互いが互いの性格に合わせた結果、見事にすれ違った。
「太陽の国」と「月の国」。
先々代の大戦に由来して長年にわたり続いてきた両国のいがみ合いは、和解をもって終結した。
同年、その和解の証として、両国の王子と王女の婚約が取り決められる。
太陽の国の王子は、質実剛健。
その誠実さや武勇もさることながら、いつも表情豊かで誰にでも分け隔てない明るい性格により人望に厚い。
月の国の姫は、優美繊細。
才女としての評判を謙遜する奥ゆかしさを持ち、彼女の静かで洗練された所作は誰もが見惚れるほどに麗しい。
太陽の如く明るい王子と、月の如く淑やかな姫。
正反対ともいうべき二人は、こうして両国の安定を背負った結婚により出会うことになる。
彼と彼女を知る誰もが、二人の相性を心配していた。
―――実際、その心配は的中した。二人はまさしく正反対。
しかしながら、実際に起きた事態は、心配していたそれともまた正反対。
これは、至って真剣な彼らによる、すれ違いの物語である。
*****
ここは、太陽の国。
一年を通してよく晴れるこの国では、今日も日差しが街や行き交う人々を煌々と照らしている。
その中でも一際太陽に近い場所で輝く王宮の中では、突如決まった婚約の件により、侍従長が忙しなく動き回っていた。
「あら、侍従長。これから殿下のところへ?」
「ええ、そうです。明日までに殿下へご意見を伺うべき事項が沢山ありまして」
廊下を通りすがったメイド長の問いかけに、その手に抱えている宮廷内から集まった様々な書類の束を見せつつ、侍従長は眉を下げた。
「でしたら、殿下のご様子を後で教えていただけます? 兵士たちが今日の殿下はどこか違うと騒いでおりまして…。後で殿下のお部屋に伺う予定のメイドたちが不安がっているのですよ」
「どこか違うとは、具体的にいうと?」
「私も噂に聞いた程度ですが、無表情で一言も発さず剣の鍛錬をされていたり、後には誰とも目を合わせず颯爽といなくなられたり…」
メイド長が聞いたという噂の内容に、侍従長は首を傾げた。
いつも王子の鍛錬中には、彼の気合の入った声や悔しそうな声が城内に響き渡り、鍛錬が終了すると後の予定に差し支えるほど近くにいる兵たちと駄話に興じているというのに。
その噂が本当ならば王子は体調が優れないのかもしれない。侍従長が医者の手配を考え始めたとき、さらにメイド長がこう続けた。
「あとは、普段の大剣ではなく、舞踏に使うような剣と扇を持参されていたとか…」
「……はい?」
さすがにこれには耳を疑った。
「剣舞用の道具で、武闘の鍛錬を?」
「私も信じられませんよ? でもメイドの中にも何人もの目撃者がいるんですよ」
「…訓練場で舞っている殿下の?」
「はい」
メイド長の返答に、侍従長は頭をかかえた。王子の体調はかなり深刻かもしれない。
とにかく彼の様子をこの目で確認しなければと考えつつメイド長と別れた侍従長は、どんな違和感も見逃すまいと意気込んで王子の部屋の扉をノックした。
「失礼いたします」と入室すれば普段通りの王子が事務机の前に座っており、体調を探る前に一先ず元の用について知らせようと声をかける。
「殿下、明日には月の国の姫様がご到着されます。殿下には、明日に歓迎の記として開かれる晩餐会に向けて、準備の確認をしていただきたく―――」
「……、……った」
「…? 申し訳ありません。もう一度仰っていただけますか?」
「…か。……は………のか」
返ってくるのは蚊の鳴くような弱弱しい声ばかりだ。
「……殿下? 喉の調子が悪いようでしたら、すぐに医者を―――」
「あー! 待ってくれ、違う!! 体調はこの通りピンピンしているぞ!!」
突然放たれた普段通りの王子の声は先程の小声との音圧の差が激しく、侍従長は耳にキーンと衝撃が走る感覚を得た。
「すまんすまん。来たる日に向けて、ちょっと試してみたくてな。だが、まだまだ練習が必要そうだ。このままだと日常生活にも支障が出てしまう」
「練習…?」
一応普段通りの様子に戻ったものの発言内容が要領を得ない王子に困惑しつつ、結婚という重要な日を間近にする主人へ臣下としてはっきりと進言しなければという意識が侍従長の中に芽生えた。
「あの…殿下。恐縮ながら、『普段と殿下のご様子が異なる』と城内でも変な噂が立っております。その『練習』というのが何かは存じ上げませんが、月の国の姫様を迎え入れるためにも、普段通りお過ごしになられた方がよろしいかと―――」
しかして、王子はきょとんとした顔でこう言った。
「何を言っているんだ。これは彼女を迎え入れるための練習だが? ―――異国に嫁ぐなんて不安なはずだから、少しでも婚約者の性格に親近感を覚える方が安心するだろう!!」
***
ここは、月の国。
涼し気で澄み切った空気が漂うこの国では、今夜も月の淡い光が人々の瞳の中へと吸い込まれる。
不安や心配を紛らわすために月を見上げていた侍女の一人は、未だ姿を見せない主人の部屋の戸へと視線を戻し、その心境をもう一人の侍女へ吐露する。
「―――なんと、おいたわしいことでしょう! 陛下のお持ちになられた婚約についての文書をご覧になってから、姫様は三日三晩お部屋に籠りきりですよ…! どれほどの衝撃と哀しみを抱えていらっしゃることか…!!」
「本当に…。毎日欠かさず通っていらした書庫へもお姿を見せず、あの美しい琴の音もぴたりと止んでしまわれて…」
突然の結婚の取り決めに姫は相当気を落としてしまっているのだと、彼女のことを幼い頃から世話してきた侍女たちは心配で胸が張り裂けそうだった。
深夜になっても部屋の前に控えているのは、かの国への出立を明日に控えても一切の音沙汰のない姫が、何か行動や要望をよこしたときに直ぐに対応したい一心からだった。故郷にいられる時間も限られてきた中、彼女がもし最後に何かを願うことがあったらと思うと、侍女たちは眠りにつくことができなかったのだ。
「朝方でもよいから、お食事だけでもおとりになってくださらないかしら…」
侍女の手には、粥を載せた盆が握られていた。
ここ数日、姫は食事をあまりとっていない。
それもまた、心配の種のひとつだった。
ただでさえ細身で繊細な身体をもつ王女が、栄養を十分に摂取しないで異国への遠い旅路に出るとなれば体調への懸念が生じる。
「あぁ…今からでも婚約の破棄はできないものでしょうか…」
「しっ! ほかでもない国王陛下の取り決めですよ!! 誰かの耳に入ったらどうするのですか!」
「そうですが、あんまりにも姫様がお可哀そうで…」
「幸い、あちらの国へは私たちが侍女としてお供できることになったじゃありませんか。私たちで、姫様を最大限お守りいたしましょう」
固い決意を宿して互いに誓いを立てた侍女たちの間に、ザッという戸が開かれる音が走った。
見れば、ここ数日姿を拝むことができていなかった主人が立っていた。
何やら普段好んで着ている寒色系の落ち着いた衣装ではなく、目が眩むほど派手な衣装に身を包み、結い上げた髪に幾数もの装飾を揺らすという見慣れない格好をしているが、そんなことは姫に会うことを待ち望んでいた侍女たちの目にはとまらない。
「姫様!! ご気分はどうですか? できることなら何かお召し上がりになりませんと…!」
「何か欲しい物はございますか? 何でもおっしゃってください!!」
主人のためなら何でもすると息巻いていた侍女たちは、次に見たものに衝撃を受ける。
「この格好どうでしょ……どうかな? まだ少し装飾が控えめに見えてしまっ……見えちゃう?」
―――それは、凛とした普段の様子からはかけ離れた、緩んだ表情で口調を崩す姫の姿だった。
「……姫様?」
「わ! 久しぶりに見る月、めっちゃ綺麗じゃない!?」
「………ひめ…さま?」
たどたどしく口調を崩そうとする目の前の女性の奇妙な様子に、ここにいるのは顔が似ているだけで姫とは別人の誰かなのではないかと思いたくなる。それほどに、普段の気高く清らかな姫の面影がなかったのだ。
姫がおかしくなってしまった困惑によって音もなく口を開閉するだけの侍女たちを見て、姫は「ふぅ…」と溜息を零したかと思うと、途端に表情をすっと変えて淡々と落ち着き払った声で語りだす。
「やはり、まだ違和感があるようですね。三日だけでは、口調は完全には矯正できませんでした。……あ、思いつきました。貴女は友人が沢山いるでしょう? その中に明るく快活な性格の方はいらっしゃる?」
「え、えぇ。はい、まぁ…」
「でしたら、その方の特徴を教えてくださらない? 時間がないのですから、徹夜で詰め込みまなくては…」
物々と独り言つ姫は、口調はいつも通りに戻ったものの、侍女たちはその思考を読み取ることができず戸惑いを続ける。
「ひ、姫様? それはどういう……?」
そこで、姫はこう言った。
「…殿下に親近感を覚えていただくために、明るい性格を演じるのです。和解したとはいえ、嫁ぎ先は元敵国。そんな環境で生きていくには、殿下と良い関係を構築する必要がありますからね」
***
夕方頃に長旅を経て到着した姫を迎え、王族のみで開かれた晩餐会。
もうすでに、侍従長は胃に穴が開く心地であった。
「とーっても、美味しいです!! これが太陽の国の伝統料理なのですね!」
「…ぇ、……です」
「あら、よく聞こえませんでした! もう一度仰ってくださる?」
「えぇ、そうです」
「ピリリとした香辛料が効いているこのお肉!! 殿下のお好きな品はどちらですか?」
あれほど「止めた方がよい」と、主従関係を考慮してやんわりと、しかし必死に訴えた侍従長の主張は残念ながら王子には届かなかった。
姫の問いかけに対して聞き取れないほどの小さな声で返答する主人を見ながら、侍従長は胃のキリキリとした痛みに耐えて平静を装い後ろに控える。
「お口に合ったようで、何よりだわ。月の国とは食文化がかなり異なりますから、少しほっとしました」
この異質な流れを変えたのは、これまでの奇妙なやり取りを見守りつつ話し出す契機を見計らっていた王妃だった。
「私も他国から嫁いできた身ですから、異文化に慣れる難しさは理解しています。困ったことがあれば、遠慮なく仰ってくださいね」
「ありがとうございます!! 王妃陛下のご出身地では―――」
姫と王妃が話に花を咲かし始め、ようやく流れ始めた穏やかな空気に、侍従長はほっと息を吐く。
すると、いくらか気持ちに余裕ができたからか、これまで王子に気を取られて気づかなかった、月の姫へのどことない違和感が目についた。
物静かで控えめな性格だと耳にしていた噂とは違い、彼女の受け答えには、そのすべてに明るく人懐こい雰囲気が感じられる。
最初は、冷戦が続いていた敵国へ嫁ぐという緊張感によるものだろうかと同情を抱いていた。しかし、到着から現在に至るまでの所作・言動すべてが、元からの性格の明るさに由来するものに思われるほど一貫していた。
到底、緊張によって無理をしながら明るく振る舞っているようには思えない。
所詮は噂だったかと思いつつ、侍従長は、姫が明るい性格でよかったとも感じていた。
もし、姫が噂通りの控えめな人物であったなら、クールに振る舞うあの王子との会話がまったく始まらず、気まずさ全開の「静寂の晩餐会」になっていたに違いない。
とにかく、これからは自分の新たな主人ともなる姫について、噂などを当てにせず知っていかなければ、などと考えているうちに晩餐会も終盤に近づいてきた。
王子と姫の様子に誤算はあったものの、何とか無事に会を終えられそうだと胸を撫で下ろしていた直後、前方からパリンッという何かが割れる音が響いた。
「…はっ…も、申し訳ございません!!」
怯えた表情で謝罪の声を上げたメイドの前には、勢いよく零れたワインと割れたグラスの破片が撒かれていた。
この大事な場で何を、と憤りながら床に描かれたワインの軌跡を目で辿った侍従長は肝を冷やした。
ワインのしぶきが、姫の衣装の裾を汚していたのだ。
「…何をしておる」
王が気分を害したというように低く言うと、「申し訳ございません、申し訳ございませんっ!!」とメイドは跪いて謝罪を繰り返す。
しかし、王は姫の衣装が汚れたことには気づいていない様子だった。
とにかくこの場を収拾しなければと侍従長が動き出そうとした瞬間、床に這いつくばるメイドの前でひらりと美しい紋様が揺れた。
「大丈夫!? お怪我はされてませんか?」
気付けば、姫がメイドと視線を合わせるようにしゃがみ込んでいた。
「…月の国の姫よ。そなたの歓迎の席でうちの者が粗相をしたことを謝罪する」
「いいえ、いいえ! 全く気にしておりません!! 本当に素敵な晩餐会でしたわ。両陛下、王子殿下に改めて、お礼を申し上げます!」
衣装の裾を摘み、座りながら感謝を述べる姫は、満面の笑みを浮かべて三人と挨拶を交わす。
隣で動揺し続けるメイドにまでも微笑みを向けた彼女の心の広さに感心しつつ、様子を見守っていた侍従長は、そこである事実に気がついた。
―――姫は、汚れた裾を自然に隠していたのだ。
他国から嫁ぎにやってきた姫と、王家の顔合わせ。
その大事な場で姫の衣装を汚し、恥をかかせたとあらば、このメイドはさらなる追及と罪を背負うことになる。
それが分かっているからこそ、姫はこの汚れを隠し通してこの部屋から去ろうとしているのだ。
どうして初めて顔を合わせた他国のメイドにそこまでと思いながら、この姫の心遣いを無碍にしてはいけないと、どうにかして王の視線を遮って姫に退出を促そうと試みる。
「姫様、お部屋までご案内いたしま―――」
「…失礼」
そのとき、今までずっと黙っていた王子が、すっと姫を横向きに抱きかかえた。
突然の行動に姫を含めて部屋の全員が固まる中、王子は踊るように地面に散らばるガラス片を華麗に避けて、広間の入口まで進んでいく。
剣舞の練習が活きているな、などとすでに平静ではなくなった頭で考える侍従長の横を通りすぎて王子が部屋を出ようとする直前、王妃が「お、王子…? いきなりどうしましたか?」とこの場の全員が浮かべていた疑問を代弁すると、彼は振り返って答えた。
「…ガラスが、危ないと思ったので。両陛下、姫はこのままお部屋までお連れします。…よろしいでしょうか」
いつもの溌溂とした様子はどこへやらの王子に引っかかりつつも、「急に婚約を決めたことに腹を立てているのか」「姫と気が合わないのか」などと心配し、ここに至るまで特に指摘しないでいた王と王妃だったが、ここに来て姫への突飛な親愛行動を見せる息子に思わず呆然とする。
「…あ、あぁ。…飛び散ったガラスで怪我をされていないか、念のため医務室にお連れしなさい」
「承知いたしました」
「―――ついでに、お前も見てもらいなさい」
「…? 私の席は割れたグラスからは離れていましたが…? 承知しました」
お互いに疑問を浮かべつつ、客人である王女の前では形式的な会話に留めたようだ。
少し耳に紅潮が見られる姫を抱え、王子はそのまま部屋をあとにした。
二人の姿が見えなくなったころ、「侍従長」と呼ばれて王のそばへと侍る。
「王子は日中、頭でも打ったか」
「いえ、すこぶる元気だとご自分で仰っておりました」
***
「失礼します、殿下。医師の判断はいかがでしたか」
「俺も彼女も、問題なし!! 健康体だとさ!」
医務室から戻って部屋で寛ぐ王子のもとを訪ねると、侍従長は普段通りにハキハキと話す主人を目にした。
しかし、彼はなんだかそわそわと落ち着きがない様子だ。
疑問に思っていると、王子は頬を染めながら「少し聞いてくれないか」と侍従長に向き合った。
「俺は、彼女のことが、好きみたいなんだ」
その発言に目を丸くする侍従長に対し、続けて彼は婚約者への好意を述べる。
「初めて会った他国のメイドの不手際への、あの対応…あの優しさ…。あやうくクール設定を忘れて、感激の大声を上げるところだった」
しみじみと語る王子を見ながら、先ほどの晩餐会での胃の痛みも忘れ、侍従長は感涙にむせびそうになる。
王族であるから恋愛結婚は望めないとはいえ、突然決定した「元敵国の姫との婚約」という状況に置かれた主人を、従者なりに気にかけていたのだ。
しかし、周囲が取り決めた政略結婚の相手に、王子はしっかりと自分から好意を抱いた。その幸運を、侍従長は心から祝福した。
涙ぐむ侍従長の心境などつゆ知らず、姫のよい所を語り続けていた王子は、ふと一つの事実に首をかしげる。
「でも噂と違って、快闊な人だったな」
そこで侍従長は思い出した。
この王子は、物静かだと噂されていた姫に合わせて、自分の性格を捻じ曲げるという不可解な行動をとっているのだということを―――。
「―――姫様、いかがなされました?」
主人である姫は、徹夜で詰め込んだ明るい女性像を、見事に一日を通して体現しきった。
もっと派手な衣装を着ていった方がいいのではないか。もっと語尾を遊ばせた方がいいのではないか。などといった主人の血迷った提案を、「格式高い晩餐会ですから!」と説得して躱したかいあってか、元の気品は最低限残しつつ、明るい雰囲気を纏った王女が誕生したのだ。
後ろに控えていた晩餐会でも、さすが月の国をあげての才女と言うべきか、新たに会得した性格でも周囲への気遣いも忘れず完璧に振る舞う主人を誇らしげに思っていた。
元の奥ゆかしい王女を何年も見てきた侍女たちにとっては、まだまだその快活な様子は異質なものだが。
そんな主人が、部屋に戻るなり窓から月夜を見つめて呆けている。
最初は故郷を恋しく思っているのかと憐憫を抱いていたが、よくよく見ると主人は頬や耳を紅色に染めあげていたのだ。
その様子を訝しんだ侍女の問いかけに、姫は「じ、実は…」と晩餐会とは打って変わって弱弱しく気持ちを吐露する。
「…私、殿下のことをお慕いしているみたいです」
姫の発言に、二人の侍女は顔を見合わせて歓喜の気持ちを静かに分かち合った。
異国に、それもつい先日まで敵国として相対していた国に嫁ぐことになった姫の孤独や不安を思うと、胸が張り裂けんばかりだった。果たしてこの国で、姫が心を許したいと思える相手が見つかるのだろうかと、ずっと心配していたのだ。
「突然私を抱きかかえられたのは驚きましたけれど、私がガラスを踏まないようにという優しさからの行動だと分かったら、とても嬉しくて…。それに、汚れた裾を隠したいという私の思いを、言葉にせずとも察して腕で隠してくださって…。本当に、そのお心遣いが素敵だと感じたのです」
王子について語る姫は、恥じらいをみせつつ終始柔らかい笑みを浮かべていた。
異国で姫の心を射止めたのが、他でもない夫となる婚約者だった。
これは運命だろうと、侍女たちも微笑ましく頷きながら姫の話を聞く。
「でも噂と違って、物静かな人でしたね」
しかし、途中で挟まった何気ない姫の言葉に、侍女たちは現状を思い出す。
この姫は、表情豊かで人懐こいと噂されていた王子に合わせようとして、少しばかり思考力がおかしくなってしまっているということを―――。
侍従長と侍女は、幾枚かの壁を隔て、同様の説得をそれぞれの主人に試みていた。
「「ええ、たしかにそうでした! つまり、姫様(殿下)に合わせたいのでしたら、殿下(姫様)は元の性格のままで良いということですよ!」」
性格を偽るという奇行に走る主人の方向性を戻すまたとない機会だと悟ったのだ。
相手の性格に合わせようとしたら、相手が自身と似ている性格で、結果的に正反対の性格をもつ婚約者同士になってしまった。主人が立つ状況は、まったく要領を得ない不可解なものである。
だが、そうであるならば無理に主人が性格を偽らなくても良いはずだ。偽らずとも、ありのままで相手と性格が合うのだから。それに正直に言って、普段と異なる様子の主人を見ていると心が落ち着かない。
双方の従者たちは完全に同一の心境を抱いて、主人の性格を戻そうと根気強く説得する。
そんな従者たちの苦悩などつゆしらず、王子と姫は説得を片耳に独自の考えを巡らし始めていた。
両者は考え抜いた挙句、一つの答えに辿り着いた。
「そうだな、俺は―――」
「決めました、私は―――」
ごくりと従者が喉を鳴らす音が響いた後、彼らは結論を口にする。
「このまま、演じ続ける!!!!!!」
「このまま、演じ続けることにします」
なぜその結論に至ってしまったのだと従者一同が愕然とするなか、両者は自信満々の笑みとともに確信を述べた。
「よくよく考えてみれば、パートナーには自分と異なる性格を期待すると言うからな!!」
「今まで失念していましたが、パートナーには自分にないものを求めると言いますからね」
かくして、夫婦ともに性格を偽る結婚生活が幕を開けた。
そして同時に、色々と間違えたスタートを切ってしまった主人たちを方向修正するために、双方の従者たちが頭を悩ませ奔走する日々もまた、始まりを告げたのである。
意外と相性がよさそうな男女のお話でした。




