あっちゃん
あっちゃんは可愛らしい。めちゃくちゃ可愛らしい。「天使のようだ」という慣用句があるけど、天使が十人(十羽?)束になっても、あっちゃんには太刀打ちできないと思う。
これまで彼女がいなかったわけではないけれど、これほど異性に心を魅かれたことは初めてである。それほどに、あっちゃんの可愛らしさは、ずば抜けていた。ひょっとしたら世界一、いや、間違いなく世界一だと断言できる。
気がつくと、あっちゃんのことを考えている。飯を食っているときも、布団にもぐりこんでいるときも、トイレで用を足しているときも。僕の心の大半を占めているといっても過言ではない。心を鷲づかみにされ、すっかりメロメロになってしまった。ややもすると、仕事に支障をきたすほどだ。
僕は語ろうと思う。あっちゃんの魅力について。初めて会ったのは、久しぶりに実家に帰ったときである。いきなり電話がかかってきて、父が倒れたと母から聞かされたのだ。父は頑強な身体をしていたので、熱中症になるなんて信じられなかった。
病院で適切な処置を受けて一時は回復したのだが、立ち上がろうとするとふらついたらしい。そのまま入院することになり、しばらくすると意識を失った。実は、脳梗塞を起こしていたのだ。僕が病院に駆けつけた時には、父は集中治療室に入れられていた。顔がむくんでいるけど、意外と血色は良い。ただ眠っているように見えた。
かつて父はテレビを見ながら、よく居眠りをしていた。僕や母がスイッチを切ると、目を覚まし、「おい、見とんねん、消すなや」と怒ったものである。父は頑固で、わがままで、横暴だった。「あんたもそうやん。そっくりや」と、母から言われるけど、僕は断固否定する。父とは少しも似ていない。
一度も意識を取り戻すこともなく、父は半月後、息を引き取った。回復は難しいと聞かされていたので、僕は心静かに父の死を受け止めた。涙はこぼさなかった。
喪主は、長男の僕が務めることになった。すぐに葬儀会社と打ち合わせをした。通夜と葬儀、告別式についての細かい段取り。棺の種類や、精進落としの食事、香典返しの品。遺影に使う写真や会場で流すBGM。決めることは山ほどあった。
喪主なので、参列者の前で挨拶をしなければならない。原稿を書き上げ、何度も推敲した。声に出して繰り返し読み上げた。当日は緊張したし、どうなることかと思ったけれど、幸い、あっという間に終わった。
蛇足だが、最近は火葬の後に、初七日も済ませてしまうものらしい。親族がまた集まるのが大変だからだ。へぇ、意外と合理的なんだなと思った。
……申し訳ない。あっちゃんの魅力を語るはずが、大幅に話がそれてしまった。気を取り直して、話を巻き戻すことにしよう。
母からの電話を受けて、僕は直ちに東京駅に向かった。八重洲南口の夜行バスにのれば、移動中にたっぷり眠ることができるし、翌日の早朝には淡路島に着ける。こんな形で帰郷することになるなんて、まったく考えたことがなかった。
目を覚ますと、ちょうど明石海峡大橋をわたりはじめたところだった。鳴門の渦潮を眺めていると、淡路島に帰ってきたことを実感した。そういえば上京する際には、叫び出したいほどの解放感をあじわったものだ。
実家に戻った僕は、母と一緒にバスに乗り、父の入院先に向かった。集中治療室に入れるのは一日一回だけだから、お見舞いの行く時は、家族がまとまって行く必要がある。近所に住んでいる妹とは、あらかじめ病院の受付で待ち合わせていた。
「お兄ちゃん、お母ちゃん、こっち」妹が手を振っていた。
妹と会うのも8年ぶりである。妹はすっかり母親の顔になっていた。母親になったせいか、恰幅と貫禄が出ていた。僕より頭一つ背が低いのだが、体重は同じぐらいだろう。もしかしたら、僕より重いかもしれない。
ふくよかな身体の後ろから、小さな顔がちょこんとのぞいていた。好奇心たっぷりの瞳が二つ、こっちを向いていた、
それが、あっちゃんだった。妹の一人娘、あつ子。つまり、僕の姪っ子にあたる。産まれたことは知っていたけど、顔を合わせたのは初めてだ。
「はじめまして、あっちゃん」腰を落として、四歳児に目線を合わせた。
「おじいちゃん?」小首を傾げて僕を見る、あっちゃん。
「おじいちゃんやなくて、おじちゃん」と、訂正する妹。
「おじちゃん、おじちゃん」あっちゃんは満面の笑顔だった。
天使の笑み。いや、天使を超える笑みだった。僕はズキュンと胸を撃ち抜かれてしまった。30年間の人生で、初めての経験だ。
あっちゃんは全然、人見知りをしない。キャッキャッとはしゃぎながら、僕のデニムパンツを引っ張ったり、脚にしがみついたりしてくる。背丈は僕の腰より低い。軽々と抱き上げることもできる。
幼女趣味ではないけれど、相手があっちゃんなら宗旨替えだってしてやろう。「ロリコン宣言かよ」と笑われても平気である。恥ずかしくも何ともない。
心から誓おう。この先、何があっても、死ぬまで、僕はあっちゃんの味方だ。




