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No,8 

「パリだ~~!!」


シャルル・ド・ゴール空港からレンタカ―に乗り換えパリ市内を通る間、翠はこれ以上ないハイテンションだった。



朝早くの便に乗り、直通のフライトで約十二時間半。時差はサマータイムで七時間。もう夜中感覚だが、パリの現地時間は丁度昼食タイムだ。元気一杯の翠は、夕飯兼昼食を摂る事にしたらしい。

翠との年の差を感じるのは、こんな時だ。正直に云えば、時差に身体を慣らすため休みたい。それでなくても、ここのところずっと過密スケジュールだったのだから。だが、表情(かお)には出さない。翠に気を使われたくないし、短い時間を思いっ切り楽しませてやりたい。



翠が希望したホテルは【グラン・インター・コンチネンタル】

舞台好きな翠は、バレエも好きだ。オペラ座でバレエを鑑賞するのを、それは楽しみにしている。そのオペラ座の直ぐ左にあり、この【オペラ・ガルニエ】を設計した人物が設計したホテルとしても知られている。その一階には【カフェ・ド・ラ・ペ】と云うカフェがあって、ここもガルニエの設計だ。翠にとっては、夢のような場所だろう。機内食をしっかり食べた翠は、このカフェで夕飯、もとい軽いランチをとる事にしたらしい。








『ハニームーンだよ、ハニームーン♪』



翠が俺の薦め通りにリザの新しい店に行った帰りの日の事を思い出す。


俺の新婚旅行への誘いに対して、パンフレットをもらって来て鮮やかな笑顔で力説する翠に、俺は逆らわなかった。

旅行への誘いに最初難色を示してした翠の心変りは突然だったが、俺は突っ込まなかった。変に楯ついて、ヘソを曲げられては敵わない。ガイドブックも買って来て、あれやこれやと楽しく悩んでいる翠を嬉しく見守り、翠の気が変わらないうちにと思って、とっとと予約を入れさせてしまった。

滝本の手配は完璧だった。俺は職業柄、ガードを連れ歩くのが普通だ。そいつらの世話は勿論、オペラ座のチケット取りから、翠には秘密のとっておきのお楽しみまで・・・・・嗚呼、翠の驚き喜ぶ様を早く見たい。

ちなみに、その滝本は留守番だ。奴には悪いが若頭には俺の留守をしっかり守ってもらわなければならない。『翠様に良い思い出を作って差し上げて下さいませ』などと、例の取り澄ました笑顔で送り出してくれた。




「ねえ、京兄は何にする?」

「あ、ああ・・・・翠は?」

「これとこれ!」

メニューの中から翠が選んだのは、フランス語の分からない翠にもかろうじて分かるCafe CremeとHot Dogだった。

「・・・説明してやろうか?」苦笑しながらの提案は呆気なく却下されてしまった。こんな時の頑固ささえ愛しい。

俺は結局、フランスのエスプレッソとキッシュを頼み、二人で初めての“フランスのカフェ”を楽しんだ。


思う存分、鋭気を養った翠は、高らかに宣言した。



「じゃあ、ルーヴル美術館へレッッゴー!!」



いきなりエンジン全開の翠には、誰も敵わない。










ルーヴル美術館は僕の憧れだ。


小学生の頃から画集に夢中になり、一度はこの眼で見てみたいと思うものが山ほどある。




レンタカーを使う間でもない。オペラ座通りを歩いていけば、終点が目的地だ。



「わあ~~、ガラスのピラミッド!本物だ~~!!」



外観だけで感激している僕の直ぐ後ろで、京兄はクスクス微笑っている。

「ああ、偽物じゃねえ。誰もお前を騙したりしないから安心しろ」



・・・誰もそんな心配してないよっ!

大雑把な京兄には、繊細な僕の感慨が理解らないんだ!



「そんなにむくれるな。謝る。さあ、ゆっくり見ろ」

「うんっ!」

いつもはしつこくねちっこく僕をからかって愉しむ京兄だけど、旅先のせいか直ぐに謝ってくれる。簡単に機嫌を直したお手軽な僕は、京兄に促されるままピラミッドの中に入りエスカレーターを降りて入口へ。さあ、いよいよ憧れの名画たちとご対面だ!


ぼやぼやしていたら、時間がなくなる。

ドノン翼二階へのエスカレーターを探し歩き出して・・・・古代ローマ・ギリシア美術の彫刻の一つに眼を留めた。



「わあ~、綺麗~~」



思わず感嘆のため息を僕に吐かせたそれは、横たわった全裸の女性を優しく包み込む天使の彫像だった。



―――多分、アモールとプシューケだな―――



後から知ったそれは、やはりギリシャ神話をモチーフとしたカノヴァの傑作だった。

お互い全裸なのに全然いやらしく感じない。アモールはプシューケの豊かな胸を包み込むように腕をまわし。

もう片方の手は、彼女の顔を優しげな手つきで仰向かせて。そんな彼に縋るように彼女の両腕は彼の頭を引き寄せるようにまわされている。今にも口唇を合わせようとするかのような距離感がたまらない。お互いを想いあう愛しげな雰囲気が滲み出てくるようだ。



「何だ、翠。随分艶っぽいのを熱心に見てるな」



・・・・・出たよ、エロエロ大魔神が。



「アモールだよ。愛の神さま!」

「何だ、やっぱりエロスか」


・・・・!

まあ、確かにアモールはエロスとも云うけどね!!(キューピッドと云う名が一番一般的だ)

・・・・京兄の言葉が妙にイヤらしく聞こえるのは僕の気の所為だろうか?それとも被害妄想か!?


一瞬で厳粛な雰囲気をブチ壊された僕は、今度こそ同じドノン翼の二階へ向かった。






イタリア・ルネッサンス絵画の場所を目指して僕は突き進んだ


正面にガラス張りの、人が鈴なりになっている処を見つけた。・・・きっと【モナリザ】だな。でも、正直僕はそんなに興味がない。

それよりモナリザがここにあるって事は、同じダ・ヴィンチのアレも近くにあるに違いない!


眼を皿のようにして名画の数々を見て行き・・・・・・・・・・・見つけたっ!



僕の最大のお目当て、レオナルド・ダ・ヴィンチの隠れた傑作【聖ヨハネ】だっ!!






真の暗闇の中に浮かび上がる、神秘的な微笑みを湛えた洗礼者の姿。



優雅に典雅に右手の人差し指を天に向け人々を(いざな)






―――見よ。天国は、近づけり―――






僕は、ルーヴルの画集を見て、一眼惚れした。


皆がモナリザについて騒ぐ中、一人、この絵に夢中になった。


モナリザ以上に謎めいて感じる微笑に、一瞬で恋におちたんだ。





僕って感覚がおかしいのかなと不安に感じた時期もあったが、この絵が、作者ダ・ヴィンチがモナリザと共に、死ぬまで手元から離さずに筆をくわえ続けた最後の三枚の中の一枚だと知り、僕は自分の審美眼に自信を持ったのだった。


その男とも女ともつかない中性的なイメージから、ダ・ヴィンチの同性愛説が再浮上したりするのは、あくまで余談だ。





僕が夢にまでみて憧れ続けた名画との初対面を果たし、感動の余韻に浸りながら・・・・フと、横にいた日本人女性に今更のように気が付いた。僕のように熱心にこの絵画に見入っているのだが。




・・・・・・・・・・・・・・・っっ!!・・・・・・・・・・・・・・・




女性が感動のあまり流したのだろう一筋の涙を、息をのんで見守ってしまった。







実を言えば、女性が泣くのを見るのは初めてじゃあない。

僕が京兄の【お気に入り】である事を快く思わない女性(ひと)たちがあからさまに僕を詰ると、京兄はそれはそれは怒り、ある時は冷たくある時は激しく彼女らを拒絶する。京兄の言葉にショックを受け、自分が吐いた言葉は棚に上げるその人たちが流す涙は自己憐憫に満ちていて、僕は女性と云う存在に夢を持てなくなってしまった。




そんな女性(ひと)たちの涙とは、比べるのが失礼なくらい眼の前の女性が流す涙は本当に綺麗で―――




「・・・・・綺麗・・・・・・・」


思わず出てしまった呟きを聞かれ、彼女は一瞬驚いたように眼を見張り・・・浮かべた困ったような淡い静謐な微笑みに、僕は盛大に赤くなってしまった。








近付いて来る圧倒的な存在感(オーラ)に、遠慮なしに眉根を寄せる。


「・・・・どっから湧いて出やがった・・・っ・・・・・!」


「それは、俺の台詞だ。・・・・お前はイタリアに行ったんじゃなかったのか?」


「・・・・六日前までは確かにいたよ。五日前にパリに着いたばかりだ」


「・・・・油断したな。

リザにちゃんと確認しなかった俺のミスだ。・・・許してくれ」


「・・・・っ!やめてくれよ、気味が悪い。

・・・・・もう、いいよ。仕方がない」




一枚の絵画に夢中になっているお互いの恋人たちも、もう既に出逢ってしまっている。


この偶然の邂逅を、今更なかった事には出来ないだろう。




少し離れた処にいる翠の唇を読んだ京牙の片眉がヒョイと上がる。

それに気付いた深水の頬に苦笑が浮かんだ。


「・・・・・あいつ・・・・・婚約者の前で女性を口説くとは良い度胸だ。お仕置きが必要だな」


義兄の台詞に小さく声を出して笑う深水に、一転して真剣な義兄の声が重なる。



「・・・・・ところでお前、一体何をやらかしたんだ?おかしなネズミがウロチョロしてるみたいだが・・・・・」


途端に深水ががっくりと項垂れる。

「・・・・・言わないでくれ・・・・・あれでもイタリアを出てから、二匹が一匹に減ったんだ。

・・・・でも、もうダメだな。あんたと接触しちまった・・・・・」

心底嫌そうな呟きに、今度は京牙の眉根が寄る。


「・・・・一体、何者なんだ?」


「・・・・マフィアだよ・・・・・ワイナリーで出会った」



ぽつんとした呟きに、全くの偶発的な出来事であった事を知る。まあ普通の一般人が、故意にマフィアに接触する事はないだろう。

ましてや、この義弟は新婚旅行の真っ最中なのだ。余計な面倒事を好んで自分から背負うとは、とても思えない。


「・・・・・・・詳しい事は後で説明する」

「そうしてくれると助かる」


日本のやくざと云う立場の自分の存在が吉と出るか凶と出るか。





―――思いもかけぬ愉しい旅になりそうだ―――





不謹慎な嘲笑いがとまらない気分の京牙だった。






パリ市内は自動車進入規制が多くて、本来ならタクシーかメトロを使うのでしょうが、ガードたちを引き連れているので笑って許してやって下さい(汗)

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