第4章 暁の刃〔冒険者視点〕
第3章の冒険者のダンジョン攻略前日の話です
夜営の火が、山の斜面で小さく燃えていた。
「見てくれよ」テオが言った。「本物の未確認のダンジョンだぞ」
4人は岩棚に陣取っていた。ここから250メートル先に、岩壁の亀裂がある。2時間前にテオが偶然見つけた。地図にも記録されていない、誰も知らないダンジョンだった。
「確かにダンジョンだった?」メレが聞いた。
「石造りの壁が見えた。感知符も反応した」テオは自信ありげに言った。「あれは間違いない」
カインが腕を組んだ。「この辺りでダンジョンなんて話、聞いたことがあるか」
誰も首を振らなかった。
「そういうことだ。ここは街道から半日の距離で、狩人も炭焼きも入る山だ。誰かが見つけていれば、とっくに噂になってる。なのに記録がない——つまり最近現れた」
「最近、というのがどれくらいかは分からないけど」メレが言った。
「感知符の反応強度を見た」テオが言った。「核が安定してない強度だった。稼働してからそんなに経ってないはずだ」
カインが続けた。「ガイド書に書いてある。ダンジョンのモンスターが脅威になるには時間がかかる。核が若いうちは、生息できる魔物の質も量も限られる。俺たちで入れない水準には達していないはずだ」
「ちょっと待って」メレが火を見ながら言った。「順番があるでしょ。まずギルドに報告する。それが正規のやり方」
「報告したら?」テオが即座に聞き返した。「ベテランパーティーが優先枠で割り込んでくる。発見者の名前が残るだけで、実入りは別の人間のものになる」
「それより」カインが言った。「このダンジョンがここにある以上、次に誰かが通ればすぐ気づく。俺たちに時間はない。今夜か、明日の朝か——それだけだ」
メレは何も言わなかった。
「最初に探索したパーティーが初踏査報告を出せる」カインが続けた。「内部構造、モンスターの種類、罠の位置——全部まとめて出せれば、俺たちの実績になる。Dランクのパーティーが単独初踏査をやってのけたという実績が」
「危険は」メレは質問ではなく、確認するように言った。
カインは少し間を置いた。「整理する。まず核が若い。モンスターの強度は低いはずだ。次に、俺たちの構成——前衛が俺とテオ、回復がメレ、後方支援がリル。バランスは悪くない。最後に、探索範囲は入口付近だけに限定する。奥に進まない。やばいと感じた時点で戻る」
「その判断は私がする」メレが言った。
「お前が言ったら全員で戻る。条件はそれだ」
「……根拠がないわけじゃない、ということは分かった」メレは静かに言った。「ただ、想定外が起きたときのことも考えてる。新しいダンジョンが必ずしも弱いとは限らない」
「そうだ」カインは認めた。「だから入口付近だけだ。深追いはしない」
メレはしばらく黙っていた。「リルは?」
リルが顔を上げた。一番年下の、まだ18になったばかりの魔法使いだった。「……入ってみたいとは思う」と小さく言った。「怖いけど。でもせっかくここまで来たし」
「怖いなら正直に言っていい」メレが言った。
「怖い。でも行く」リルは火を見た。「みんながいるから」
テオが笑った。「決まりじゃないか」
カインはメレを見た。「俺たちが最初に踏み込む。注意しながら入口付近だけ確認する。やばいと思ったら即戻る。それだけだ」
「……分かった」メレは言った。「でも撤退の判断は私がする。いいね?」
「お前が言ったら全員で戻る」
「誰も置いていかない」
「置いていかない」
火が小さくなった。山の夜は静かだった。
リルが膝を抱えた。「ねえ、パーティー名って結局どうするの」
テオが笑った。「まだ決まってないのか」
「決めてなかったじゃん」
「今決めよう」カインが言った。「ダンジョンを踏破したら名乗れる名前にする。暁の刃——どうだ」
「暁の刃」テオが繰り返した。「悪くない」
「私は何でもいい」メレが言った。「ちゃんと帰ってきたら名乗る。それでいい」
リルが小さく笑った。「帰ってきたら」
「帰ってくるよ」カインは言った。「帰って、報告して、報酬もらって、次の依頼を取る。それだけだ」
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夜明けに起きた。
朝露が岩を濡らしていた。メレが魔法で焚き付けを乾かして、手早く湯を沸かした。食事は干し肉と硬いパン。急いで食べた。
「感知符の状態は」カインが聞いた。
テオが確認した。「問題ない。昨日より反応が強い気がする」
「近い、ってこと?」
「中に何かいる、ってこと」
リルが荷物の紐を締め直した。「呪文の確認、してきていい?」
「さっさとやれ」
リルは岩の影で低く声を出しながら、いくつかの詠唱を繰り返した。3回目で止まった。「オーケー」
メレが全員を見回した。「確認。撤退の合図は私の声。それだけ聞いたら議論なしで出口に走る。カイン、テオ、前。私とリル、後ろ。リルは私から離れない」
「了解」
「分かった」
「うん」
4人は荷物を背負って歩き始めた。
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山の斜面を250メートル歩いた。朝の森は明るい。鳥の声がする。足元の岩が湿っていた。テオが先頭で足場を確認しながら進んだ。
「あそこだ」
岩壁の中腹に、暗い裂け目があった。縦に長い亀裂で、人が一人通れる幅がある。中から石の冷気が漏れてきた。
4人で立ち止まった。
「本物だ」メレが低く言った。感知符が反応している。
「中を見る」テオが前に出た。「明かりを貸して」
リルが魔法灯を起動した。テオが亀裂の縁から中を覗いた。「石造りの部屋が見える。広い」
カインが頷いた。「先行は俺とテオ。メレとリルは外で待機——」
「行くって言った」メレが言った。「変更なし」
少し間があった。
「……全員で入る」カインが言った。「テオ、先頭。俺が2番。メレ、リルの順」
「リルは後ろから」メレが確認した。「何かあったらリルから先に外へ」
「分かった」リルが言った。「でも誰も何もないから大丈夫だよ。新しいダンジョンだもん」
「そうだといいね」
テオが亀裂に踏み込んだ。カインが続いた。
メレがリルの肩を一度叩いた。「行こう」
「うん」
リルが魔法灯を高く掲げた。
光が石造りの部屋を照らした。
4人は、先へ進んだ。




