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No,10

紫さんの一人称でお送り致します。

―――【普通】と云う意識に、完全な境界線などないのですよ―――




永久凍土だと思っていた私の精神(こころ)の固く凍った厚い氷は、

京によって罅を入れられ、伊集院君やリザ達の存在によって徐々に溶け始め・・・現役の精神科医の言葉によって粉々に砕かれた。   






突然に始まった私の話に、純粋な翠君はキョトンとした表情(かお)をし、京はその場で凍りついた。


こんな処でする話でもないだろうと、全ての事情を知る緋龍院さんの提案によって、私たちが宿泊するホテル【オテル・ド・クリヨン】に戻る事となった。部屋に落ち着いたものの、ルームサーヴィスで頼んだ珈琲が届くまで誰も口を開かなかった。


沈黙に耐えかねたのは、若い翠君だ。



「あ、あの・・・・紫さんが普通じゃないって・・・・・・・・」


直球で気持ちが良い。自然と微笑みが浮かんだ。



「言葉のままだよ。私は普通じゃないんだ。名前と服装のせいで誤解してくれていたみたいだけど、私は女性じゃないんだ。

戸籍上は男性。・・・・だから、京とも正式な婚姻はしていない。私たちがして来たのは・・・・人前結婚式なんだ。」


『何で、そんな事を?』と云う翠君の心の声が私にも聞こえる。

なるほど、いつも京が聞いてくれているのは、この声なのかと益々笑みが深くなる。




「私も【彼】と・・・・【ヘルマプロディトス】と同じ・・・・両性だからだよ。


産まれてきた時は男性だったんだけど、身体がだんだん変化していって・・・・つい最近、完全な両性具有になってしまったんだ。


・・・・ね?【普通】じゃないだろう・・・・?」




事実を少し捻じ曲げたけど、この方が分かり易いだろう。

伊集院君たちは受け入れてくれたけど・・・・さあ、君はどうする?


翠君の明るい笑顔を失うのは辛いけど、幸い今日知り合ったばかりだ。喪失の痛みは、まだ小さいはずだ。



ただ、大好きな【京兄】の義弟【京お兄ちゃん】が、こんな化け物と結婚なんて嫌だと責められたら、私はどうしたら・・・・・・・・・










重い沈黙の中、意地でも眼を逸らしたくなくて、私は翠君の瞳を見つめながら、彼の審判の下るのを待った。






それから、どれくらいの時間(とき)が過ぎたのだろう、時間の感覚が解らなくなり始めた頃。

翠君がソファーから立ち上がり、テーブルをまわって私の方へ来ると、百八十度くらいに腰を折って言った。





「ありがとうございますっ!!」




・・・・・・え・・・・・っ・・・・・・・・?





私は、本当に翠君の言葉の意味が理解らなかった。





―――アリガトウゴザイマス・・・・?―――





どう云う意味だったっけ・・・・・・?




私の思考回路が上手く回っていない事を見抜いた私の夫が助け舟を出してくれた。



「・・・・翠君。それ、どう云う意味?」



「・・・・えっ・・・だって、紫さんは僕を信頼してくれたって事でしょう?

だから、こんな重大な秘密を教えてくれたんでしょう?

だから・・・・ありがとう、なんです。


それに京兄が全然驚いてないって事は、京兄は知っていたんでしょう?

その秘密を分けてもらえて・・・・京兄の伴侶として認めてもらったみたいで嬉しくて。

そっちの方でも・・・・・・ありがとう、です」



「・・・良く言った、翠!さすがは「紅龍会」の【姐御】だ!!」


「五月蠅いよ、京兄。茶々、入れないっ!!」


「組長を叱れるんだ。やっぱり、お前は姐御だよ」





始まってしまった痴話喧嘩を他所に、私はやっぱり呆けたままだ。



―――私は・・・・・私は、翠君に許されたのか・・・・・?―――










「・・・翠君、こっちこそ、ありがとう。本当に、ありがとうね。

紫さんを否定しないでくれて」

緋龍院さんと翠君の話が終わるのを見計らって、京が私の気持ちを代弁してくれた。


「否定だなんて・・・・・・っ!」


「・・・・うん、君がそんな子じゃあないって、今、理解った。

でもね、紫さんは臆病なんだよ。おまけに自虐の穴掘り名人なんだ」



京の軽口に緋龍院さんが遠慮なく笑い、翠君は笑って良いのかどうか分からないと云う微妙な表情を見せた。



「それでね、お礼を言った後になんなんだけど、一つお願いがあるんだけど良いかな?」



「あ・・・・は、はい・・・っ!」



「君には悪いんだけどね。【京お兄ちゃん】って言うのは、やめてくれないかな?」


正直な翠君の顔が、残念そうに曇る。



「・・・あの・・・・迷惑でした?・・・・・馴れ馴れしい?」


「ううん。本当はすごく嬉しいよ。

翠君みたいな良い子の、本当のお兄ちゃんになったみたいでね。ただね。」






―――【京】って呼ばれるのは、俺にとって凄く特別なんだ―――



―――【京】って呼ぶ特権は、紫さんに残しておいてあげたいんだよ―――



―――許してもらえるかな・・・・?―――







・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ!!



京は気付いてくれていたんだっ



翠君に懐いてもらえて嬉しい半面、翠君が【京お兄ちゃん】と呼ぶ度に、私の【京】を奪られるような錯覚に囚われていた事に。





「・・・それ、良く理解りますっ!

僕も【京兄】って呼ぶ特権は誰にも渡したくないもん!!

・・・・あ・・・それじゃあ、何て呼べば良いですか?

・・・【深水さん】・・・・ですか・・・・・?」




そんな寂しそうな翠君の声音に気付いた京が、ニヤリと嘲笑うと言った。

「【深水さん】が他人行儀で嫌なら、どうせだったら【深水ン】って呼んでくれないか?リザの奴が、偶にふざけて呼ぶんだ」



「【フカミン】!可愛いですねっ♪

年上の方に失礼ですけど、折角だからそう呼ばせてもらいますっ」



翠君がにっこり笑うと、早速のように緋龍院さんが、その尻馬に乗る。



「そりゃーいい!折角だから、俺も今度から【フカミン】と呼ぼう」


「オメーは呼ぶなッ!!俺は翠君に言ったんだっ!!」


「ついでだから、お前も俺を呼ぶ時の名称を統一しろ。

【お前】か【あんた】か、【兄貴】か。

ああ、なんだったら、【お兄ちゃん】でも良いぞ?」


「誰が呼ぶかっ!!!」






そしてそのまま、会話はただの兄弟喧嘩に突入し。


和気あいあいのうちに、四人でホテルでディナーを摂る事になり。


明日から、兄弟四人でパリ観光を・・・・ハニームーンを過ごす約束をした。






そんな中、別れ際に翠君が漏らした一言が妙に含蓄があって、あの精神科医の言葉以上に私の心を暖めてくれた。







「【普通】って、きっと、人の数だけあるんですね~~~」








【深水ン】をよろしくお願いしま~す♪(笑)

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