残業
オフィスは何時の間にか閑散としていた。
パソコンを一心不乱に叩き終わり、溜息をつく。
就業時間ギリギリに渡された仕事の期限は明日。
この仕事を渡してきた上司は真っ青で、私に土下座せんばかりの勢いで頼み込んできた。
なんでも、仕事が忙しく後手に回っていた仕事が突然明日に必要になったとか。
ようするに上司は私が今必死でやっていたこの仕事を忘れていたのだ。
バカな上司の其のまた上の上司はすぐに案件を私に回すよう指示したという。
本来ならば営業事務の私がしゃしゃり出るレベルの仕事ではない。
だが、本社の営業事務として8年務めてきた私には実績もあれば外部と営業の取次ぎに加え、営業の真似事もさせられてきたゆえに先方に顔もきく。
・・・そして、今回のことで判明したのだが、バカな上司は先方に随分振り回され、取引先のいいように話を進められていたようなのだ。
ということで、担当がバカ上司(お情けで主任になった無能野郎47歳崖っぷち左遷決定)から課長(29歳にて課長に昇進した異例の将来が超有望な現在32歳)に変更になる事態も発生した。
そして、多忙な彼のサポート(いわゆる雑用)として晴れて私が任命されたというわけ。
あのバカ上司・・・嫁さんとこどもに逃げられた理由も頷けるよ、全く。
私って素敵な課長様と仕事ができるのね、なんて幸運なのかしら・・・って。
「なるかってーの!」
私はバン!と机を叩いた。
私ははっきりいって課長が嫌いだ。
人使い荒いし、短大卒業の私と彼は年齢は違えど同期になる。
だから全くとっていいほど遠慮がない。
「あーもう腹立つ!」
印刷、コピー、製本。
全てが終わり、静かなオフィスで叫ぶと心なしか晴れやかな気分となった。
「よし!ちぃ様お疲れ!ご褒美に焼き鳥と日本酒だ!」
自分への激励をして、鞄を握る。
うちの会社の営業事務は営業と同じでスーツ出勤だ。
荷物をデスク下においといたゆえにロッカーに行かずとも帰れるのだよ。
「なんだ。もう終わったのか?」
私だけしかいないはずの空間に男の声が響く。
この声は嫌でも知っている。
「・・・葛西課長。お疲れ様です」
何故お前は現れたんだ!?
「仕事が終わったならもうプライベートだ。課長なんて呼称はいらんよ」
苦笑気味にそういった彼は私に紙袋を突き出した。
「さすがに焼き鳥と日本酒ではないけどな」
確かに焼き鳥と日本酒ではない。
でも、これは・・・。
「わーい。カプチーノとスコーンだぁ。いいの?食べるよ?食べちゃうよ?」
私は紅茶党だが、カプチーノは好きだ。
そして、ここのスコーンはカプチーノで食べるのが好きだ。
「お前、前にここの好きだって言ってたろ?」
「言ってたー!嬉しい!ここのスコーン凄く私好みなの!葛西、相変わらず記憶力いいわね。好きになりそうよ」
ごそごそとカプチーノとスコーンを取り出す。
スコーンは温めて貰ってくれたのか、いい具合に温かい。
スコーンを頬張る前にカプチーノを蓋を外して一口飲む。
温かい飲み物の蓋の小さな口から飲むのが私は苦手なのだ。
「うんまい!もう葛西好きよー」
むふむふ喜ぶ私はとにかく幸せだった。
葛西の所業(仕事の押し付け)を許せるくらいにほわほわしてたのだ。
「日森、ついてる」
へ・・・?
私・・・
舐められた・・・?
ぺろりと舐められた唇。
葛西は私の唇を舐めた後、自分の唇を舌先で舐めた。
わぁ、セクシー・・・って!!
「・・・!!!?」
「あー、可愛いなぁお前は」
「え、あ、う」
「俺のこと、好きなんだろ?」
そう意味ではない!!!
日森千鶴、残業のある日の事でした。
なんか、続き書けそうだなぁ・・・