No,17
「え?七時にパリ・リヨン駅で集合?」
「ああ。有名な時計塔があるからな。その下なら迷わんだろう」
今夜の僕のバースデーディナー。
京兄は、集合場所を決めた。でも・・・・
「でも、駅って事は列車に乗るの?あの格好での電車はちょっとキツイよ」
勿体なくも、京兄はドレスコードを指定して来たのだ。オペラ座に行ったタキシードがあるから、それは良いとしても、チョイ恥ずい。
「まあ、任せておけ。趣向があるって言っただろう?」
京兄は自信満々の様子で僕に片目を瞑ってくる。
何だろう?リヨン駅からタクシーに乗るのか?だったら、レストラン名を言って、現地集合にすれば手っ取り早いのに。
ルーヴルから一旦、各自の滞在先へ着替えに帰ってもらう事になるから、僕としては申し訳なくて複雑だ。
京兄の楽し気な様子に、「ああ・・・もしかして、あそこですか」と納得顔なのは、雅さんだ。
「流石に、あんたは知ってるか」
「ええ、まあ。・・・なるほど、翠君の驚く顔が見たいんですね」
「そー云う事」
・・・・・・?・・・・・・まあ、いっか
訳知り顔の会話は聞いていて面白くないが、僕を驚かそうと企んでいるなら、これ以上の追及は無駄だ。僕は早々に諦めて、どうせならと楽しむ事にした。
一度、みんなと別れて僕らはホテルに戻った。
でも、着替えるその前に、僕らには行く処がある。
「リザへの土産なんて、明日ちょっとのぞけば、いーじゃねーか。
ホテルの真ん前なんだしよ。」
「ダメだよ!明日は、きっとバタバタしちゃうから、今日のうちに見ておかないと。」
「へいへい」
そう、僕らの目的地は、オペラ座を挟んだお向かいさん。
バッグの老舗メーカー【LANCEL】だった。
リザ姉は、ここのバッグをこよなく愛している。
銀座に旗艦店が出来た時は、引っ張って行かれ、そこが潰れた時は大騒ぎだった。その後、六本木ヒルズに店がオープンしたのだが、銀座の方が良かったと言って譲らない。
この旅行が決まって、ホテルを決めた時。リザ姉には、絶対ここでお土産を買って行ってあげようと思ったのだ。
ルビーの指環は諦めた。日本に帰ってから、ゆっくり探そう。リザ姉にはインカローズの指環も貰っているのだから、お土産はうんと奮発しないと罰が当たる。
ホテルから毎日見ていたけれど、【LANCEL】パリ本店は今日も盛況だった。
・・・・良かった。ルイ・ヴィトンほど日本人は来ていない。ほんの数人だ。
店員さんに聞いてもらったら、女性用のバッグは、この一階に置いてあるとの事だった。よし!リキ入れて選ぼうっ
と言っても正直、女性のバッグなんて分からない。京兄の意見も聞きながら、あれやこれやと悩み・・・・結局、第一印象で決めた。
リザ姉の好きな、ビビッドな赤。形はシンプルだけど、飽きがこないだろうし。京兄に聞いた時も「いーんじゃねぇか」と言ってくれた。
案外、簡単に決まってホッとした。
バッグだけではなんなので、大判のスカーフもついでに購入した。リザ姉・・・気に入ってくれると良いけど。
ラッピングを待つ間、京兄のものも見てみようかと思い、紳士物を扱う二階へ行こうとした時だった。その一角に気付いたのは。
「あれは・・・・・っ!」
慌てて昇り掛けた階段を駆け降りる。上から見えたのだ。
最奥のスペースに、腕時計などと一緒に数種類のアクセサリーが置いてあるのが。
僅かな希望を胸に、その小さなガラスケースを覗き込み・・・・・
「・・・・・・っ!!・・・・・あっ・・・・た・・・・・・っ!・・・・・・・・・・・・」
本当に気が抜けた。思わずへたり込み。
「・・・おい!翠、どうした・・・・っ!?」心配してくれる京兄の言葉も上の空だ。
あったよ、あったよ、ありましたよ・・・・・・っ!!
―――京兄は普段、赤い血のような瞳をしているけれど、ある瞬間、それは劇的に変化する―――
―――京兄が僕の内部でイく瞬間に見せる、あの暗い独占欲を内包したような・・・・・深い、深い紅―――
しかもこれ、石がリングの中にあるから、外からはただのプラチナリングに見える。
これなら、安心して普段使いしてもらえる・・・・!
僕の横にやって来た京兄は、僕の視線の先に気付いてクシャリと僕の頭を撫でてくれた。
「・・・・あれが、お前のイメージしてくれてた、俺の瞳か。
こんなところで、こんな時間に見つかるなんて、お前の粘り勝ちだな」
いつものからかうような声ではなく、本当に嬉しい時なんかに聴かせてくれる微笑んだ声での賛辞。
僕は気分が高揚して、あのギエムやガリムーリンの踊りを観た時のようにブラボーを叫びたい気分だった。
直ぐに店員さんを呼んで、出してみせてもらった。もしサイズがあわなかったら、直しをしてもらなければならない。だが、僕が惚れ込んだそれは、まるで京兄に誂えたようにピッタリで僕を驚かせた。
京兄は、僕の執念の成せる技だと笑っていた。
そのまま嵌めて行こうとする京兄に、それはダメだと僕は突っぱねた。
「何でだよ。リザなんかに貰ったものより、翠に選んでもらったこれを今直ぐしたいのに」
「ダメだよ・・・。だって、あんなにみんなに迷惑を掛けて心配をしてもらったんだよ。
ちゃんとラッピングしたものを京兄に開けてもらって、それを皆の前で僕が嵌める。
皆の前で、ちゃんとしたセレモニーをしたいんだよ―――」
文句を言っていた京兄も、僕の主張を納得してくれた。
そして、僕は大満足でLANCELを後にした。
リザ姉へのお土産と、長い間探し求めて、ようやく手に入れた戦利品を胸にして・・・・・・・・
それから僕たちは、大急ぎで身支度を整えた。
ヤバイ!下手をしたら、主役の僕たちが一番の遅刻をしてしまうっ!!
可能な限りの超特急でシャワーを浴びて着替えをして。
でも、やっぱり案の定、車で乗り付けた僕たちは、皆に出迎えられてしまった。
「遅いっ!」
「何してたんですか~~?」
「まさかこんな時に、皆を待たせてナニをしていた訳ではないでしょうね?」
散々な事を言われてしまったが、事情を話したら、それは歓喜の悲鳴に変わってくれた。
「ワーーーーッ!!おめでとう、翠君!やったね!!」
「すご~~い!こんな事って、あるんですね~~!!」
「きっと、翠君の執念が、結果を引き寄せたんですね」
「とにかく、おめでとーーーーっ!!!」
僕はまるでサッカーのワールドカップでVゴールを決めた選手のように、握手と抱擁の祝福の嵐に見舞われて。「ありがとうございます!!」を繰り返す僕は、誕生日を祝ってもらう前から感激で胸がいっぱいになってしまったのだった。そして当然のように、指環の事を聞かれたので【セレモニー】の説明をしたら、喜んで参加させてもらうと言ってもらえた。
「こんな処で立ち話もなんだから、そろそろ入ろうぜ」
そう言って先導をしてくれる京兄は、やっぱり駅の中へ入って行く。
・・・・もしもし?電車には乗らないって言ってたよね?・・・まさか、この格好で駅構内のお店なの・・・?
しかし、そのまさかだった。
「あそこだ」
京兄が指差したのは、一階がテラス席もあるカフェの、二階のレストランだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
いや、お祝いしてもらえるんだから、どこだって良いんだけどさ、ムードなんかに特に拘る京兄にしては、かなり意外なチョイスだ。
何より、この格好・・・・・本当に恥ずいんですけど・・・・・・・・・・・
僕たちは黒のタキシードでまだいいけれど、紫さんなんて真珠色のカクテルドレスを着て来てくれたから尚更悪目立ちしている。
・・・・・・深水ン、内心じゃあ、ドたまにきてるんじゃあ・・・・・と、兄弟喧嘩の勃発を心配しながら外階段を上り、ケバケバしい青い電飾の飾り文字で店の名前が書かれた下の回転扉を押して中に入って・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・ハッ!?
何だ、ここっ!!??
銀座にまた、LANCELがオープンしたそうです。
行ってみたいな~♪