第3話:最後のオムライス
『―――なんだぁ。そうだったんだぁ』
青髪の子は頬をかきながら、
えへえへ。と照れたように笑った。
「あ、あはは……」
危うく人権を失って神権を得る寸前だった俺は、
赤髪のメイドさんが事情を説明してくれたおかげで、
どうやら俺に向けられていた誤解について、少しは薄れてくれたらしい。
『あ。わたしの名前は柚月雪華っていうの! よろしくね』
「僕は、真宮孝一です。
さっきの、あの、赤髪のメイドさんに先ほど公園でお世話になりまして―――」
―――カチャリ。
『その、赤髪のメイドさんってやめろ。…「如月紗姫」だ。』
そう言いながら赤髪のメイドさん…、もとい、如月さんは
俺の前に料理が乗った皿を置いた。
皿の上にはケチャップでハートが描かれた、妙に可愛らしい存在感を表していた。
…性格はキツそうなのに、
案外、根っこはものすごく可愛い人なのかもしれない。
『……お前いま、性格キツそうって思っただろ』
「そんな…! 失礼なこと思うわけないじゃないですか…。」
俺は相手に不快感を与えない程度に、
不服感を出してそう答えた。
…俺を神格化するよりも、
この人の方がよっぽどじゃないのか…?
「そ、それより、いいんですか? 僕までごちそうになってしまって…」
目の前に料理が出された以上、いまの俺の空腹からは、
もう「食べる」か「食す」以外の選択肢は頭に無いのだが、
一応、念のため。俺は自分の中に残されたカケラ程度の余裕を見せつつ、
確認を取ることにする。
『…あぁ。”オーナー”に、感謝するんだな。』
喫茶らぶろあのオーナー…。
それはつまり―――
『え、えへえへぇ……。そんなに見つめられるとなんか照れちゃうね』
…まことに信じ難いことだが、
俺の目の前でもじもじへらへらと笑っている青髪の少女、
柚月さんこそ、この喫茶店のオーナーその人らしい。
情報の信ぴょう性云々はひとまず脇に置いておいて、
俺はとりあえず、素直に頭を下げることにした。
「ありがとうございます…。
こんな時間にいきなり押し掛けた、
僕みたいな得体のしれない人間なんかに、ここまでしていただいて。
なんとお礼を言えばいいか…。」
『気にしない気にしない。
それにね、ご飯ってみんなで食べるとおいしいんだよ。知ってた?』
「そう…なんですね。あまり大勢で食べる機会がなくて…。」
『そうなんだ! …わたしもね。最近知ったんだぁ』
そう言って、
彼女は小さく、微笑む様に笑った。
「……。」
俺はしばらく、
自分でも気づかないうちに、その彼女の笑顔に釘付けになっていた。
―――ぐぅううううう
冷静なのは空腹だけだった。
夜の静かな喫茶店に、
誰とも知らない、どこかの誰かの、何とも間の抜けた腹の音が響き渡った。
「・・・・。」
俺の腹の音だった。
『…ぁ! ごめんね! お腹空いちゃってるよね。食べよ食べよ!』
うんうん。と頷きながら、
柚月さんはそう言ってスプーンを手に取り、
いただきます。のポーズをとった。
渡りに船と思い、俺も後に続こうとした。
『待て』
「あ、はい」
反射的にスプーンを置いた。
その時の俺は、さながら飼い主に怒られた犬みたいに素直だった。
なん……だろうか。一体。
もしかして俺は、自分でも気づかぬうちに、
また、何かやらかしてしまったのだろうか。
「・・・・。」
思えば、他人様の家でご飯を頂く。なんていうイベントは、
俺のこれまでの人生では経験することがなかったため、
もしかしたら、期せずして失礼を働いてしまった可能性はあるかもしれない。
…なにはともかく、
まずは謝罪の意を示すことにしよう。話はそれからでも遅くないはずだ。
「あの、すみません。なにか失礼をしてしまっていたら―――」
『まだおいしくなる魔法をかけてねえ』
「もうしわけ…ぁりま…せ……ん?」
そう言って、赤髪メイドの如月さんはぶっきらぼうな顔をしながら、
その小さな両手で可愛らしいハートの形とポーズを作った。
そして俺の慎ましやかな脳みそは、
静かにその機能を停止した。
『おいしくなーれ、ラブちゅっちゅっ』
俺の脳みそがスタックフリーズしている間も、
赤髪メイドさんはぶっきらぼうな顔をしながら、
ハートフルな魔法…というよりも、
どちらかというと、傍から見たら呪文や儀式の類を唱え続けていた。
青髪の少女はそれを見て、
「さっちゃぁん! 今度はコッチコッチ! はやくはやくぅ!」と、
赤髪のメイドさんを急かしていた。
赤髪のメイドさんはメイドさんで、
かったるそうに、さっきの呪文を唱えるために向かいの席まで移動していた。
「……ぁ。ああ! なるほど。」
俺は自身の中で、思考がやっと情報を処理しはじめたことを実感し、
それと同時に導き出された結果に深い感動を覚えていた。
点と点が結びつく感覚。というのは
きっと、こういう感じのことを言うんだろう。
「ここ、そういうお店なんですね」
『……ぁあ? 何言ってんだお前』
如月さんは困惑顔で首を傾けながらも、
すでに両手はハート型にしながら、いまにも呪文を解き放ちそうな
いで立ちで俺のことを見てくる。
「え…。だって、おいしくなる魔法ってアレですよね?
コスプレしたメイドさんがやってるという…」
『コスプレ……? いや、これは雪華がコッチではこれが普…通だ…って』
そう言いながら、
如月さんは柚月さんに目線を落とす。
その視線を受けた当人、柚月さんは、
すごい速さでぷいっと顔を背けた。
『―――は? …っく!! っグググ…!!』
途端、怒りからなのか、それとも恥ずかしさからなのか、
如月さんは顔が真っ赤になっていた。
『あ…、あのぉ…、さっちゃ』
『……やらねえ』
『お、おいし…』
『や! らー! ねー! え!』
そう言い捨てて、
ドカドカとした足取りで、如月さんは厨房へと引き返していった。
『あぅうう…』
柚月さんはその背中を半泣きで見送りながら、
オムライスをこれまた半泣きしながらも、
「おいひぃ…おいひぃよぉ……」
と、その小さい口に相応しいくらい、ちびちびと口へと運んで行っていた。
「・・・・。」
ふぅ。
今日一日、想定外の連続だったからか、
落ち着けた。と感じた途端、心の安寧とともに、疲れも一緒に押し寄せていた。
……さて。
しばしのこの静寂に浸っているのも悪くはないのだけれども、
脳力も徐々に回復してきたところで、
俺もいい加減、ご相伴にあずかろうと思う。
せっかく温かい内に料理を配膳してくれているのに、
冷めてから食べるのは、あまり良くないだろう。
それにだ。
俺は目の前に出されている、オムライスにチラリと視線を落とす。
「・・・・。」
何を隠そう、
このオムライスは、あのぶっきらぼうな性格をしたメイドさん
如月紗姫さんの「おいしくなあれ」の魔法がかかった、
いまとなっては、生涯で最後となってしまったかもしれない、
この世でただ一つの、特別なオムライスなのだ。
そう思うと俺は、若干の優越感に浸りながらも、
金色の卵とケチャップの赤が織りなすコントラストを優しくスプーンですくい取り、
いま、その味を噛みしめ――――
『……違う。』
「……はい?」
『このオムライス、チガウ、さっちゃんのラブがちゅっちゅされてない…。』
「・・・・。」
そう言って、
青髪の少女は、俺のオムライスを恨めしそうな目で凝視していた。
そして、俺の脳力は再びリソースが枯渇し、
本日、何度目かのフリーズを経験しそうになっていた。
あぁ…、お母さん。
日本語ってやつは、本当に難しいです。
「・・・・交換。します?」
俺は若干ひきつった感情を気取られないよう、作った笑顔でどうにか隠しながら、
恩人である青髪の少女に対して、
いまの俺ができる精いっぱいの恩返しを提案するのだった。
■あとがき
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