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陰陽高校生 番外編~X'masでの再会~

作者: 風間 義介

 十二月。

 新年を迎える前の準備で多くの人が慌ただしく動く時期。

 都内某所にある土御門邸でも、新年を迎える準備ともう一つ。この時期でもっとも重要と言えるイベントの準備で忙しく動いていた。

 「……しかし、どうしていちいちこれを出さなけれならないのかねぇ?」

 倉庫の中で探し物をしながら、護はぐちぐちとつぶやいていた。

 今彼が探しているのは、クリスマスツリーの入った包だ。昨年も出したのだが、どこにしまったのかすっかり忘れてしまっている。仕方のないことといえば仕方のないことなのだが、あまり長居したくはないところなので、少しばかり苛立っている。

 早く見つからないかと、いらいらしながら探していると、護の目に、赤と白を主体とした包装紙にくるまれたものが目にとまった。近づいてみると、赤い下地に小さなモミの木が描かれている。どう考えても、この時期になるとよく見る装いの包装紙だ。

 「……あぁ、これだな……」

 護はポツリとつぶやき、包を引っ張り出し脇に抱え、倉庫をあとにしようとした。しかし、背後から何かの気配を感じ、少しばかり振り返った。

 ――ん?……経凛々(きょうりんりん)でも出たか?

 倉庫には大量の書物もまた一緒に保管されている。それこそ、晴明の代から受け継がれてきた貴重な書物や経文だけでなく、楽器や硯なども存在している。そういったものには神霊が宿り、時として付喪神として姿を現すことがある。

 経凛々は、そういった付喪神の類の中でも徳の高い経文に神霊が宿り、妖怪と化したものだ。

 土御門は優れた陰陽師の一族であるため、妖は滅多なことでは屋敷に寄り付かない。寄り付いた瞬間、屋敷に張り巡らされている結界に阻まれるか、気づかれて修祓されるかのどちらかの道しか存在しないからだ。

 だが、自然発生しやすい付喪神の類が屋敷内に出現してもおかしくない。そもそも、もともとは結界の内部にあるものが勝手に妖になるのだから、むしろ屋敷内に入り込める唯一の例外といえるだろう。

 そして、それらの類は総じて人畜無害だ。

 ――ま、無害だろうからほうっておいてもいいだろう

 護はそっとため息をつき、倉庫をあとにした。

 倉庫の戸が締められると、倉庫の奥から、ゆらりと、何か陽炎のようなものが立ち上ってきた。

 ――ま、もる……さま……護様……

 倉庫の奥から、声にならない声が響いていた。


 倉庫から出てきた護は冷え切っていたが、比較的澄んでいる空気を肺に詰め、そっと吐き出す。

 ――あの倉庫、一度風通したほうがいいんじゃないか?

 護は憎らしそうに倉庫を見ながら心の内でつぶやく。

 心の内ではぐちぐちと文句を言いながらも、護はツリーを肩に担ぎ、歴史の教科書に載っている飛脚よろしく、足早に母屋の方へと向かっていった。

 「お疲れさん」

 「朱雀。なんだ、待ってたのか……手伝ってくれりゃよかったのに」

 母屋の玄関へ行くと、紅い短髪の青年が声をかけてきた。晴明に召喚され、使役されて以降、土御門家に代々仕える式神、十二天将が一柱、朱雀だ。

 護は馴染みの天将が出迎えてくれたことに、少しばかり顔をほころばせたが、すぐに不機嫌そうな顔に戻り、文句を言う。

 実際問題、こういったことは使鬼(しき)にやらせることが土御門家の日常なのだが、ほかの作業にまわしているせいか、こうして護が自力で倉庫の中からモノをとってくることになったのだ。

 十二天将も手伝えば作業がはかどるのだが、基本的に彼らは現当主の命令がなければ動かない。そして、翼は準備の手伝いをするよう命令はしていない。

 「わかっているだろうが」

 「わかってる。言ってみただけ」

 護は朱雀が返した言葉を軽く流しながら、部屋へと入っていった。いや、入っていこうとした。

 そういえば、と護は朱雀の方に向き直り、気になったことを問いかける。

 「朱雀、倉庫に妖怪化しそうなものって何かあったか?」

 「いや、なかったはずだが?……何かいたのか?」

 朱雀の問いかけに、護は天井を見上げ、あの時に感じた気配を思い出した。(あやかし)、とまではいかないまでも、何かの気を感じ取っていた。そしてなにより、何かが動く気配がしていた。

 「あぁ……妖ではないように思えるんだが、何かがいたのは確かだ」

 「だとしても……まぁ、心配ないだろう」

 「なんで?」

 朱雀の言葉に、護はきょとんとした顔で聞き返す。

 確かに、陰陽師が放置して妖怪化したものに害はないだろうが、それでも妖は妖だ。しかるべき処置を施し、あるべき場所に返すのが筋というものではなかろうか。

 護がそう呟くと、朱雀はその大きな手を護の頭に乗せ、ぐしぐしとかき混ぜる。

 「お前、自分が作った使鬼もあの中に混じってるってこと忘れてないか?」

 「……あ」

 言われて気づいた、といった感じで護が口から声を漏らす。

 幼少時代、といっても本格的に陰陽師としての教育を受け始めた七歳のころから、護は式神の作成が楽しくて仕方がないという時期があった。

 その中には、今も時折使っている式神がいるが、その多くは暴走を起こし、十二天将によって処分されてしまっていたのだが、起動することなく、結局、蔵の中に収まっている式神も多い。

 「……なぁ、朱雀。俺が昔作った式神が今になって顕現するってこと、あるのかな?」

 「陰陽師の術を俺が知っていると思うか?まぁ、ないことはないんじゃないか?俺もあまりよくは知らないが」

 質問を胡乱げな目をしながらではあるものの、答えてくれた朱雀の言葉を聞いて、護は少し考え込む。自分が作った式神で、意志を持っていると思われるほどの霊力を持たせたもの、あるいはそれだけ強い力をもった媒体を利用して作った式神を思い出すことができない。

 自分が式神を作るときは、その季節に最も生気が溢れる植物を使うことが多いのだが、いつごろ作ったのかを覚えてはいるが、正確な時期は覚えていない。

 考えても答えが出てきそうにない。護はそっとため息をつき、担いでいたツリーを朱雀に手渡す。

 いきなりツリーを手渡された朱雀は、何事かと思ったが、護が何を考えているのかを察し、行ってこいと言わんばかりにそっとため息をつき、ツリーを受け取った。

 護はそのまま回れ右して、再び蔵の方へ足を運ぶ。

 足を運びながら、蔵の中で声をかけてきた式神について、考えを巡らせる。

 ――この時期に目覚めるとしたら、冬の時期の植物、だよな……けど……

 冬の植物は、はっきり言って数が少ない。せいぜいが椿か、松か、はたまた柊かくらいしか思い浮かばない。しかし、この屋敷の庭にも、これらの植物は生えている。そこから考えると、もはや何を使ったのかすらわからない。

 はっきりわかるのは、この時期(クリスマス)に縁の深い植物ということだけだ。

 ――となると柊か

 柊は洋の東西を問わず、魔除けの力を持つと信じられている。そのため、幼い頃に柊を使って式神を作ろうと試みたのかもしれない。けれども、確証がない。なにより、椿という可能性も捨てきれていない。

 ここまで来ると、もはや実際に見てみないことには始まらない。

 そっと息を潜め、護は蔵の中の気配を探る。そこには、やはりというべきか、この屋敷内にはあるはずのない気配があった。

 おそらく、式神としてすでに「起動」しているのだろう。

 ――さて、何が出ますことやら……

 護はそっと蔵の戸に手をかけ、開く。視界が捉えた暗闇の先に、一つの動く影があった。

 それを護はじっと見つめる。

 「護様?」

 影は護の名を呼び、こちらに視線を向ける。護は蔵の中に入り、ゆっくりと影に近づいていく。明かり取りのために取り付けられた窓から漏れた光が、影の正体を明らかにした。

 一言で言えば、かなりの美女だ。むろん、護は目の前にいる存在が式神であるということ、つまり人外の存在であることはすでに承知しているため、そのことについては特に驚いている様子はない。

 髪は短く、首元までしかない。しかし、その顔立ちは清楚ではあるが、どこか儚げ印象を受ける。服装は、おそらく媒介にした植物が影響しているのだろう、柊の紋様をしている和服を身にまとってい、翡翠のように綺麗な瞳をしている。

 その瞳には、寂しさや懐かしさに近いものが込められているように感じられる。

 「護様、お久しゅうございます……いえ、はじめまして、と申したほうがよろしいでしょうか?」

 「……そうだな。十年近く、「起動」していなかったからな……はじめまして、が適切だろうな」

 暴走していないことを察し、護は彼女に近づいていく。人外であるが故なのだろうか、護よりもやや背が高い。近づいていった護は、女性の十二天将たちと話をする時と同じように、若干、視線をあげて式神の顔を見る。

 まだ名をもらっていない式神は、そんな護に気を使ったのだろうか、それとも主従関係を意識しているのだろうか、軽く膝を曲げ、護に視線を合わせる。

 「十年も放っておいて、すまなかった」

 「いいえ……私も、目覚めることができず、申し訳ございませんでした」

 「頭を上げてくれ。そこまでして謝らなくていい」

 護の言葉に式神は安心したようで、柔らかな微笑みを護に向けた。その微笑みは非常に柔らかく、愛らしい。

 少しだけ顔を赤らめながら、護は咳払いをし、続けた。

 「起動したのなら、お前に名を与えなければならないが……どうする?このままなら、ただの柊の精として生きることもできるが」

 いつも、式神を作るときに聞いていることがある。

 自然物を媒体にして式神を作るということは、媒体に使う自然物を配下に下す、ということだ。護として、意思のない存在を無理やり式神にすることに抵抗がある。だから、一度意思を持たせて、式神として下るかどうかを問いかける。

 護にしてみれば、それは式神に名を与える行為と同じく、重要なものだ。

 「もとより、私はあなたの式神として生まれた存在。名をいただくことは、当然のことです」

 「……そうか。なら、お前を俺の式神として名を与える」

 蔵に向かう時から考えていた。柊の葉を媒体にして式神を作ったのだとしたら、どう名付けようかを。

 柊は年間を通して、葉が若々しい色を保つ常緑樹。彼女の瞳が翡翠の色をしているのは、そのためなのだろう。そして、彼女の体から溢れ出る霊力は、柊が魔を払う聖なる樹木としての性質を持っているためなのだろう。

 そして、おそらく護が使役している式神の中で唯一の人型であり、女性の式神だ。それを、宝玉にちなんで名付けるのならば……。

 「柊の緑と魔を払う性質を受け継いだ式神。なら、その二つの性質を表す名がふさわしい」

 ゆえに、お前をこれより翡翠と名付ける。

 護の言葉を聞きながら、彼女は膝をつき、頭を下げる。その様子は、護を主として認め、その主に礼を尽くしているように見えた。

 「謹んで、お受けいたします」

 今後とも、末永く。

 その言葉は、本来ならば十年前に交わされるはずだった言葉。そして、その時に交わされるはずだった主従の誓約を表すものだった。


 この日、本当の意味で護の最初の式神が手元に戻った。

 それは、土御門家に起きた、本当に小さな奇跡だった。

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