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マリーとごはん⑥




 カウニッツに来て十日目、今日はリーンハルトに帰る日じゃ。

 あれ以来、少しずつ他のものも食べるようになったステファンは、初めて会ったころとは見違えるように顔色がよくなった。


「もう帰っちゃうんだね」


「そうじゃな。今度はステファンが遊びに来るがよい」


「うん」


 声にも張りが出て、会話に困ることはない。

 今、妾たちはミハイルを船頭にして、王家の湖で白い船に揺られておった。


「マリエッタ姫……。これ、あげる」


 ステファンが取り出したのは、この間は見かけなかった薄紫色の石じゃった。


「お礼。姫の瞳の色に似てるでしょ」


「うむ。ありがとう、ステファン」


「あれ、王子、言わなくていいんですか。昨日、一日がかりでずぶ濡れになって探したって」


「ミハイル! 余計なことは言わないで!」


 ステファンがミハイルの足をぱしっと叩く。ミハイルはくすくすと笑って、舵を大きく右に切った。

 船はゆっくりと湖を回る。


「ふふ、風邪はひかなかったかの?」


「大丈夫だよっ」


「元気になって何よりじゃ。きっとすぐに妾よりも背が伸びるの」


「うん、そうだね。

 ……ねぇ、マリエッタ姫。もしぼくの背が……」


 ステファンが、紫の石を握った妾の手に、自分の手を重ねる。

 ん? この流れは……。


「姫の背よりも高くなったら……」


 ステファンの顔が近づいてくる。ちらりと横目でミハイルを見ると、しれっとした顔であらぬ方向を見ておった。

 口が、くっついて離れる。

 長い睫をふせ、頬を赤らめるステファンは、妾よりよほどかわいらしかった。


「高くなったら、なんじゃ?」


「んもう、全部言わなくてもわかってよ。しかもなんだか慣れてる感じ。やだなぁ」


「慣れてはおらぬが初めてでもないの。知っておるか、大人のキスはの、舌も使うのじゃ」


「えっ、舌って何。気持ち悪いよ」


「それがそうでもないようなのじゃな。なぁ、ミハイル」


「ちょっ、なんでそこで私に話をふるんですか。

 あんまり王子に変なことを教えないでください」


「なんじゃ、ミハイル。そなただって恋人の一人や二人おるじゃろう。それとも何か、もしかして男色か」


「違うよ。ミハイルはずーっと年下が好きなんだ。姫、気を付けてね」


「おおお、王子!? 何を言い出すんですか!」


「ぼくさぁ、本当はミハイルがぼくの父様なんじゃないかって思ってたの。前、母様と何かこそこそしてるの見たことあって。顔とか、髪の色とかも似てるでしょ。でも、そしたら姉弟きょうだいだって言うじゃない。姫に聞くまで知らなかったよ」


「そなたが知らぬことのほうが驚きじゃ」


「誰も教えてくれなかったんだもん。でね、本当のことを確かめたくて、夜ミハイルの部屋に忍び込んだことがあるの。

 そしたら、この辺の国の王女の細密画がわんさか出てきたんだ。しかも、十歳前後の姫ばっかりだよ。すごくショックだったね……。ぼくの父さまはそういう趣味だったのかって。けど、父親じゃないならいいや。変態の伯父なら我慢する」


「ヘンタイ!? そそそ、そんな滅相もない! 王子にふさわしい御方をお探ししていただけです!」


「ならなんで机の二重底の下から出てくるのさ。あやしいよねー!」


「王子~」


 ミハイルが、舵に寄りかかって情けない声を出す。

 王子の元々の性格は、かなり元気いっぱいでわがままなものだったらしい。これからこの国の面々は、これまでとは別の意味でステファンに振り回されることになりそうじゃ。


「で、本当のところはどうなのじゃ? ミハイルは大人の女性が好きなのか? それとも幼女趣味なのか?」


「幼じ……っ、それは……っ」


「マリエッタ姫とか、好みでしょ。細密画、似たような感じの姫ばっかりだったもんね」


「うー……。もう、なんとでも言ってください……。どう言い訳しても、そう思いたいのでしょうから……」


「ミハイルがはっきり言わないからだよ。ま、姫のことが好きっていっても、譲らないけどね」


「こら、妾はまだなんの返事もしておらぬぞ」


「えー、ぼくじゃだめ? うちの治水技術が欲しいんでしょ。姫がぼくのお嫁さんになってくれれば、いくらでも技術者を派遣するよ」


「ん? 何の話じゃ、それは」


「あー! えー! 姫ー! そろそろ出立のお時間ですぅ」


「こら、ミハイル! 何か隠しておるな! さてはフェリクスと密約でもかわしておったか!」


「まさかぁ、なんのことでしょう」


「教えぬ気か! ならばこうじゃ!」


「わっ、姫っ、いけません! 揺らさないでください! 危ないですから! わ、わああああ!」


 落ちかけたミハイルの足を、ステファンがはっしとつかむ。

 ミハイルはかろうじて踏みとどまり、ぜえぜえと荒い息をした。


「死にますから! やめてください!」


「では、教えるか? 教えぬならまた……」


「わああ、教えますっ、教えますからやめてくださいいいいい」


 ミハイルが慌てて船を進める。

 妾は顔を引き攣らせているステファンと目を合うと、ぺろりと舌を出したのじゃった。




 

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