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No,5

結局、バチカン博物館の耐久レースは、紫さんが一週間でギブアップした。



「見ても見ても満足し切れないんだもん。もう、お腹いっぱいっ!!」



何やら丸っきり逆の事を言っているが、言いたいニュアンスは良く分かる。

とにかく【芸術】を思う存分堪能してくれた紫さんに、今度こそ普通の観光をプレゼントする事にした。









「ローマと言ったら、お約束だよね~♪」

ジェラードを舐めながら、スペイン広場の階段を降りて行く紫さん。

紅い舌をのぞかせる【彼】は、アン王女なんかよりもずっと蠱惑的だ。


「一口下さい」

「もっと食べていいよ」

「一口で充分です」

俺の目的は他にある。


無防備な紫さんの隙をついて、一口貰うついでに唇を掠め奪った。


「きょ、京・・・!」

真っ赤になって唇を押さえる紫さんに、俺はおかわりを要求する。



逃がさないように、頭の後ろを押さえ腰を抱く。

角度を変え、何回も口唇を啄ばむ。

何とか逃げようとする紫さんに構わず、俺は舌を絡め出す。


キスに熱中する振りをして、周りの気配を探る。


・・・・・・・・

大丈夫。完全に風景の一部と化している。

日本だったら、こうはいかないだろう。


外国に居ると云う開放感に浸っているのか、君江さんの前でさえ恥ずかしがる紫さんも積極的に応え出してくれた事に嬉しくなる。

段々夢中になっていき・・・唇の柔らかさと舌の熱さ、そして舌に残るジェラードの甘さが、お互いの感じる全てになる。



「・・・・ぅんっ・・・・!」

唇を離す瞬間の吐息が色っぽい。



「ご馳走様でした。とっても美味しかったです」

「・・・・京のせいで、ジェラードが熔けちゃった」

「・・・・俺はあなたに蕩けました」

「京ったら・・・!イタリアの伊達男も真っ青だねっ」




今更のように恥ずかしさの発作に襲われた紫さんが、耳まで真っ赤に染めて、俺を置いて階段を駆け下りてしまう。

俺は心に広がる愛しさのまま微笑んで、ゆっくりと【彼】の後ろ姿を追った。




俺の可愛い新妻は、きっと、石段を降り切った処で俺を待っていてくれるはずだから。









「・・・・・・・やっぱり、やめようよ」

「心に疾しい事がないなら大丈夫ですよ」



コロッセオや、フォロ・ロマーノでしばしのタイムスリップを体験した俺たちは、ボッカ・デラ・ベリタ広場へ抜けた。広場の南東にあるサンタマリア・イン・コスメディン教会はレンガ造りの簡素な建物だ。その一角にあるものに挑戦するためにやって来たのだが、実は最初から紫さんは乗り気ではなかった。


「・・・だって、私みたいな奴は海の神さまにも嫌われているよ・・・・」

「・・・あなたは不実だった訳ではないでしょう?」


嘘吐きが手を入れると口が閉じてしまうと云う海神トリトーンの【真実の口】

人間誰しも必ず何らかの嘘を吐いていて、海神の口は閉じっぱなしになってしまうはずだが、紫さんの自分への不信は根深い。




「・・・じゃあ、紫さん。

『私は深水京吾を愛している』と宣言して、口に手を入れてみて下さい」

「・・・え・・・・」

「これだったら、嘘じゃあないでしょう?」

「・・・うんっ」



怖々と手を入れる外国人に交じって、紫さんはさっきまでの弱腰こそが嘘のように実に堂々と潔く【口】に手を入れてくれた。



「加納紫は、深水京吾を愛しています」



「・・・ほら、トリトーンも認めて下さいましたよ」

笑って、俺も手を入れる。「深水京吾は、加納紫を愛しています」




傍から見れば、立派なバカップルだろう自覚はある。

だが、何と言ってもハニームーンだ。熱々の新婚には、こんな真似も許されるだろう。





「・・・ところで、海神て、ポセイドンって云う名じゃあなかったっけ?」

「・・・ネプチューンとも言いますね。日本では・・・住吉神が有名ですね」

紫さんの素朴な疑問に答えたら、急に腕を絡め顔を腕に寄せて来たから驚いた。今の会話で、どうしてこんな流れになったのだろう?いや、勿論、不満がある訳ではないが。


「・・・どうしたんですか?」

「・・・怒らないかい?」

「・・・俺が怒るような話なんですか?」

「・・・大学時代にね、どう云う会話の流れか忘れちゃったけど、私がフと外国の神話の中の名を出したら、『何だ、それ?』って訳の分からない顔されたんだ」

「・・・俺だって、そんなに詳しい訳じゃありませんよ」

「だって・・・・【ハデス】だよ?滅茶苦茶、ポピュラーじゃない?・・・・こんな風に、ポンと答えが返って来るって嬉しいなって思って・・・」

「大学生にもなって、滅茶苦茶、学のない奴だったんですね」



「・・・中原・・・だよ・・・・・・」



・・・・・・・・・・・・・・っ!!


悪夢にも似た名前に、一瞬、俺は凍りつく。



「・・・・やっぱり、怒った・・・・?」

「・・・・その名を出されて、どうして俺が怒るんですか?」

「・・・・中原なんかと比べるなって・・・京が不愉快になるんじゃないかと思って・・・・」



一瞬の驚愕から覚めれば、途端に湧き上がるのは抑えきれない嬉しさと愛おしさだ。


「・・・怒ったりなんかしませんよ。いえ、むしろ嬉しいぐらいです。

あなたが単なる思い出話として、その名を出せるなんて」



上目使いで俺を見上げる紫さんに微笑んで。

もう、あいつを完全なる過去の者として思い出す事が出来るようになった紫さんに俺は慰撫の接吻(キス)を贈った。心からの安堵と共に。

が。

皮肉な事に俺がハデスの元に送ってやった中原へ『紫さんは俺が幸せにするから安心して地獄の業火に焼かれてろ』との伝言と共に浮かべた黒い笑みは、一生紫さんに見せる気はない。








一通りのローマの有名処を見て、最後に来たのは【トレビの泉】

実は最初のスペイン広場の眼と鼻の先のなのだが、紫さんが夕景に沈む彫刻群を見たいと言ったので、最後のお楽しみにとっておいたのだ。ここは、それこそネプチューンだ(笑)


「・・・こんな路地の一角にあるんだね」

「そうですね。写真で見ると、どこの広場かと思いますけどね」


ごくごく近くに迫る商店街の一角に突如と現れる壮麗な建造物。そのミスマッチが面白い。夕日に映える、白い大理石(だろう、多分)がとても綺麗だ。




「それじゃあ、参りますか」

「定番中の定番だね❤」



群がる観光客たちとの距離を考え、コインを投げるポイントを決める。


「また、絶対ローマに来られますように!」

やけに真剣な顔をして五百円玉を握りしめているから笑ってしまった。

「随分、はりこみますね」

「だって、また来たいんだもん!」


長い間、引きこもりのような生活をしていた紫さんの言葉に胸がつまる。



「・・・いつでも俺に言って下さい。何回でも連れて来てあげますよ」



俺に、綺麗に微笑んで。



せ~ので二人で投げたコインが、永遠の都の夕陽をはじいて、煌めいた。







さて、本当に天野が行った事があるのは何処でしょう?(笑)

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