配を探ると、その多方向から向けられる視線に容易に気づけた。


 なるほど。


きっと誰かが女子集団から罰ゲームか何かでこうさせられたのだろう。悟知は肩を落とした。それは自分のぬかよろこびを嘆いたからではない。こんなことは中学生までだろう、などと甘い認識を持っていた自分を悔いたからである。




それからずっと、何と言って断るべきか熟考し、推敲を重ね、そうしているうちにあっという間に小公園に来てしまった。


 人は……誰もいない。


随所にサビを付けた遊具が、乾いた冬の風に吹かれてただ静かにたそがれているだけである。三方を建物に囲まれ、入口は一箇所にしか無い。悟知は相手が来るのを入口に背を向けて待った。相手を見つけてしまって気まずい時間を、少しでも短くするためであるが、悟知自身はそれに気づいていない。




「あの……」


背後からかかる声を待っていたにもかかわらず、急なそれに驚いて肩を震わせてしまったことを恥じながら悟知は振り返る。そこにはセミロングな髪型の見覚えのない女の子が立っていた。顔立ちは……標準といったところか。


「あっ、やっぱり雨森さんですか。手紙、読んでくれたんですね。大切なお時間をいただいてしまってごめんなさい。」


彼女は静かにそう話しかけてきた。相手は罰ゲームの被害者である。その怒りを自分にぶつけられたらどうしようかと、色々と悪い予想をしていた悟知だったが、それは杞憂だったようだ。


「それで、お願いなんですが…、あなたが好きです。付き合って下さい。」


どうしたらこんなことが口に言えるのだろうか。きっぱりとした口調の彼女に感心した悟知は、こちらも誠実に対応しなければならないと思った。そして準備していた、最も適切だと思うその回答を述べる。


「何の取り柄もない僕のどこが好きって言うんですか?」

「えっ?それは……」


彼女に困惑の表情が滲む。やはり確認の意味は無かったようだ。悟知は続ける。


「安心して下さい。僕がそのお願いを受け入れることはありません。それはあなたの本心ではないでしょうし、何より僕なんかと関わったりしたらあなたが不幸になります。僕はあなたの幸福を祈っています。どうぞ他の誰かと幸せになって下さい。」


何一つ嘘は言っていない。それにもうこんな茶番に巻き込まれたくなかった。だからこそ、敢えて言いたいことを全て言った。明日からいじめられようが何だろうが知ったこっちゃなかった。


「……ええ、そうです。私のある失敗に怒った友人にここに来させられました。あなたのこともほとんど知りません。しかし、どうして私があなたと関わると不幸になると分かるのですか?」


悟知は動揺した。相手は被害者だ。ここまで強く言い放てば、相手も何の遠慮も必要なく逃げられるだろう。そうとばかり踏んでいた悟知は、予想だにしない反論に口を紡ぐ。


「ちょっとだけ、あなたに興味が湧いてきました。いえ、あなたのその卑屈な思考に、と言ったほうが正しいでしょうか。あなたの返事がどうであれ、あなたが邪魔だと言うまで付いていくことにしますね。じゃあ、また明日。」


逆光に陰った彼女の姿はくるりと反転し、入口まで歩いて曲がると建物の向こうに見えなくなった。気づけば陽は傾き、冬の赤い光が辺りを差していた。

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