切実な問題
翌日の夕方、妹の自転車の後ろに乗って、あっちゃんはやってきてくれた。僕たちは笑顔でハイタッチをする。
「あっちゃん、久し振りぃ」
「おじちゃん、久し振りぃ」
挨拶がわりに、脇の下に両手を入れて、「高い高い」をしてあげた。まだ持ち上げられるが、ずっしりと腰にくる。あっちゃんの成長を実感した。来年にはもう「高い高い」は無理かもしれない。
母と妹が料理をつくっている間、僕とあっちゃんは一緒に遊ぶことにした。可愛い五歳児のマイブームはトランプだという。すべてのカードを二等分して、二人が同時に一枚ずつ出して勝負する、というゲームらしい。
らしいというのは、ルールがわからないからだ。数字の少ない方が勝ちなのか? 絵札の方が強いのか? ジョーカーは最強なのか? わけがわからないまま付き合っていたが、一貫性がないところから見て、あっちゃんにもルールがわかってないようだ。
どうやら、勝ち負けが目的なのではなく、勝負している風を演じることが目的であるらしい。そう認識するまで、さほど時間はかからなかった。僕は思いついたことを直感的に言ってみる。
「あっちゃん、このゲームだけど、誰かの真似なんやないか」
「えっ、おじちゃん、何でわかったん」と、驚いた顔つき。
「あっちゃんの顔を見てたら、すぐにわかった。たぶん〈たっくん〉の真似やな?」
あっちゃんは口を丸くした。これが漫画だったら、「ドキッ」という擬音がつくところだろう。
「おじちゃんが何で、〈たっくん〉を知っとるん」
「何でもわかっとるんや。おじちゃんはここが違うから」と、指先でこめかみを叩く。「あっちゃん、何か悩んどるやろ。おじちゃんにはスパッとお見通しや」
あっちゃんは腕組みをして、しばし考え込んでから、
「おじちゃん、聞いてほしいことがあるんや」
思いがけず、相談事をもちかけられた。悩み事といってもいい。あっちゃんにとっては切実なものだったからだ。それは僕にとっても同じだった。
あっちゃんの好きな〈たっくん〉は、とにかく優しいという。よく気がついて、リボンを直してくれたり、服の汚れを払ってくれたりしてくれる。ただ、それはあっちゃんにだけではなく、彼は誰にでも優しいのだ。〈たっくん〉はイケメンもてもて園児なので、恋のライバルがいっぱいいるというわけである。
「おじちゃん、教えてぇな。どうしたら、私だけの〈たっくん〉になってくれるかなぁ?」
おいおい、あっちゃん、そいつを俺に訊くのかよ。心の中では涙雨が降っていたが、可愛い姪っ子の前では平静を装う。それが大人の振る舞いというものである。
僕はたっぷり間をとってから、
「あっちゃん、一つだけ言えることがある。それは難しく考えん方がええということや。あっちゃんだけの〈たっくん〉にするには、あっちゃんが〈たっくん〉の心を鷲掴みにすればええんや」
「……どうやって?」
「決まっとるやろ。あっちゃんが魅力的になることや。ちょっとやそっとじゃあかんで。めちゃくちゃ魅力的にならなあかん」
「だから、どうやって?」
「答えは一つやないからな。あっちゃん、めっちゃ大事なことを言うで。しっかり聞いとき。女の子はみんな、お姫様なんや。王子様に見つけてほしかったら、それにふさわしいだけのお姫様にならんとな。どうや、あっちゃんには難しいか?」
あっちゃんは首を横に振ったけど、心から納得した表情ではない。
「わからへんみたいやな。ホンマのこと言うと、おじちゃんにもようわからへん。けど、今はそれでええねん。どうしたらええんやろ? それを考え続けることが一番大事や。本当の答えいうもんはな、あっちゃんが一生懸命、考え続けることの中にあるはずやで」
五歳児には難しすぎるか、と思ったが、僕の真剣さだけは伝わったみたいだ。
「おじちゃん、ありがとう。とにかく、あっちゃん、頑張ってみるわ」そう言って、キュートな笑顔を見せてくれた。
「お兄ちゃん、あっちゃん、ごはんできたでーっ」
妹に呼ばれたので、この話は唐突に終わった。
しばらくして、ふと我に返った。僕は一体、なぜ、あんなアドバイスをしたのだろう。あっちゃんの恋愛成就。それは僕の本心とは真逆であるはずだ。カッコをつけすぎて自滅する、という脇役にありがちなミステイクである。
頭を抱えて溜め息をつくしかない。十数年後、〈たっくん〉との結婚を控えたあっちゃんを、映画の『卒業』よろしく、結婚式場からかっさらってやろうか。そんな妄想をかりたてても、むなしくなるばかりである。すっかりお膳立てができていたとしても、最終的には実行しないだろう。
なぜなら、僕は自分の幸福よりも、あっちゃんが幸福になることを第一に考えているからだ。




