僕の野望
父のことが一段落し、母の様子も落ち着いたので、僕は東京に戻ることにした。多忙な日々がふたたび始まったわけだが、島でリフレッシュができたおかげで精力的にこなせている。すべてはあっちゃんとの思い出のおかげである。
あっちゃんは可愛らしい。めちゃくちゃ可愛らしい。「天使のようだ」という慣用句があるけど、天使が十人(十羽?)束になっても、あっちゃんには太刀打ちできないと思う。あっちゃんの可愛らしさは、ずば抜けているのだ。間違いなく世界一だと断言できる。
気がつくと、あっちゃんのことを考えている。飯を食っているときも、布団にもぐりこんでいるときも、トイレで用を足しているときも。僕の心の大半を占めているといっても過言ではない。心を鷲づかみにされ、すっかりメロメロになってしまった。ややもすると、仕事に支障をきたすほどだ。
以前の僕なら考えられなかったことだが、暇を見つけては実家に連絡をとっている。どうやら、あっちゃんの誕生日会が開かれるらしい。僕も参加したいのは山々だが、仕事のハードスケジュールがそれを許さない。
仕方なくプレゼントを贈るだけで涙を飲んだのである。悩んで悩みぬいて選んだぬいぐるみは幸い、あっちゃんに気に入ってもらえたらしい。「おじちゃん、ありがとう」という電話をもらったし、妹から毎晩抱いて眠っていると聞かされた時は、悶絶してのたうちまわったものだ。
「ちょっと、私にはプレゼントはないんか? 花束一つでも何で贈ってこうへんねん」と、母からクレームをもらったことぐらい笑って許せる。
実は一つの野望を抱いていた。それは、あっちゃんから「おじさま」と呼んでもらうことである。一般的で凡庸な「おじちゃん」ではなく、どこか知的で背徳的な響きがあり、仄かなラブを醸し出す「おじさま」だ。
あっちゃんはゆっくりと美しく成長する。一人の女性として、魅力的になっていく。十数年なんてあっという間だ。おろしたてのセーラー服に身を包んだあっちゃんは、新幹線新神戸のプラットホームに降り立った僕を見つけて、元気よく駆けてくるのだ。「おじさまー、おじさまー」と、満面の笑顔で手を振りながら。
ああ、あなたの言いたいことはよくわかっている。〈親バカ〉ならぬ、〈おじバカ〉だというのだろう。それぐらい、しっかり自覚している。でも、妄想ぐらい好きにさせてくれ。世界一可愛い姪っ子は今や、僕の生き甲斐といっても過言ではないのだから。
仕事が忙しくて島に帰ることが叶わなくとも、窓の外で暴風雨が吹き荒れていたとしても、同じ空の下であっちゃんが元気な笑顔を浮かべていると考えただけで、心はスカッと日本晴れなのだから。
それにしても、遠距離恋愛はつらすぎる。気がつけば、心が冷え込んでいる。会えない時間が愛を育てるのさ、と古い流行歌の歌詞を呟いてみても、このつらさは如何ともしがたい。遠距離恋愛中の皆さんの気持ちがよくわかる。日本中に散らばる彼と彼女は今や、僕にとって心の友である。
ふと、胸騒ぎに囚われることがある。しばらく会わずにいると、僕のことなんか忘却の彼方ということにならないだろうか。そんなことを考えると、いてもたってもいられない。盆休みに帰るつもりだったが、少しでも前倒しをするために、大急ぎで仕事を片付けた。あっちゃんとの新たな思い出をはぐくむために、寝る間も惜しんで働いたのだ。
こう見えても、僕は〈やれば、できる子〉として知られている。やる気を発揮した時の僕は、〈赤い彗星〉並みに三倍の仕事効率を誇る。締め切り数日前に、すべての仕事をクリアすることなど、造作もないことだった。




