No,12
「高かったね~~」
「感想はそれだけか」
「パリの街並が綺麗に見えた」
「まあ、取り得はそんなもんだろう」
「でも、おかしいよね。今じゃパリのシンボルだけど、
建設当時は非難轟々だったって。ルーヴルのピラミッドみたいだ」
「新しいもの、特に革新的なもんてのは、必ず旧いもんに叩かれるもんさ」
一つの会派を立ち上げて、これまで散々苦労してきた京兄の言葉には含蓄があった。
「・・・・で、次はどこへ行くって?」
「ノートルダム寺院!」
「・・・お前は相変わらず寺が好きだな」
「お寺じゃないよ、教会だよ!フランス・カトリックの総本山なんだからっ」
「へいへい、さようでございますか」
いつもの漫才をしながら向かった【ノートルダム寺院】は、
静謐な佇まいで僕たちを迎えてくれた。
静かだ。
こんなに人がいて、みんながみんなめいめいにおしゃべりしていて、真剣に祈っている人はごく僅かなんだけど、犯してはいけない“聖域”ってものをヒシヒシと感じる。ああ、あのパイプオルガン、聴いてみたかったな~~
順路の通りに静々と進み、いよいよ正面の祭壇に着いて、【ピエタ】をみつけた。
我が子イエスの死を嘆く聖母の像だ。
前に跪いて真剣に祈りを捧げているのは、本当のクリスチャンの方なんだろう。
僕は無神論者じゃないけれど、キリスト教のGODは信じていない。
って云うか、否定しない。逆に言えば、仏教の仏様も、神道の八百万の神々も、世界中の神さまをみんなみんな信じている。だって、あんなに皆真剣に祈っているんだ。その想いを否定する事なんて僕には出来ない。
いや、しちゃいけないと思う。邪教じゃない限り、否定して良い宗教なんてこの世にはないと僕は想っている。
きっと、自然崇拝をする日本人ならではの感覚なんだろうけどね。
僕の横で、やはり真剣にピエタを見つめている紫さんに聞いてみたくなって、小声で尋ねた。
「・・・・・紫さんは、イタリアでサン・ピエトロ大聖堂のピエタを見ているんですよね?
・・・比べて見てどうですか・・・・?」
紫さんは少し小首を傾げて、考えながら答えてくれた。
「・・・うん・・・・大聖堂のピエタは、もう少し穏やかな感じがした。
それが却って、人の世を嘆く聖母の哀しみを感じさせて・・・・
・・・・こっちの聖母は両手を広げて、さあ、見て下さいと言わんばかりだろう?
・・・・個人的には、ミケランジェロのピエタの方が、私は好きだな・・・・・・・」
「へ~~、僕も見てみたいな~~」
「うん、お薦めだよ。一度見てみると良いよ。
今度、緋龍院さんに連れて行ってもらいなよ」
「・・・・・・っ!!///」
・・・・・紫さん・・・・きっと、ひやかしてるって云う意識は全然ないんだろーな~~~///
「おい。翠が、加納に苛められてるんだが」
「・・・あんたには、あれが苛められているように見えるのか」
「見える」
「・・・あんたの眼も、そーとー眩んでるな」
「恐れ入ったか」
「・・・・・・・・・・・」
次に向かったのも教会だった。
だが、その前に。時間も考えて、【モンマルトル墓地】に寄らせてもらった。ここには、僕の大好きな振付家で舞踊家のニジンスキーが眠っている。折角、パリに来たのだから、どうしても花を手向けたかったんだ。なかでも【春の祭典】は本当に衝撃的だった。あれを彼の踊りで見る事が出来た時代の人たちに妬ましささえ感じる。日本で買って来たお線香も供え手を合わせる僕は、きっとノートルダム寺院に居た時よりも敬虔な気持ちになっているに違いない。
それから少し距離があったが、目当ての場所まで散策がてらブラブラと歩くのも楽しい。歩幅が一番小さい僕に皆が合わせてくれる。あのカフェ・ド・ラ・ペから見たパリジャンの一人になった気分で、歩いているだけと云うのが、こんなにも楽しい。そして丁度良い時間になって・・・・ライトアップされた、モンマルトルの丘にそびえる白亜の殿堂【サクレ・クール寺院】が見えて来た。
時間がなかったので、駆け足で拝観を済ませ、早々に外に出た。少しのんびりし過ぎたのが失敗だったが、中はノートルダムと似たような雰囲気だったし、この外観を眺めるだけでも良し、丘から街を見下ろすも良し。
僕と京兄だけだったら、もっと色々詰め込んだ弾丸ツアーになっただろう。でも、その特別な事情のせいで長い間、引きこもりのようになっていた紫さんの体調を考えてスケジュールを組めと、京兄に注意を受けていたのだった。
―――紫さんも、教会関係は好きなみたいだし・・・・楽しんでもらえたよね?―――
「しっかし、どうせライトアップされた殿堂なら、白亜の殿堂よりも、
風車の殿堂に行きたいぜ。折角、ここまで来たのによ」
「風車の殿堂?そんなものがあったの?」
「おい!翠君は未成年だろ!」
「分ぁーってるよ。」
「・・・僕が行けないよーな処なんだ・・・・」
「ハハハ」
「笑って誤魔化すなっ!!」
「・・・でも、翠も【シャンソニエ】なら行きたかっただろう?」
「シャンソニエ?」
「シャンソン専門の店だ」
「行きたいっ!」
「・・・翠君は、シャンソンも好きなのかい?」
「美輪明宏さんの舞台で、日本語のシャンソンを聴いたんです!
あ~~、本場のシャンソン、聴いてみた~~い♪」
「ダメだな。それでなくても、東洋人は若く見える。
翠なんて、こっちじゃ十二、三歳に見えるだろう。
俺たちがサツに捕まっちまう」
「十二、三歳~~~!?・・・・もう、一声っ」
「・・・・・十五・・・・・・」
「もう、一息っ」
どんどん論点がズレていく義兄夫妻(?)の会話を聞いて、
苦笑を交わす義弟夫妻なのだった。
お寺が好きなのは、「ルビーの指輪」シリーズの優里ちゃんと、
これからUP予定の、真唯ちゃんです。