No,2
「いらっしゃい、翠。よく来てくれたわね!」
僕は次の日早速、授業が終わると京兄の教えてくれた銀座のアンティークショップに向かった。
「京牙に聞いて驚いたけど、来てくれて嬉しいわ。
ずっとバタバタしていて、連絡もしないでご免なさいね」
「ううん、いいんだよ。
それより、店長就任、おめでとう!素敵な店だネ」
「フフ、ありがと。と言っても、此処はもとが良いからね。
私のカラーを出すのは、これからよ」
「ハハ、リザ姉らしいや」
カララン♪
ドアベルを背伸びして鳴らしてみる。
「・・・これも変えるの?」
「ううん、それだけは変えないわ。
もう、何十年もお客様をお迎えして来た音ですもの」
「ふ~ん、此処ってそんなに古いお店なの?」
「ええ、翠よりずっと、お爺ちゃん・・・いえ、これからはお婆ちゃんになるのよ」
「ふふ、あんまり変えて常連さんに逃げられないようにね」
「言ったわね!」
軽口をたたきながら、店の中をゆっくり見て周る。確かに年代物ばっかりだ。こんな店を知らなかったなんて惜しい事してたかも。
まあ、いいや。セレクトショップの方は、子供には未だ早いって、あんまり来ちゃダメだって言われてたけど、ここなら健全だ。歌舞伎座の帰りなんかに寄っても・・・って、歌舞伎座の建て替えって何年だったっけ。
・・・なんて色々考えてたから、リザ姉への返答が遅れた。
「聞いたわよ。ルビーの指環を探してるんですってね。愛ね~~♡♡♡」
からかうような口調に恨みが再燃する。
「・・・・酷いよ、プラシーボなんて。二人して僕をからかって楽しかったでしょ?」
ジトッと恨みがましい上目遣いで見上げれば、リザ姉は降参とばかりに両手を挙げる。
「もう、何回も謝ったじゃない。勘弁してよ。
それに耳たこだろうけど、あんな鬼畜にホントの媚薬使ったら、あんた監禁モノよ」
確かに耳たこのリザ姉の台詞に、僕は言われる度に赤面する。京兄の僕への執着ぶりを考えれば、それは冗談事じゃなくって。
でも、京兄の僕への想いはリザ姉にはバレバレだったって事で・・・・・・二人の手の上で踊らされてた、この恥ずかしさは一生消えないんだっ!!
「リザ姉っ、珈琲っ!!ケーキもね!」
あんまり口惜しいから、うんと我儘言ってやれっ
「はいはい、仰せのままに。王子さま」
完全なる子供扱いに、僕は余計に頭にきたのだった。
コーヒーブレークで少し落ち着いたところに、リザ姉が切り出した。
「で、どう?あった?気に入った物」
僕のお気に入りの椿屋珈琲店のケーキを食べながら、僕は弱冠口ごもった。
「・・・・・うん・・・・・リザ姉には悪いけど・・・・・・」
「ああ、良いのよ、無理しなくても。私も連絡受けてから在庫も見てみたんだけど、正直、今、ルビーは品薄なの。
・・・良いの探しとく・・・・って言ったって、どうせ五月までには絶対欲しいんでしょ?」
「うんっ!」
ここだけは元気良くお返事。誰が何と言ったって、五月の六日までには欲しいんだっ
「ご免なさいね、ご期待にそえなくって」
「気にしないで。諦めないで探すから」
最後の一口を味わいながら、僕はにっこり笑った。
「それじゃあね、リザ姉。僕、帰るね」
「折角来てもらったのに、お役に立てずに本当にご免なさいね」
「ううん、銀座に来たんだから、色んなブランドをのぞいてみるよ」
「万が一、期日までに良い出物があったら必ず連絡するわ」
「ありがとっ!じゃあ、ご馳走様でした。またね、リザ姉」
本当は京兄に新婚旅行に誘われてる事、相談したかったんだけど、忙しそうなリザ姉にこれ以上迷惑掛けたくなくって諦めた。
『なあ、翠。新婚旅行、行きたくないか?』
行きたいよっ!
行きたいに決まってるけど・・・・・・
『ゴールデンウィークを逃したら、次は夏休みまでお預けだろう?
順序が逆になっちまうけど・・・・ああ、婚前旅行ってのも良いな。
本格的なハネムーンは夏休みにして・・・なあ、行かないか?』
結局、名目は何でも良いんだ。要は、京兄はお休みに僕と何処かへ行きたいのであって、それは同時に僕の望みでもあって。
でも!でも、待ってよ、京兄っ
ゴールデンウィークなんて、みんなが開放的な気分になる時に、束縛のリングもなしに行かないで!
まだ、早い
早すぎるよ、京兄っ
結局、銀座の目抜き通りを縦断してしまった。ヴァン・クリフ・エ・アペルから、カルティエ、ティファニーまで。自棄になってまた戻って、スワロフスキーにまで入ってしまったのだが、僕の中の真紅のイメージ通りの物は見つからなかった。
今度、じっくり一日かけて銀座に来てみよう。
デパートの中や、個人経営の小さな店まで考慮に入れて僕はそう決心した。
一緒に住んでいる恋人は今夜も遅くなり、夕飯は要らないと言われている。天国の天丼を食べて少し元気を回復した僕は駅に向かおうとして、フと、大々的な広告が店頭にある店に眼を留めた。ソレに惹かれるようにフラリと店の中に入って行く。
【ゴールデンウィーク 厳選のお宿】
【ゴールデンウィークは海外へ!】
そして、数十分後、少年はいくつかのパンフレットを鞄に入れて、ホクホク顔で出て来た。
店の中にいた、カップルの会話が耳から離れない。
『六月の式場は一年前から予約してたんですけどね、
この人ったら肝心の新婚旅行を忘れてたなんて言うんですよ!信じられます!?』
『・・・仕方ないだろう、仕事が忙しくて・・・・』
『もうっ!あんたは、そればっかり!!』
新しく新婦になる予定の女性の文句は、それからしばらく続いたのだが・・・・・
理解ってるの、あなた!?
一生に一度の新婚旅行!
ハネムーンじゃなくて、【ハニームーン】なのよっ
ハニームーン!!
―――力いっぱい力説する女性の眼は、確かに夢見る乙女の瞳をしていた―――
椿屋珈琲店のケーキ、天野もテイクアウトしたい(笑)