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マジックアワーの島  作者: 坂本光陽
あっちゃんに首ったけ

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3/6

親不孝


 淡路島出身の有名人といえば、まず阿久悠(あくゆう)さんが思い浮かぶ。ピンクレディーの「UFO」、沢田研二の「勝手にしやがれ」、都はるみの「北の宿から」など、昭和の大ヒット曲を数多く手がけた作詞家である。


 阿久さんは放送作家でもあり、東京・六本木のテレビ番組制作会社に所属していた。この制作会社には縁がある。というより、僕は一時期お世話になっていた。そういえば、阿久さんの小説を原作としたテレビドラマの企画書をかいたこともある。


 僕はシナリオライターになるために上京した。プロットライターや企画書執筆の下積み生活をへて、どうにか単発ドラマのシナリオを書くことはできた。ただ、何度かチャンスをもらったにも関わらず、連続ドラマのシナリオを書く夢はかなわなかった。だから半人前の放送作家にすぎず、同じ淡路島出身とはいえ阿久さんと比べるのもおこがましい。


 放送作家の仕事は売れっ子にならなければ実入りが少ない。僕はシナリオライターからニーズの高いリサーチャーに方向転換をおこなった。リサーチャーとは番組作りに必要な情報を集める仕事だ。依頼された情報をさがすだけでなく、番組にマッチする人やモノを見つけたりもする。


 レギュラー番組のリサーチャーになれば収入が安定する。スタッフに信頼される働きぶりなら、サラリーマン以上に稼ぐことも不可能ではない。三流大学出身の僕でもそうなのだから、当時の業界には間違いなく夢があった。(令和になって、テレビ離れの進んだ現在では難しいと思うが)


 業界の仕事は多忙を極めた。休日に突然仕事が入るし、徹夜も珍しくなかった。会議中に日付が変わることさえあった。


 実家には帰らなかった。盆正月はもちろん、親戚の葬儀があってもスルーしていた。父と折り合いが悪かったこともある。頑固な父とは顔を合わせれば、いつも口論になる。高い交通費をはらってまで、嫌な気分になるのは御免だ。実家に顔を出せという電話を受けても、小言を言われても、右から左に聞き流していた。


 結局、父とは8年ほど、言葉をかわさなかったことになる。そのまま父は亡くなったので、親不孝以外の何物でもないだろう。そのことに関して自覚している。


 父は淡路島で生まれ育ち、高卒で就職して以来、ずっと島内の郵便局に務めていた。真面目一筋の堅物だし、根っからの頑固者なので、ぶつかってばかりだった。島の閉鎖社会で満足している父と自由を追い求める僕とは正反対だったからだ。


 思春期から父のことは無視していたし、上京前の話し合いも喧嘩別れに終わった。それから8年間、まったく会わず、電話でも話さなかったわけだが、少しも後悔はしていない。僕と父は水と油のような関係だったのだろう。


 ただ一つ、感謝していることがある。()()()()()()()()()()()()()()()ことである。



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