第6話:風林火山
「―――さて」
カッコつけて部屋を出てみたものの、
俺には皆目、何処から手を付けたものかわからなかった。
ましてや、この喫茶店に来てからと言うもの、
寝ていた時間をカウントしなければ、
ほぼ、初めましてみたいなものだ。
「……ま、悩んでいても仕方ない。
とりあえず情報を集めるか。」
俺は軽く伸びをする。
いまは手に入れられる情報は一旦、粗方すべて、手に入れて置くことにしよう。
情報の取捨選択はその後でもいいだろう。
―――ガチャ
俺は従業員専用通路のドアを開け、
ホールへと足を踏み入れた。
まずは、辺りを見回して、
店の内装を確認してみる事にした。
いつも薄暗い夜の景色でしか見ていなかったが、
店は築何十年と経っているであろう木造建造で、
その威厳が天井や壁のそこかしこに散らばっていた。
「……うーん。
店の雰囲気は悪くないよなぁ。」
カフェスペースは、
喫茶店と言うよりも、昭和レトロな洋食屋のような作りをしていた。
いまどきの若者向けではないにしても、
この雰囲気が好きな年齢層には少なからずニーズはあるんじゃないかと思う。
なので、
これは店のコンセプト次第ではマイナスとは言えないだろう。
「あの二人がそこまで考えてるかはわからないけども……」
店の広さとしては、
テーブル席とカウンター席を合わせると、
ぱっと見でも30席程度はありそうだった。
「店の規模感としては中規模程。……広さは十分だ。」
カウンター席の奥にはキッチンがあり、
そこそこのスペースと、料理器具が用意されている。
「んー……。あとは目に入るものは、
表の入り口と、男女別トイレがあるくらい、か?」
正直、
店の内装については素人目ではあるけど、
いまのところ文句のつけようがない。
「あとは……」
振り返った先の廊下には、
バックルームと裏口、お風呂と二階に続く階段がある。
二階は住居スペースになっているらしく、
柚月さんと如月さん、他に従業員の方が二名住んでいるらしい。
二階に登ろうとしたら、
柚月さんに
『男子禁制だよ!』
と言われたので、
残りの二人もどうやら女性であることが推察される。
「……なんだ俺のラフテルはここにあったのか。」
俺は店の天井を見上げ、
その先にある桃源郷へと想いを馳せる。
―――キラッ
俺のよこしまな心を消し去ろうとせんばかりに、
お店の入り口のドアから、朝のまぶしい光が零れていた。
「そういえば……、
いつも裏口からで、表から入ったこと、なかったな。」
俺はそう思い立つと
入店口から店の外に出てみることにした。
―――
――
―
店の外に出ると、手前には川が流れていた。
そういえば、この街に来た時に川辺でうな垂れていたことを思い出した。
「あそこと繋がってるのか…。なんだか感慨深いな……。」
水位や幅も、ガサガサが出来そうな感じで、
どんな生物がいるのか個人的に興味をそそられるところではあるのだが…、
それは、また今度、別の時間のある時にじっくりやることとしよう。
俺は踵を返して、
今度こそ「喫茶らぶろあ」を正面から見ることにし―――
「」
……俺はまた、
自分の浅はかさを一瞬で思い知らされることとなった。
例えば、ドア一つ挟んだ先で凶悪で残忍な事件が起きていたとしよう。
しかし、ドア一つ隔ててしまえばそれを知ることは無い。
つまり、店の内装なんてものは、
入店したあとの客が気にする事であり、
入店すらされなければ、気にされる事もない。
俺は何よりもまず、
外観を見るべきだったのだ。
俺の見上げる目線の先には、読みにくいが
店の外観や内装の風格に相応しい文字で書かれた木製の店看板があった。
看板はまるで
「風 林 火 山」みたいな勢いで「ら ぶ ろ あ」
と書かれていた。
「喫茶店どこ行ったんだよ! 書かれてすらないじゃねえか!」
これでは一体何の店かわからない。
いくら日本人でもこのひらがな4文字だけで察しろというのは流石に荷が重いだろう。
看板を見る限り、格式高そうな感じで嫌煙されるか、
老舗のうなぎ屋か何かと勘違いされて入店されるかのどちらかだ。
『ふっふっふ…。
どうやら見つけちゃったみたいだね? マミヤくん』
俺が頭痛を感じていると、
店の中から、更に頭痛が酷くなるような予感しかしない声の主が、
不敵な笑みを浮かべながら登場してきた。
「……ああ、孫子さんはじめまして」
孫氏と言われた柚月さんはキョトンとしていた。
『柚月だよ…?』
「……存じております。」
『それで…、どう?』
再び不敵な笑みで孫氏さんがコチラを見つめてくる。
「どうって、……なにがすか?」
『そりゃあもちろん、この看板だよ!』
「いやぁー……うん。まあ、はい」
『はぁ……。
マミヤくんは感じないかなぁ。この看板からあふれ出る漢気? ってやつ』
「はい。いま体感中です」
『あたしはこう言うのわからないけど、
雪華の言うように、この看板からはなにか、魂の迫力? のようなものを感じてんだ』
いつの間にか如月さんも隣で看板を眺めながら
そうつぶやいた。
みんな「?」ついてんなぁ!
いや、確かに感じるけど。なにかを。
「スー……ッ」
俺は改めて看板をよく見る。
確かに、これが老舗の看板として掲げられていたら
どこの記事で取り上げられても恥ずかしくない、文句なしの出来だろう。
誇らしささえあるかもしれない。
しかしだ。
この旗のもと、実際にあるものはなんだ?
赤髪のツンデレロリメイドが給仕する喫茶店だぞ?
ギャップか? ギャップ萌えなのか? 萌えるか?
いや、確かに良く燃えそうだけど。
「あのすね、二人とも」
『なぁに?』
『ぁんだ?』
「例えばさ、
うな重食べようと思って入ったのに、ナポリタンが出てきたら、どう思います?」
『え……』
『そりゃあお前…』
伝わってくれ、俺の思―――
『ナポリタンもおいしいよ?』
『ばっかお前。あたしのナポリはうな重よりウマいんだが?』
っくそ…!
ダメだこいつら俺が何とかしないと。
俺は頭の重さがこれ以上増える前に、
二人を店内に引き戻して、テーブルに座りながら、
ゆっくりと丁寧に、
現状のお店の問題点とギャップについて説明した。
「―――なので、
店の看板を、もっと喫茶店っぽくするのがいいと思います。」
『ぇええええ! で、でも漢気が…!』
「喫茶店に漢気はいらないよ。柚月さん」
『ぇええー…。風林火山!って感じでかっこいいのに…。』
俺は、
いじけている柚月さんをしり目に、如月さんに問いかけた。
「看板って、もともとあったんですか?」
『ん? …いあ。町内の大工に銀って名前の変わりモンの爺さんがいてさ、
ソイツに作ってもらったんだ』
「そうなんですね。なるほど…」
「変わりモン」というところを気にするべきなのだろうが、
顔見知りのようだし、如月さんと一緒に行けば、
まあ、大丈夫だろう。
「それじゃあ、さっそくで申し訳ないんですが、
そこに連れて行ってもらえますか?」
こと飲食業に関しては、まさに時は金なりと言ったもので、
早めに動くに越したことはないだろう。
『いあ。あたしじゃダメだ。
……行くなら雪華と行ってきてくれ』
「え。それはまたなんで……ですか?」
如月さんは、
何かを思い出して、ちょっとイラっとした感じで
『行けばわかる』
と言って、キッチンの方に向かっていった。
どうやら「変わりモン」というだけあって、
その銀という爺さんにはなにかあるらしい。
しかし、看板を作ってもらうにしてもなんにしても、
費用が幾ら掛かるのかもわからないのだから、
少なくとも、見積もりの話だけでも聞きに行かねばならないだろう。
「……柚月さん」
『ぅん……』
俺は近日中に戻ってくるであろう敷金礼金を目当てに、
柚月さんに交渉を求めた。
「いろいろお詫びもかねて、
今度、何か奢るので連れて行ってもらえないでしょうか…?」
その言葉に柚月さんはぴくッと反応を示した。
『本当に……? なんでもいいの?』
……はて。
何でも。とまでは言ってなかったはずだが。
「出来る範囲で、善処します。」
その言葉を聞いて、
ぱぁっと顔が明るくなった。
『じゃあお肉にしよ! マミヤくん知ってる?
お肉ってね。衣食牛に例えられるくらい暮らしに大切なんだよ?』
彼女はどや顔でそう言い捨てた。
どうやら彼女には、
人が生きるために欠かせない要素の中に住処は含まれないらしい。
とにかく俺は、
大工の銀さんの所へ案内してもらうため、柚月さんと二人、店を後にした。
そんな俺たち二人のやり取りを遠目から見て、
如月さんは、鼻で笑っていた。
■あとがき
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