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No,21

「あ~ん、帰りたくないよ~~~っ!」


「・・・・・五十一回目」


「京兄っ、だから、カウントしなくていーってばっ!!」


「俺の娯楽を奪うな」


「娯楽を提供してる心算なんかないっ」


「お前は、存在そのものが俺の娯楽だ。娯楽であり、歓喜であり、生きる意義であり、糧であり、運命そのものであり・・・・・・・」


「・・・・・っ!!もう、いい・・・・・・///」


「遠慮するな」


「僕はもともと遠慮深いのっ!」


「ああ。おまけに思慮深い。最高の嫁だ。」


「・・・・・全く、口の減らない旦那だねっ!」


「お、翠が初めて俺を旦那呼わりしてくれたぞ。

今日は【旦那記念日】だな、祝杯を上げよう!」



そう言って、本当にギャルソンを呼び止め、グラスでシャンパンを注文してしまう京牙に、翠はもう何も言い返す気力がなくなり、テーブルに突っ伏してしまう。





「紫さん、漫才を見たくなったら、こいつらのマンションへ行きましょう。下手なヨシモト芸人なんかより、よっぽど面白い」

義兄夫婦のやり取りに深水は容赦なく突っ込むが、紫は困ったように微笑むだけだ。


「おい、翠。こいつにまで、娯楽を提供してしまったぞ。

こいつには、文句は言わんのか」

義弟にからかわれて面白くない京牙が翠に応援を求めるが、さっきまで元気良く言い返していた翠が微動だにしない。そして。




「あ~ん、やっぱり帰りたくな~~い★」



ガバッとテーブルから起き上がり再びの雄叫びを上げる翠に、京牙は溜め息と共にそれでも突っ込むのは忘れない。



「・・・・・・五十二回目」





※ ※ ※





今日は、翠と京牙のパリ滞在最終日。

午後一番の便で、ドゴール空港を発つ事になっている。



―――カフェのテラス席でのんびりしながら、マンウォッチングを楽しみ、ひたすらボ~~ッとしたい―――



そんな野望を、【フーケ】で見事に砕かれてしまった翠が、雪辱戦に挑んだのが、ここ【カフェ・ド・ラ・ペ】だ。

パリを去るまでのギリギリの時間を、大好きになったカフェでのんびり過ごし、パリとの名残りを惜しみたい。

そんな気持ちで陣取っているのだが、ついつい口を出てしまう言葉がある。朝起きて荷物を整理し、お土産の買い残しはないかなどと最終確認をしながら、ついつい漏らしてしまう呟きを京牙は面白半分で数えていたのだが、翠があんまりしつこいので格好のからかいのネタにさせてもらっている。




義兄夫妻を見送るためにやって来て、短いカフェ滞在に付き合っている深水ではあるが、彼らの繰り広げられる痴話喧嘩に呆れるのを通り越し、もはや感心してしまっている。


・・・・・・緋龍院京牙とは、こんなに面白い男だったのだろうか・・・・?


昔から翠を溺愛しているのは知っていたが、自分の知る男とは到底思えない言動を見せつけられて、改めて京牙の中での翠の存在の大きさと、その偉大さを見せつけられている思いがするのであった。





※ ※ ※





本当に楽しい旅行だった。



大好きな京兄と来る、初めての二人っきりの海外旅行。



おまけに、何と【新婚旅行】だ。



大切な、大好きな友達も出来た。


実は翠には、あまり友人と呼べる人間がいない。ほんの一握りの【親友】を除いては。人懐っこい性格ではあるものの、それが発揮されるのは主に京牙を始めとする周りの大人たちに対してだけだ。何より京牙が最優先なのだ。

そして周りの大人たちは、翠がその京牙の【お気に入り】であるために特別な扱いをする。そして、翠のその早熟さ故に、学校では友人と呼べる人間が極端に少ない。【エメラルドの貴公子】として、常に憧憬と嫉妬の対象なのだ。

だから、殆ど初めてに近かったのだ。特別な色眼鏡抜きに、最初から【一条 翠】としての内面を見てもらえたのは。



・・・・いや、もう、一条翠ではない。

この旅行で、何が一番の思い出かと言えば、勿論、姓が変わった事だ。

正式な事ではないが、【友人】たちに見守られ、プロポーズをし。・・・・・・相手から、もっと大変なプロポーズを受け・・・・・


翠は、【緋龍院 翠】になったのだ。






―――本当に、素敵な【ハニームーン】だった―――










「何をニヤニヤしてるんだ?」

いつもの人をからかって嘲笑う京兄の呟きに、ハッとして慌てて顔に手をやる。


「・・・・ニヤニヤしてた・・・・?」


「ああ。道行くパリジェンヌを熱い視線でみつめながらな。

・・・・何を考えていた?」


「・・・・パリジェンヌに見惚れてた」


「・・・・わけじゃないだろう?・・・・・・当ててやろうか?」


「ワ~~~~ッッ!!いい!遠慮するっ」






ボ~~ッとしてたかと思えば、自分のからかいには過剰な程の反応を見せてくれる。このお子様は、本当に面白い。


昨日からは、本当の子供になった。実質は【花嫁】だ。既に同棲中の身ではあるが、これで名実ともに、本当に手に入れた。



―――もう、この手から、逃す気などない―――



昨日贈られたばかりの、束縛の指環(リング)に唇を押し当てて伺い見れば、贈った当人は真っ赤な顔をして口をパクパクさせていたが。フイに良い事を思い付いたとばかりに笑ったかと思えば、自分の贈った翡翠のリングに唇を押し当てている。チラリと自分の反応を伺う、その上眼遣いにヤラれた。

グイッと引き寄せ、強引に唇を奪う。彼も一瞬、驚いたものの、直ぐに応えてくれた。

何回も角度を変えて、口唇をあわせる。こんな非日常の時間も後僅かだ。


帰国してしまえば、この恥ずかしがりやで存外凶暴な恋人は、街中でのこんな甘い戯れなど許してくれそうもないから。









「・・・・紫さん・・・・俺たち、あてられるために、来たみたいですね」


「・・・・仕方がないよ。昨日、新婚になったばかりみたいなものなんだから」


「・・・・俺たちも新婚なんですけど・・・・・」


「そ、そんなの理解ってるよ・・・・・・」


「俺も唇が寂しいんですけど・・・・・・」








そうして、【カフェ・ド・ラ・ペ】のテラスでは、

東洋人の二組のカップルが口付けを交わしていたが。



それは、あくまでパリの街中の風景(ワンシーン)でしかなかった。






※ ※ ※





会長、そろそろお時間です。



そんな無粋な声にタイムアップを告げられて。

瞬間、翠は走り出した。



「翠っ!?」

流石に京牙が慌てたが、翠は直ぐ止まり。その目的が理解ったので、ほんの少しの猶予をやる事にした。









翠は、交差点に立ち止った。



左手には、今まで過ごしていた【カフェ・ド・ラ・ペ】と、ホテル【グラン・インター・コンチネンタル】が。


右手には、リザ姉へのお土産と、京兄へ贈ったリングを買った【LANCEL】が。


そして、真っ正面には、奇跡の舞踊と豪華な思い出を魅せてくれた【オペラ・ガルニエ】が、その威容を誇っている。







パリで見た事、感じた事が、一気に押し寄せて来る。










「Au revoir PARIS! また、絶対、来るからね~~~♪」











そうして、小さく、しかし巨大な豆台風が、パリの地を去って行った。




空港で帰国する翠たちを見送り、深水はフウッと溜め息を吐き出した。



『紫さんっ、必ず連絡しますからね!メールも下さいね。僕、速攻返信しますっ!!』

紫の手を握りしめながら、最後まで、あの少年は賑やかだった。





「・・・・・・・寂しくなるね・・・・・・・・」


心底、寂し気なその呟きは、少々聞き捨てならない。




「・・・・・俺がいるのに・・・・?」そう言って後ろから抱き締める。




「やっと、お邪魔虫が消えてくれて、二人っきりになれたんです。

・・・・・・・・・・構って下さらないと拗ねますよ?」



紫さんのクスクス笑いが耳に心地好い。






「・・・・それより・・・・これから、どこへ行きますか?」




午前中は、翠たちに付き合う気でいたが、その後の予定は全く立てていない。




「・・・・・・そうだね~~、先ずは市内に戻って、

どこかでランチして・・・セーヌの河畔を散歩するって云うのは?」


「午後の予定は決まりですね。

・・・・・でも、そろそろパリにも飽きてきましたね。」


「そうかい?・・・・私は楽しいけど・・・・・

京も、そろそろ日本が恋しくなった?私たちも帰国するかい?」


「そうじゃなくて・・・・・偶には、遠出しませんか?

ロワールで城を見ても良いし、ボルドーとか・・・

ああ、シャンパーニュ地方なんかも良いかも知れませんね」



深水の口から出る地名が、見事にお酒の名産地なのが楽しくて、クスクス笑いが止まらなくなる。

そして後ろを振り向いて仰向くと、誘うように腕を伸ばして、言った。






「………良いよ……京の行きたい処なら、どこへでも……」





深水は、その甘美な誘いに逆らわずに唇を重ねた。







―――二人のハニームーンは、当分、終わりそうにない―――








京牙と翠の会話って、考えてると止まらなくなります(笑)

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