↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鳥籠の義兄  作者: ハル


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/3

幼い記憶




 ダリウスは貴族の父を持つが、使用人の子であり、私生児であった。

 ご立派な貴族である義母は不義の子であるダリウスを大変に嫌っており、義姉たちもまた義母の立場や言葉を受けてダリウスを忌々しげに思っている。

 父には三人の子供がいたが長女、次女と続き待望の男児であった義兄に恵まれたものの、義兄は病弱で二十歳まで生きられぬかもしれぬとあって父は存在を忘れていた母を思い出したらしい。欲に任せて嫌がる使用人に手出ししておきながら、子が出来た途端に放り出した父は、風の噂で息子であったことを知り、三歳になった瞬間に纏まった金を母に叩きつけてダリウスを家に連れてきた。

 体裁だけは高貴なこの屋敷で、ダリウスがどのような扱いをされるのかも興味がないのだろう。

 家畜のように義母や義姉たちに痛め付けられているのに、父は常に煩わしいとばかりに無視を続けていた。たまに話したと思うと、貴族にふさわしい行動をせよ、と冷たく命じるだけだった。

 いつものように孤独と寂しさでいっぱいになりながら、義母や義姉に見つからないように逃げ回っていたある日、ダリウスは話だけは聞いていた義兄の部屋にまでたどり着いた。

 屋敷の端の端、隠されるようにして存在している部屋に潜り込んだ。義姉に追いかけ回されていたから、ダリウスは目的があってここに来たわけではなかったが、今思うと不自然に人気がなかったように感じていた。


「誰だい?」


 びくりと肩を跳ねさせて声の方向を見ると、ハッと息を飲んだ。

 父の血を感じさせる眩い金髪、けぶる睫毛が影を作っている瞳はオパールのように複雑な白色を抱いており、非常に整った顔立ちの少年は重たげに寝台から身を起こしていた。


「早くあの雑種を探してきてよ!」


 義姉のヒステリックな金切り声がこの静かな部屋にまで届き、ダリウスはヒッと小さな悲鳴をあげた。

 ゾッとするほど美しい少年は、たったそれだけで悟ったらしい。実に聡明な彼らしく、困ったように眉を下げてからタメ息を落とし、布団を捲ってその細い体を見せてきた。


「おいで。あの人に追われているんだろう」


「で、でも……」


「良いから。ここまで来るかもしれないから、隠れた方が良い」


「う、ん……」


 おずおずと脚を動かす。

 細く白い身体。内側から光っているみたいに美しい少年に触れるのすら畏れ多い気がする。寝台のそばに立ち竦んで躊躇っていると、はやくと言わんばかりにトントンと寝台を叩かれた。

 ぎこちなく寝台に潜り込むと、彼は上から布団をかけて完全にダリウスを隠した。布団の中は彼の体温と甘い薫りで満ちていて、ダリウスは畏怖と恍惚で目眩がした。


「思っていたより小さいんだね。……可哀想に。あの人が来ても静かにしているんだよ」


「うん……」


 ダリウスを宥めるようにして背を叩いた。

 聖書で見た天の使いの如き神々しさと慈悲を彼に見つけ、幼いダリウスはそれまでの孤独と苦しみから、か細い彼にすがり付いては涙を流した。病弱な彼にいらぬ心配をかけるべきではないというのに、ダリウスはただ救われたいという人間らしい欲求から彼の腹に顔を埋めて抱きつくばかりだった。

 陶酔の時間を裂くように無粋な足音と共に現れたのは義姉とその配下の使用人たちだった。


「ハンター!ここに子供が来なかった!?」


 キンキンと鼓膜に響く金切り声に、ガタカタと震えが走る。

 罵られ、蹴られ、熱い紅茶をかけられたり、食事を取り上げられたりと幼いダリウスには随分とこの義姉に虐げられていた。

 恐怖から反射的にビクつくダリウスを落ち着かせるためだろう。ハンターと呼ばれた彼は白魚の如き美しい手をダリウスの背中に当ててやった。そこから何か神聖なものでも出ているとしか思えないほど、ダリウスは凪いだ心地になり、ひたりと震えを止めた。


「誰もこんなところに来やしないさ」


「ハハハッ、それもそうね。役立たずのアンタなんか、誰も必要となんてしないわ。お母様もいつも言ってるもの。せめて健康だったらって!目が見えないくせに身体まで弱いなんて、本当に使えない。あたくしだったら、あたくしがもし男だったら……」


「……」


「ーー帰るわよ」


 使用人を引き連れた義姉が好き勝手喚いて、出ていった。

 ハンターは何一つ言い返すこともなく、静かにダリウスの背中を擦っているだけだった。


「……大丈夫かい?もうあの人は行ったみたいだ」


 布団を持ち上げると新鮮な空気が入り込み、彼の薫りを霧散させてしまう。体温でぬくめられた鳥籠から無理に開けられたように思えて、酷く心細い。

 しかし、それ以上に彼を罵られたことが胸を抉った。


「可哀想に、泣いているの?あまりひどいようなら、僕の部屋においで。いつでも待っているから」


 ダリウスの頬に触れたハンターが頭を撫でる。

 清らかな手によって憎悪や憤怒まで拭い去られるようだった。

 こんなに暖かくて美しい少年を、ダリウスは知らない。

 それはダリウスが五歳になっても、十を数えても、そして、成人して正式に伯爵の後継者となってからも変わらなかった。

 ずっと、彼以上に美しく神聖な者は見ることがないだろう。これからも、ずっと。










評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。