マリーとごはん④
翌日、噴水の美しい庭園を歩いていると、休憩用に作られた四阿の影の茂みに動くものを見つけた。
「ステファン?」
「……マリエッタ姫……」
そこにいたのはステファンだった。
いろいろな色のつるつるとした石を、四阿の壁に沿って並べている。
「おぉ、きれいじゃの! どこで見つけたのじゃ?」
「昨日の……湖……。浅いところ……歩くと……ときどき見つかる……の……」
「いいのう! 妾も見つけたいぞ!」
ミハイルが言っておった言い伝えは本当じゃったのか!?
好奇心にかられた妾は、ドレスの両側をつかんで湖に駆けて行こうとした。
「……また濡れる……よ……?」
「なにぃッ、大丈夫じゃ! 妾は、二度同じ失敗はせぬからの!」
腰に手を当て、ふんっとふんぞり返ると、ステファンは可笑しそうにくすくすと笑った。
「なんじゃ?」
「……ううん、なんでもない」
「そうか?
ふむ、まぁ、しかしおぬしの言うことにも一理ある。今日のところはやめておこう。
なぁ、その石、妾にも触らせてくれ」
「……いいよ……」
妾とステファンは、石を積んだり並べたり陽の光に透かしてみたりして遊んだ。
ステファンが湖で見つけたという石は、緑がかって透き通ったものや、水色で白い縞模様のあるもの、ピンク色の少し角ばったものなど、さまざまじゃった。
「ここはそなたの秘密基地か?」
「……そう……。だから、ひみつ、ね?」
「うむ」
背の低い木が茂っておるおかげで、たぶん普通に通りすぎた場合、妾たちがここにいることはわからない。
妾がステファンに気づいたのは、噴水が珍しくてきょろきょろしておったのと、目線がステファンと同じくらいだったおかげじゃ。
「おまえたちも秘密にしてくれ」
「かしこまりました」
妾についてきた、リーンハルトの侍女たちに口止めをする。
ひとしきり石で遊ぶと、妾は昨日の晩餐のときに感じたことを口にした。
「なぁ、ステファン。おぬしの食事はいつもあんな感じなのか?」
「……あんなって……?」
「両側から、あんなにいろいろ言われながら食べておるのかということじゃ。
あれでは、美味いものも美味くなくなってしまうじゃろう」
「……」
「妾もなぁ、フェリクスがあまりにうるさいものじゃから、ここに来る少し前に喧嘩をしたところなのじゃ。
せっかく美味しく食べておるというのに、あやつときたら、食いすぎだだの行儀が悪いだのいいおって」
「くすくす……。マリエッタ姫は食べ過ぎで怒られてるの……。ぼくと反対だね……」
「妾とそなたの食欲を足して半分にすれば、ちょうどよいかもしれぬの」
「……。
食べたくないわけじゃないんだよ……」
「ん?」
ステファンは言う。
昔は普通に食べられていたのだと。
用意してくれた食事を見れば美味しそうだと思うし、腹も減る。
しかし、口にしてみると、何かが違うと感じるそうだ。
「違う、とは?」
「……わからない……。でも、ぼくが食べたいものは違うって思うんだ……。
それがなんだかわからなくて、どう違うんだろうって考えてるうちに食べるのが遅くなって……もういいやってなっちゃって……」
食べるごとに感じる違和感。思い出しだしたくても思い出せないもやもやした感じ。
いらだつ両親に、不安そうにする料理人たち。
食べなくてはと思うほどに、食べられなくなっていった。
「その、なんとなくこんなもの、というのはないのか?」
「うん……。あのね、昨日マリエッタ姫にお菓子をもらったとき、これかなって思ったの……。
でも違った……。
昨日の夕食のスープに、ニョッキが入ってたでしょ……。あれかなとも思ったんだけど……」
「違うのか。焼き菓子に似ていてニョッキにも似ておる食べもの? そんな不可解な食べ物は見たことも食べたこともないぞ」
「あとね……。たぶん、熱いの……」
ステファンが、指先で何かを持つような動作をする。
「ううん、お焼きか?」
「……お焼き……?」
「肉や野菜を細かく刻んで炒めたものを、小麦粉を練って作った生地で包んで焼いたものじゃ。
リーンハルトの城下町で売っておる。カウニッツにもあるのかの」
「わかんない……。城下町には行ったことない……」
そもそも、城から出たことがないと言う。なんたる過保護じゃ。
「では、一緒に行ってみるか? 妾が見てみたいといえば、連れて行ってくれるじゃろ」
「だめだよ……。怖いもん……」
「怖い? 情けないやつじゃの。
ならば、料理人に言って作ってもらうか。大丈夫じゃ、そなたの名は出さん。リーンハルトが懐かしくなったとでも言えばいい。ミハイルも一緒に食べたからの。不自然ではないはずじゃ」
「ミハイルと……。そっか……」
「あやつは面白い奴じゃの。宰相じゃというから、初めはキレ者の隙のない奴かと思ったが、庶民の出だというしかくれんぼは一緒にするし、王子が菓子を食べたといって泣くし、変わっておる」
「ん……。ミハイル、優しいの……。
よく一緒に遊んでくれるし、ぼくの心配、一番にしてくれるし……父様なんかよりずっと……」
「カウニッツ王とて、そなたのことを心配しておるじゃろ」
「……」
ステファンが目を伏せる。
なんじゃ? 何やら父王に思うところがあるのか?
「お焼き、食べてみる……」
「ん? あ、あぁ。では頼んでこよう。今日のお昼に一緒に食べようぞ」
「うん……。あの、食べられないと悪いから、ぼくの部屋でもいい……?」
「おう。では、またあとでな」
「うん……。ありがとう……マリエッタ姫……」
その日の昼、料理長に作ってもらったお焼きを持って、ステファンの部屋へ行った。
ステファンは「美味しい」と言って食べたが、やっぱり違う、とも言っておった。
うぬぅ、ステファンの食べたいものとはなんなのじゃ。それがわかれば、食事嫌いも治ると思うのじゃが……。




