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15/22

No,15

それから、二、三日はアッと云う間に過ぎてしまった。



すっかり親しくなってしまった雅さんが僕たちを、今、滞在していると云う、イル・ド・フランスにある、フランス人のお祖母さんの別荘に招待してくれて。パリの街中を見慣れてしまった眼には、豊かに広がる森林がとても新鮮だった。ついでに、ヴェルサイユ宮殿観光もしてしまった。お城の中だけではなく、数々ある庭園や、離宮ものんびり見学出来て、しかも雅さんの詳しい解説付き。女の子の中には、あの不朽の名作「ベルばら」ファンも多いから帰ったら自慢出来そうだ(しないけどさ)。



それから、高見沢さんたちは何とあの【リッツ】のインペリアル・スィートに宿泊していて、僕は興味津々で中を見せてもらった。

『悩みを聞いてあげるだけで金儲けをしてしまって。私の患者さんたちには内緒にして下さいね』なんてウィンク付きでおどけて笑わせてくれた(京兄は渋い顔してたけどさ)。

パリの最高級ブティックが立ち並ぶヴァンドーム広場に面していて、僕は例によって宝飾店巡りをしてしまったのだけれど。

僕があんまり真剣だからみんなが不思議がったので理由を説明したら、僕の力説に感動したと云う雅さんと香月さんが僕以上に真剣に見てくれてアドバイスもくれたのは本当に有り難かった。



クリニャンクールなど、有名どころの蚤の市なんかも見てみて。



そして、いよいよ期限の僕のバースデーの前日である、五月五日。まだ行っていないと云う僕を叱るようにして、雅さんたちは僕をあのシャンゼリゼへと連れ出してくれた。


集合場所に選んだのは、深水ンの滞在先【クリヨン】

そこからオベリスクの建つコンコルド広場を出発点に僕たちは歩き出した。


五月に入ったと思ったら、急に暖かくなった。気の早いパリっ子たちの中には半袖、ノースリーブの人もいる。何とも開放的だ。

戦時中には滑走路としても使用出来ると云う、シャンゼリゼ大通り。先ずは、右側から攻めて行く。ただ、宝飾店だけを見るのは何とも申し訳ないので、見たい処があったら遠慮なく声をかけてくれるように念を押しておいた。それに。




“あの”シャンゼリゼを京兄と二人で歩けると云うだけで、実は僕はご機嫌だったりする。京兄が腕を差し出してくれたので、今僕たちは腕を組んでいるが、こんな事が許されるのは、ここが異国と云う非日常だからだ。日本だったら、こうはいかない。

見れば、深水ン夫妻(笑)も腕を組み、各務さんは雅さんの肩を、高見沢さんは香月さんの肩を抱いている。

良かった。みんなデート気分で、この買い物の探索を楽しんでくれている。僕のためだけだと云うのなら、あまりに申し訳ない。


そう云えば、香月さんの本名は【桜木太一郎】と云うのだと、ご本人から聞いた。何でも【香月】と云うのは親しい人だけが呼ぶ愛称みたいなものなのだそうだ。【深水ン】の例もあるから、僕も深くは考えなかった。「香月」と高見沢さんに呼ばれる時、本当に嬉しそうな表情を彼はするから。

その香月さんの希望で、服飾店やゲランなどの香水のお店にも入った。何でもコワイ姉上にお土産を買っていかなければならないらしい。女って怖いな~と改めて思う。


色んなお店に入りながら散策し。見えて来たのは、かの有名な凱旋門だ。エッフェル塔と並ぶパリのシンボルだが、正直、あんまり興味はない。だって、ナポレオンの勝利を記念して造られたモニュメントなんだ。戦争の記念だと思うと、なんかヤだ。でも、まあ確かに彫刻は素晴らしいのでグルッと一周一回りしてあげた(何さまだ、お前/一人ボケツッコミ)。


そこを折り返し地点に、今度は反対側を歩く。少し行くと見えて来るのは日本人女性が大好きなルイ・ヴィトン。僕みたいな子供には、どこが良いのか分からないけれど、緋龍院本家に出入りする男性が使ってるのを見掛けるから、ものは良いのだろう。話のタネにと入ってみる事にしたのだが、数分もしないうちに後悔した。鞄に群がっていた日本人女性たちが、明らかにこっちを見ているからだ。僕なんか関係ない。深水ンを。各務さんを。高見沢さんを。そして、京兄を・・・・・



「京兄、飽きちゃった。出よっ!」

組んでいる腕が、薬指のリングが眼に入らないのかっ!?京兄(コレ)は、僕ンだ!!



僕の意図は正確に伝わったみたいで、雅さんたちも直ぐに僕の後に続いてくれた。きっと、僕と同じ気持ちだったんだろう。紫さんなんか、あからさまにホッとした表情(かお)をしている。

フゥーーッ、やれやれだね。

・・・少し歩き疲れたかも知れない。ランチの提案をするべく僕は京兄に話しかけた。


「ねえ、この先にフーケって云う有名なカフェがあるから。ちょっと早いけど、そこでランチにしない?」

「・・・・どうだ?」

京兄は、皆を見回して確認をしてくれた。肯定と、頷きの気配を感じ、

「異議なしみたいだぜ。メシにするか」

皆の意見をまとめてくれて、僕たちは【フーケ】に向かった。







流石、世界中からの観光客が押し寄せる老舗の人気店。テラス席は満席だった。


「あ~~、テラスでのんびりしたかったのに~~」と嘆くと、

「仕方がないよ。でも、百年の歴史があって、店内の方が私的にはお薦めなんだよ?」とは、雅さん。


「へ~、そうなんですか~~」

と言いつつ中に入ってみると、雅さんが言うだけあってなかなかの内装だ。でも・・・・・・・・・・



そんな僕の屈託を正しく見抜いてくれたのは、やっぱり京兄だった。

「最初は店内でゆっくりして・・・テラス席が空き次第、座らせてもらおうぜ」



それで良いのか自信がなくて、他のみんなを見上げながら見回すと、

「賛成。その方がお得です」

「翠君のご希望通りに」

「折角、パリに来たんですからね。のんびりしましょう」

と言ってもらえて、僕は満面の笑みでお礼を言った。


早速、中に案内されて席に着いた僕たちは、メニューをながめながらあれやこれやと楽しく悩んで。めいめいの好みの物を選んだ。

ただ、思わず「ズル~~イ」と文句を言ってしまうのは、皆が皆、昼間っからワインを頼む事だ。

この中で頼めないのは唯一未成年の僕一人。全く、不公平だっ。ただ、皆から一口ずつ分けて飲ませてもらっている。お陰で、皆のワインの好みを覚えてしまった。



京兄、深水ン、各務さん、高見沢さんは重い感じの渋い赤ワイン。

紫さんは、デザートワイン。

雅さんと香月さんは、フルーティーな白。



何か、イメージ通りって感じで笑っちゃうんだけどね。



軽く食べて、デザートまで完食して、それから小一時間もたっただろうか。やっと、お目当ての席が空いてくれて。ギャルソンの案内で、僕は嬉々として外に出た。








「わ~~、やっぱり気持ちいい~~~♪」



僕は、思わず伸びをしてしまった。


ところが、ここで一つ問題が起こった。店内では一つのテーブルで座れたんだけど、外は四人席が二つ。四組のカップルをどう分けようかと思ったのだが、意外な提案をしてくれたのは紫さんだった。



「私たちが一つのテーブルに座って、これからの計画を練り直しませんか?」



即座に賛成の意を表明してくれたのは、【私たち】と、一つのグループのように言われた雅さんと、香月さん。

ギョッとして、遺憾の意を表明したのは、【ご夫君】グループ(僕命名/笑)。


京兄たちの表情の変化は良く理解ったんだけど、ここは有り難く、弟嫁にあたる人の提案を受け入れさせて頂く事にしたんだ。

改めて飲み物のおかわりをオーダーして、皆それそれが持参しているガイドブックをつき合わせての相談を始めてくれた。



「ほら、ここ。【ロン・ポワン】まで戻って、モンテーニュ大通りへ行けば、宝石専門のシャネルがありますよ」

「ああ、なるほど。この通りなら、他のブティックもあるかも知れませんね」

「あ、待って。フランソワ一世通りにカルティエがあります」

「あ、ホントだ」

「ここからなら、ジョルジュ・サンク大通りから行けば、近いですよ」


僕の京兄への想いをくんで一生懸命になってくれる人たちに、僕は感激でウルウルしてしまったのだった。




その京兄たちが、もう一方のテーブルでどんな会話をしていたか、それは知らない(笑)




・・・・がっ!!

楽しみにしていたマン・ウォッチングも忘れて作戦会議に熱中している間に、ソレは起こった。





「キャーーーーッ!!」


すぐ傍で聞こえた、突然の奇声。

当然、驚いたけど、最初それが僕たちに関係しているなんて全然気付かなかった。



「こんな処でお見かけ出来るなんてラッキー❤」

「また、お会い出来ましたねっ!」

「私たち、さっきルイ・ヴィトンでお会いしたんですけど、覚えてらっしゃいますか!?」



【ルイ・ヴィトン】のキーワードで、ナヌッ!?と思って顔を上げれば、その姦しい声は案の定、さっきのブランド店で、京兄たちをひと際熱い眼差しで見つめていた日本人OL軍団だった。まさか、あんなに時間が経っていたのに、まだこの辺りをウロウロしていたなんて完全な誤算だ。テーブルが別になっていたのも災いした。そのパワフルな四人組は、完璧な容姿をした極上の日本人男性に完全に夢中になっていた。店で見掛けたはずの僕たちの事はアウト・オブ・眼中だ。


「私たち四人ですから、丁度、良いですよね~~♪」

「ねえ、一緒にまわりませんか?」

「赤い眼、良くお似合いですね。カラコンですか?」

一応、それなりの見られる容貌(かお)をしているから、相当自分に自信があるのだろう。断られる事など微塵も考えもしない逆ナンは僕の神経を逆なでした。紫さんなんて、泣き出す寸前だ。



おのれ~~、どうしてくれよう~~~と、歯ぎしりせんばかりに頭が沸騰しかけた瞬間(とき)。その四つの声は響いた。




「近寄るな、ブス」

絶対零度の一刀両断の声は、京兄。


「あんた、眼が悪いのか?俺の薬指のリング、眼に入ってないの?」

左手をかざし冷たい眼差しを向けるのは、深水ン。


「男に声を掛けるのなら、身の程を知りなさい」

口調は丁寧ながらも、女の顔も見る事なく、珈琲を口にしながらの台詞は各務さん。


「申し訳ありませんが、他を当たって頂けませんか?

貴女ごときの女性に声を掛けられると、私の格が下がってしまいます」

一番丁重で、そして一番容赦がなかったのは、精神科医の高見沢さん。




僕たちには甘い顔しか見せなかった人たちが、女性相手に、まさかここまで言うとは思わなくて(京兄の反応は予想出来たけど)、あまりの言われように、ある女は真っ青に凍りつき、ある女は「酷い・・・っ!!」と泣き出してしまった。

どう収拾する心算だろうと、思わず女性たちに同情してしまっていると、「翠っ!!」と京兄の僕を呼ぶ声が聞こえた。え!僕っ!?と思いながらも京兄の元へ向かえば、



「お前が傍にいないから、五月蠅い虫が寄って来る。ちゃんと俺の傍にいろ」


と言うと、僕を膝に抱きあげて、何とキスをしてきたんだ!!

・・・・一瞬、驚いたけれど、ここは同性同士の結婚が許されている国だ。帰国してしまえば、人前でキスなんて絶対に出来ない。それどころか、僕たちの関係は“親子”になって、本当の事は隠さなければならない。今、この瞬間だけでも、この人は僕だけのものなのだと主張したくなって、本格的に舌を絡めてくる京兄に、僕も積極的に応えた。



―――旅の恥は、かき捨てなんだっ―――



突然始まって全く終わる気配のない男同士の熱烈な口付けに、最初呆気に取られていた周りの人々も我に返り、口笛を吹く者、指笛を鳴らす者、終いには拍手まで起こる騒ぎだ。恋人たちを祝福するパリっ子たちを他所に、完全に蚊帳の外になってしまった逆ナン女たちは、「何よっ!ホモッ!!」との捨て台詞を残し、その場を駆けて行ってしまった。




・・・・・う~~ん、やり過ぎたかな~~



・・・・・で、この騒ぎ、どうする心算なのさ、京兄。






―――僕、知~らないっ、と!!―――







【フーケ】での事情は、あまりつっこまんで下さい(笑)

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