恋愛の未来が見える能力を持つがゆえに恋愛ができなくなってしまった伯爵令嬢の私はそれでも永遠の愛で結ばれる相手を探し続けた そして見つけた永遠の愛を真に誓えた相手とは?
私は伯爵令嬢のミア。私には他の人にはない奇妙な能力がある。それはその人と恋愛をした場合の未来が見えてしまうというものだ。恋愛をイメージしながら男性を見ると、交際から1年後にどうなるのか、3年後にどうなるのか、そうした未来が全て見えてしまうのだ。この奇妙な能力に気付いたのは私が10代半ばのときにある男性と交際をしたときだった。
その男性との交際中、私とその人との関係は決して悪くなかったにもかかわらず、私の頭の中にはなぜかいつもお互いの恋愛の熱が冷めた後の姿が流れていた。そして互いの心が冷え切って別れに至る場面まで私の頭の中には映っていた。最初はこの「能力」らしきものを、単に私が恋愛について悪い予感を感じやすいために起きているものだと思っていた。
しかしその男性との恋愛は、交際が順調だった頃に見えていた「悪い予感のような未来」の通りに進んでいった。関係が長くなるにつれて互いの心は冷めていき、私の頭の中に流れていた映像通りの別れを迎えた。そのとき私は「これは単に私が悪い予感を抱いていただけではなく、恋愛の未来が見えていたのではないか」ということに気付いた。そしてこの私の「恋愛未来予知」とでも呼ぶべき能力によって、私はだんだんと恋愛に踏み出せなくなっていった。
素敵だと思える男性と出会い関係が良くなっても、恋愛に踏み出すことを考えた途端に、その恋愛の熱がどのような経過をたどりながら冷め、そしていつどのようにして別れに至るのかが見えてしまうのだ。いくらその瞬間はその人に惹かれていても、破綻するまでの流れが見えてしまっては恋愛関係に踏み出すのは躊躇してしまう。
それでも、このままでは一生恋愛ができなくなると思い、「自分が見ているのは本当は未来ではなく単なる悪い予感なのではないか」、「お互いの時間の過ごし方次第で未来は変えられるのではないか」と思って、交際に踏み切ったこともあった。しかしそのたびに希望は崩れ去り、自分が見ていた恋愛の未来像そのままに、互いの心は徐々に冷えていき、最終的には別れに至るだけだった。
それでもどこかに運命の人がいるかもしれないと信じて、いろんな男性と会い、ときには交際してみたが、いい未来が見えたことはなく、いつも心の中で見えていた通りの破綻が訪れるだけであった。
父上は私が恋愛できない状態に陥っていることをひどく心配していたため、「どんな男性と会って恋愛を試みても、関係が冷え切って破綻する未来が見えてしまい、それを振り切って交際してもいつもその通りの結末に至ってしまう」ということを打ち明けてみた。父上は最初はそのことを信じられない様子だったが、私のことをおもんばかって「どこかに一人ぐらいは良き未来を見通せる相手がいるのではないか」と数十人ほどの見合い相手を探してくれたが、誰一人として良き未来が見えることはなかった。結婚に至る未来が見えたこともあったが、結婚の数年後には心が冷え切ってしまう未来も同時に見えてしまっていたため、実際に結婚をするという判断に至ることはできなかった。それでも交際に踏み切り、「私のあなたへの愛は尽きることはない」と熱い言葉をかけてもらえることもあったが、私の目にはやはり数年後に互いが冷め切ってしまう姿が見えていて、そしていつもその通りの破綻を迎える結末に至るだけだった。
どんな男性と出会っても、思い切って交際に踏み切っても、「互いの愛が冷めるまでの時間の長さ」が多少変わるだけだった。最初は熱烈な感情をぶつけ合うことができても、行き着く先はいつも同じだった。
それでも私は愛というものの可能性を信じたいという思いは捨てきれなかった。
「私の男性に対する理想が高すぎるせいなのではないか」とも考え、先入観を捨てて様々なタイプの男性とも向き合ってみた。男らしく女性をリードする男性、それとは逆に男性的な強さを持たない男性、陽気な男性に内気な男性、様々な人と向き合ってみたが、やはり見える未来は変わらなかった。出会った頃はどれほど熱い感情を持てていても、何があろうとも今度こそこの愛情を貫こうと心に決めて向き合っても、水が必ず高いところから低いところへと流れるように、まるで必然であるかのように互いの心は冷め、別れという終着点に至るだけだった。
「恋愛が続かないのは、私という人間が男性から愛される素養を持っていないからではないか」とも考えた。そして自分のこれまでの考え方を変えることも試みてきた。
「貴族の娘ということで、プライドが高いと思われてしまうのかもしれない」と考え、自分の中にあるプライドを全て投げ捨て、全面的に男性に尽くし、相手の行動を全て許容する女性にもなってみた。しかしその結果訪れたのは、「俺の言うことは何でも聞く都合のいい女」としてぞんざいに扱われる未来だけだった。
そうであるならば、もっと自立心を持った女性になるべきなのかとも考え、様々な技術を磨き、男性に甘えずとも生きていける力も身に着けてみた。そうしてまた何人かの男性と向き合ったが、そこにあったのは「自分より能力のある女を伴侶にするのは俺のプライドが傷つく」と思われるだけの関係で、やはり互いの愛情が続く未来が見えることはなかった。
その後も両者のバランスを調整した女性を目指すなどしてみたが、どのような女となっても、どのようなタイプの男性と見合いをしても、いつまでも愛情が通じ合える関係になれる未来が見えることはなかった。
こうした私の振る舞いは、他人からは大したトラブルがまだ起きていないにもかかわらず交際を諦めているように見えるため、友人からは苦言を呈されることもあった。
すでに結婚している友人からは「何年もすれば愛情なんて冷めていくのが当たり前。あなたは愛というものに理想を見すぎ」と言われもした。しかし、まだ未来が見えない中で互いに熱い思いを抱きながら結婚し、結果的に年月を経て愛情が冷めてしまうのと、私のように「結婚しても愛が冷え切ってしまう未来」がすでに見えてしまっている人間とでは、結婚に踏み切るまでの心理的なハードルは同じにはなれなかった。
こうした生活を続けているうちに、私は誰かと恋愛することそのものよりも、「愛とは何なのだろうか」「愛とは果たして永続させることが可能なものなのだろうか」といった問いばかりを考えるようになっていった。
愛とは熱病のようなもので、熱いお湯のように必然的に冷めていくものなのだろうか。だとするなら、「愛なんていずれ冷めるものなのだ」と飲み込んだうえで恋愛をするべきなのだろうか。私はありもしない「永遠の愛」などという幻想を夢見ているだけなのだろうか。多くの人はその瞬間には「この愛は冷めることなどない」と信じて恋愛にのめり込むことができるのに、恋愛の行き着く先が見えてしまうようになったがゆえにそう振る舞うことができなくなった私は幸せを逃しているのだろうか、それとも不幸を手にせずに済んでいるのだろうか。考えれば考えるほど、私にはよくわからなくなっていった。
「いずれ愛が冷めてもいいじゃないか」と飲み込んで恋愛すべきなのか、「永遠の愛など叶うことはない」と伴侶を見つけることを諦めるべきなのか、それともまだ見ぬ永遠の愛を結べる相手を探し続けるべきなのか、私の心は決まらないままだった。
そんなある日、私は侍女と共に街へ出た。そして多くの店が並ぶ街中を歩いていた。そのとき、私の脚に何やら奇妙な感覚が走った。チクッとした痛みを伴いながら、何者かが私のスカートを引っ張っている。しかもその感覚は徐々に太もものあたりへと上がっていった。
『何者かが私の脚に針のようなものを刺しています!その者を捕まえなさい!』
私は動揺しながら声を上げ、そばにいた侍女は即座に私の脚に奇妙な感覚を与えたその者を捕まえた。
それはまだ生後1ヶ月にも満たない仔猫であった。
私はその仔猫を見た瞬間に、心に電流が走るような感覚をおぼえた。私が何度も願いながらも一度も見ることができなかった、その絵が生まれて初めて私の心の中に映し出されたのだ。
「ミア様の脚に痛みを与えたこの獣、どのように処分いたしましょうか」
『その仔猫を処分してはなりません! ・・・その仔猫は、家へと連れ帰って私と共に暮らします』
「ミア様、猫などというのはネズミを捕まえるためだけの下等な獣であり、伯爵家で飼うようなものではありませんよ」
『いいえ、私はもう心に決めたのです。父上や母上には私から説明いたします』
私の心に電流が走ったのは、決して単にこの仔猫に「可愛い」という感情を抱いたからではなかった。この仔猫と目を合わせた瞬間に見えたのだ。この子はその命が尽きるまで決して枯れることのない愛情を私に与え続けてくれること、そして私もまたこの子への冷めることのない愛情を永久に注ぎ続けるという未来が。それは何年もの間、私がずっと手にしたいと願い続けながら、「そんなものは幻想なのではないか」と諦めかけていたものだった。私はついにその願い続けていた「未来」と出会うことができたのだ。
「ミァー!」
『ふふふ、ほら、この子はもう私の名前を呼んでるではありませんか』
そしてこの仔猫と私の生活が始まった。仔猫には私の名から一つの字を与えてミウと名付けた。
ミウは私が家に帰ってくるたびに大喜びで私を出迎え、私もまた少しでもミウに寂しい思いをさせないようできるだけ早く家へと帰るようになった。私が家にいるときはミウはいつもそのそばにいてくれた。いや、ときに気ままに家の中を走り回ることもあったが、そんな自由な姿もまた愛おしく思えた。私が座ろうとした椅子にミウが先に座っていたり、ミウがベッドの真ん中で寝るがゆえに私が無理な姿勢で寝ることも多かったが、そんなことは何一つとして苦に感じることはなかった。
永遠に愛情を交わし合える相手が人間ではなかったことなど、私にとっては何も気にならなかった。いつまでも揺らぐことのない愛情を互いに持つことができて、「自分は愛されている」という実感を持ちながら毎日を生きることができる、それこそが私にとっては最上の幸せだった。
そして、ミウは私に教えてくれたのだ。
私がずっと求めていた「永遠の愛」は決して幻想などではなかったということを。
もともとはあくまで物語として考えた話でしたが、仔猫と出会って以降の生活の箇所は私自身が飼っていた猫(5年前に17歳で天寿を全う)への感謝とも言える気持ちが滲み出る感じになりました。




