No,11
衝撃的な一夜が明けた。
僕の京兄には義弟がいて、彼が結婚したから、お義兄さん(義弟?)と、お義姉さん(義妹?)が出来たと喜んでいたのだけれど。
その義姉さんが何と、お兄さんでもある事を知った。
(何のこっちゃと思った人は前回のお話をよんでね~/笑)
僕はその人をお義兄さんと思うべきか、お義姉さんと思うべきか少々悩んでしまったのだが。結局、いっべんに両方できたと思う事にした。だって、その方が断然お得な気がしたし。
迷ったけど、京兄にはその事を話した。そしたら、“お前らしい”と大笑いされた。それが、いつもの人の悪いからかう笑みではなく、“まったく、お前は・・・”って苦笑されるあったかい微笑みだったんで、僕はこの考えで間違いないんだと確信を得たんだ。
よし!今日は、普通に。いや、あくまで【僕らしく】振る舞おうと決心して、張り切って朝食をとっていたら京兄の携帯に連絡が入った。
「おはよう。どうした?」 多分、【深水ン】からだろう。どうしたんだろう?何かあったんだろうか?
『ああ、おはよう。悪いんだが、午前中の予定はパスさせてもらうよ。紫さんが、まだ眠っているんだ』
「・・・無理させたのか?」
『違う。俺はセーブしようとしたんだが、紫さんが朝まで離してくれなかった』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
『俺たちと合流するのは午後からにさせてもらいたい。』
「なんだったら、やっぱり別行動にするか?」
『・・・・いや、紫さんも翠君と周れるのを楽しみにしていたから』
「・・・・そうか。なら、いい。・・・・正午に【カフェ・ド・ラ・ペ】でどうだ?ブランチを一緒に」
『OK。それじゃ、正午にな。』
「じゃあな」
深水ンの声は聞こえなかったけど、話の流れは大体理解った。
「翠、予定変更だ。合流するのは正午からだ」
「・・・・エロエロ大魔神の弟は、やっぱり大魔神だ」少し赤くなって非難すると、
「違う。加納が望んだんだ」真剣な京兄の声に、僕もそれが真実である事を知る。
「・・・やっぱり、お前に打ち明けた事で、何か想うところがあったんだろう」
こんな風に言われてしまえば、もう僕には何にも言えなくて。
・・・・じゃあ、どうしよう?
正直に言えば、本当は今日もルーヴルに行きたかった。
でも、紫さんが【聖ヨハネ】にとり憑かれていると深水ンが心配している事を聞いて、だったらパリ市内を観光して気分転換させてあげようと思ったんだ。コースもちゃんと考えていた。でも、京兄と二人っきりなら・・・・・・
僕の変更予定を京兄に打ち明けたら、嬉しそうに破顔して了承してくれた。
『深水ンたちがいないなら、宝飾店巡りさせてもらいたいんだけど・・・・ダメ?』
可愛いフィアンセに、こんな可愛い提案をされて、誰が拒めようか。
ただ、午前中だけしかないと云う効率を考えて、オペラ座の真後ろにあるデパート【ギャラリー・ラファイエット】へ行く事にした。
ここは一流ブランドが勢ぞろいする、本当に巨大なデパートだ。天井のステンドグラスはフランス文化財指定のアール・ヌーヴォーの傑作だが、翠の眼にはそんなものは映っていない。宝飾関係の店を探してまっしぐらだ。
今もカルティエの店でウンウン唸っている。
丁度居合わせた日本人カップルに優越感が湧く。
その女が眼の色を輝かせて探しているのは、女自身を飾るモノなんだろう?
だが、こいつが一生懸命選んでくれているのは、俺のものなんだ。
しかも、俺を束縛するためのもの。いうなれば、翠の俺への独占欲の表れだ。
ついつい頬が緩んでしまうのを抑えられない。観光客を装ったガードたちが呆れた表情をしているのが見えるが、放っておけ!
どうせ、羨ましいんだろう!?
「京兄、ご免!次、行くね!!」
ああ、お前の好きにしろ。どこにだって、付き合ってやる。
折角、京兄に、あんなに大きなデパートに付き合ってもらったのに、目ぼしいものは見つからなかった。・・・・僕って、理想が高いのかなぁ~~。でも!京兄って云う最高の男性をゲット出来たんだから、その京兄に相応しいものを贈りたい。弱気は禁物だ。頑張って探せば、どこかにあるっ!!
「翠、そんなに気を落とすな。そんなに急がなくても良い。気長に待ってるから」
「うん。大丈夫、諦めないで探すからっ」
闘い済んで、陽が暮れて(暮れてないけど/笑)
僕たちは【カフェ・ド・ラ・ペ】で、深水ンたちを待っている。
いつもの如く、京兄はエスプレッソ。僕はカフェ・クリーム。日本で云うところのカフェ・オ・レだ。これってフランス語じゃなかったんだ!こっちに来て知ってびっくりした。
さ~て、何を食べようかと、今日は意地を張らずに京兄にメニューの解説を求めた。散々迷った結果、僕は【クロック・マダム】を頼む事にした。パンにハムとチーズをはさみ、チーズを乗せて焼き、それに目玉焼きを乗せる。何とも盛り沢山な感じがあるし、パリの名物でもあるそうだ。京兄は、これに目玉焼きが乗っていない版の【クロック・ムシュー】にすると云う。頼むのは深水ンたちが来てからだ。ああ、早く来ないかな~~♪
待ち遠しくて、全面ガラス張りの窓に眼をやった。
―――あ・・・・・こんなに人が歩いているんだ―――
昨日の昼にも見たはずの光景は、眼には映っていたけど脳には届いていなかったんだ。
カフェの外を歩くパリジャンたちの姿に、今日僕は初めて気付いた・・・・・
「・・・・翠、どうした?」
無言になってしまった僕を心配して、京兄が声を掛けてくれた。
「・・・・うん・・・・・・こう云うのって、良いなって思っただけ」
頬づえをついて、楽しそうにぼんやりとしている僕の表情で、京兄は、そのニュアンスに気付いてくれた。
「・・・・そうだな。こんなに、のんびりした気分になるのは久し振りだ」
「ねえ、テラス席も良いよね。今日はちょっとまだ寒いけど、もう少し暖かくなったら珈琲一杯で何時間でも過ごせそう」
「・・・・夏にも、また来るか?」
ちょっと驚いて京兄を見た。優しく微笑んでいるけれど、瞳は真剣だ。
「・・・・考えとく」恥ずかしくなって眼を逸らしてしまった。
「俺の嫁さんは、つれないね~~」
いつもの僕をからかうような口調に戻ってくれて、僕はホッとしてしまった。
「・・・もしかして、お邪魔だったかな?」
突然、聞こえて来た声に慌てて顔を上げれば、そこには深水ンたちが立っていた。
「理解っているなら、気をきかせろ」
「そいつは申し訳なかったな~~。遅刻したから、慌ててタクシー飛ばして来たんだが、もっとゆっくり来れば良かったぜ」
ニヤリと嘲笑って深水ンが前に腰掛けて、紫さんは・・・・・あれ・・・・・・?
「・・・翠君、どうしたんだ?」
いぶかしげな深水ンの声にも、紫さんから眼が離せない。
「・・・何か、紫さん、昨日と全然違う・・・何だか、すごく綺麗・・・・・」
もともと綺麗な人だと知ってはいたけど・・・・笑顔が違う・・・・・・・何か、内側から輝くって感じ・・・・?
「・・・やれやれ、翠にも気付かれるって事は・・・・お前も苦労するな」京兄がため息を吐けば、
「覚悟してるよ。この人と結婚した時からね」って云う深水ンの苦笑が見えた。
「・・・・私が綺麗に見えるとしたら、きっと昨日の翠君のお陰だよ。・・・・私を受け入れてくれた翠君のね。」
深水ンの横に腰掛けながら向けてくれた微笑みに、僕は盛大に赤くなってしまった。
その瞬間、京兄・深水ン兄弟の盛大な溜め息を頂戴してしまった。
・・・・二人の気持ちは分かるけど、僕だって男なんだから仕方ないじゃないっ
「深水ン、早く注文しよ!僕、お腹空いちゃったよ!」
僕の言葉は、深水ンの意識を逸らす事に成功した。やれやれだ。
「それで、最初はどこへ行くんだ?」
結局、深水ンたちも京兄と同じクロックムシューを食べて。食後の珈琲を飲みながら、京兄が僕に聞いて来た。
「あのね、先ずはエッフェル塔!!」
「・・・何とかは、高い処が好きだと言うが・・・・・」
「京兄っ、何か言った!?」
「ん?何か聞こえたか?」
グッと詰まった僕に、紫さんが優しく声を掛けてくれる。
「パリのシンボルだものね。一度は昇ってみたいよね。」
「紫さん、優しい~~♪」
店を出て来る京兄たちを置いて、僕は紫さんと腕を組んで歩きだした。
「おいおい」途端に慌てる京兄に、
「僕は優しい紫さんをエスコートするから。京兄は、可愛い弟さんと来てよ」
フン!と言い放って、京兄のレンタカーを置いてあるパーキングに向かった。
「おい、いいのか、アレ」
「ああ。俺は物凄い焼きもち焼きで家政婦にさえ妬くんだが・・・・どう云う訳か、翠君だと腹も立たん」
「それって良いのか、悪いのか・・・・・」
「別に悪くはないだろう。お前は、どうだ?紫さんに妬いているか?」
「・・・・・いや・・・・・・・」
「そう云う事だ。・・・・俺が翠君と腕を組んだら妬くだろうがな」
「当然だっ!許さんぞ、そんな事!!」
「俺も、あんたと紫さんのペアなんて考えたくもないからな」
そんな嫉妬深い男たちの会話なんて、僕たちに聞こえるはずもなく。
助手席には深水ンに乗ってもらって、後部座席で僕たち二人はガイドブックをながめながら、これからの相談をした。
【カフェ・ド・ラ・ペ】日本にもあったんですが、潰れてしまいました。
カンバ~~ック!(涙)