第8話:黒いペンキ
「――くそ、結構あるな」
俺は、自分の目を細くしながら一枚の紙切れを睨みつけていた。
これは、ただの紙切れではない。
そこには、老大工が生前最後に言い残した看板の材料が記されているのだ。
「それ書いたのマミヤくんだけどね。――あ! というか、まだ銀さん亡くなってないよ!」
隣で、柚月さんがツッコんだり怒ったりと忙しくしている。
まだ。というあたり、どうやら彼女にも思うところはあるらしい。
ふぅ。俺としたことが、もう心を読まれるのも慣れたものだ。
「わたしが心を読んでるんじゃなくて、マミヤくんの顔に出てるだけなんだけどね。――ほら、マミヤくん、単純だから」
まだ知り合って三日目だというのに、この小娘は一体ぜんたい俺の何を知っているのだというんだろうか。
――あぁ。そうだった。そういえば一度、お互いのすべてを曝け出していたのだった。風呂場で。
いけいないいけない。忘れてしまうところだった。
「……なんか、良くないこと思い出そうとしてるでしょ。マミヤくん」
柚月さんが疑念と軽蔑のまなざしで俺の事を見てくる。
しかし、そんなことはさておきだ。
問題はこの紙に書かれている内容だった。
いましがた、ざっくりとではあるが、材料費の見積もりをスマホでしてみたが、だいたい六千円くらいになるらしい。
……おいおい。ネットでポチれば二千円だったのに、三倍近い値段になっているじゃないか。
俺がZ世代なら、今ごろソファで茶をしばきながらクロネコムサシの追跡ページを連打しているところだぞ。
爺さんも柚月さんも、俺がZ世代じゃなかったことに感謝すべきだろう。
――って、あれ。
お金のことを考えてから、俺は首筋に嫌な感じがした。
アレ……、そういえば俺っていま、一文無しじゃなかっただろうか。
今日は見積もりと発注で現金を使うつもりは一切なかったから、そのことをすっかり忘れてしまっていた。
お金が無くては材料を買う事もできない。
ここまで来たけど、やはり諦めざるを得ないのだろう。うんうん、俺はよく奮闘したよ。
まあ、ただ、あえて可能性を自ら提示するならば、これは俺の私物ではなく、喫茶店の所有物になるのだから、柚月さんに経費として出してもらうのもまあ、無しではないだろう。
「どしたのマミヤくん。困りごと? お腹痛い? なんか拾って食べちゃった?」
このムスメは、まさか俺のことを小学校低学年生と勘違いしてるんじゃないか?
「……子供じゃないからそんなことしないよ。柚月さん」
「!! ――そ、そうだね。子供……じゃなかったもん、ね」
柚月さんは何かを思い出したのか、自分の顔に手を当てて頬を赤らめていた。
……おいおい、ちょっと待て。一体何を思い出している。
「――ば、ばか! マミヤくんのえっち!」
「何も言ってないのに一方的に罵倒された!?」
……え、待って。これ俺が悪いの?
いや。いまはそんな事よりも。
たとえ、柚月さんの想像の中でフルチンをかましているであろう俺のことなんかよりも、いまは現実の状況を話さないと話が進まないだろう。
「あの、そんな事よりすね。柚月さん。実はいまちょっとおか――」
――ブーブー
その時、俺のスマホがブルブルとポケットの中で震えた。
俺はズボンのポケットからスマホを取り出して画面を表示させた。
ロック画面を見ると、何のことはない。どうやら自動送信のメールを受信しただけのようだ。
ただ、俺はしばらくスマホの画面を眺めていた。
「マミヤくん、お腹だいじょうぶ……?」
「……はい。たったいま、大丈夫になりました」
それは、poypoy銀行からの自動送信メールで、件名には『振込入金のご連絡』と書かれていた。
どうやら、二重契約になっていた賃料やら敷金やらなんやらが不動産屋から振り込まれたようだ。
……タイミングが良すぎる。もう数時間あとに通知してくれてもよかったのだが。
「そか! それならよかった! ――あ! ほら、ついたよマミヤくん!」
柚月さんが指をさすと、これまたタイミングよく本日の目的地であるホームセンターへと到着していた。
結果から見れば、すべてつつがなく話が進んでいるようにも思える。
どうやら、世界は何が何でも俺に黒板看板を作らせたいらしい。
……仕方ない。それが世界の答えだというならば、俺は自分の役割に徹して、物語を進めることに努めようじゃないか。
なんて、そうカッコつけてみたものの、実際はお金が戻ってきて気分がいいだけだった。
「――さて、じゃあ看板の材料を探しましょうか」
柚月さんの元気のいい『おー!』という相槌とともに、俺達はホームセンターへと、いざ入店した。
* * *
「マミヤくんそっちあったー? こっちにはなかったよぉ!」
「いやー……、ないすね……。困ったな」
粗方の材料は見つけることが出来たのだが、最後の一つ、要である黒板塗料がどこにもなかった。
店内にあるのは知っているし、おそらく陳列されていたであろう棚も見つけていた。
お店の人にも聞いてみたが『そこになければ無いですね』という、全国どこでも聞けるようなありがた~い返答がかえってきていた。
「いや、まじで困ったな……。塗料が無かったらこんなの他の材料がいくつあっても意味ないぞ……」
俺はかごの中に無造作に投げ込まれている木材やら丁番やらに目を落とした。
「そんなぁ……。うぅ……。マミヤくんと一緒に作るの、楽しそうだったのにな……」
柚月さんはうつむいて肩を落としていた。
……恩人のこんな姿をみて、そのままでいられるほど俺も男を捨てたつもりはなかった。
スマホを取り出して、近くのホームセンターの場所を探したり、売っていそうなところを検索する。
……だがしかし、その甲斐も虚しく、周囲に他の店はなく、塗料にいたっても売っていそうなお店はなかった。
となると、いま考えられる有効な方法は二つだ。
黒板塗料だけネットで購入するか、銀さんのツテを頼ってどこかの工務店やらデザイン会社やらから譲ってもらうか、だ。
速度だけなら、いまからツテを探すよりもネットで注文してしまった方が早いだろう。
しかし、それだと結局、最初から看板を注文してしまった方が良いという結果になってしまう。
でももうこの際しょうがないか……?
どうしたものか――と、俺と柚月さんが陳列棚の前でたむろしている時だった。
「――よいしょ」
一人の男性客が少し重そうなアルミ缶を棚に戻したと思ったら、そのまま無言で去っていった。
俺と柚月さんは、その姿を横目で見送ってから、そのアルミ缶を無言でかごの中に入れてレジへと向かい、無表情で会計を済ませてホームセンターを後にした。
* * *
「買えた――ね」
「……ですね」
本当に今日はなんなんだ?
三月も終わりで、もうじき四月になろうというこの時に、雪でも降るとでもいうのだろうか。
ともあれ、材料をすべて揃えることが出来たのはラッキーだったと言わざるを得ない。
俺はスマホの時間を見ると、時刻はまだ、お昼をちょっと過ぎたぐらいだった。
「何か食べてから銀さんの所に戻りますか?」
その言葉に、柚月さんがぱあっ!と顔を明るくした。
「いくー! 何食べよっか、マミヤくん」
「どこ行きます? お肉がいいんでしたっけ」
「えっとねー…、――あ! じゃあ、あそこ! トラゼリヤ!」
トラゼリヤ。通称トラゼ。
全国展開するイタリアンレストランのチェーン店だ。最近は海外展開もしている。
「いいすね。僕もトラゼ好きなんで、行きましょうか」
俺と柚月さんはトラゼに入店し、各々が食べたいものを注文した。
約束通り、今回は俺の奢りだ。
* * *
「――おいひぃ。おいひぃようマミヤくん!」
トラゼで喜ぶ彼女こと、柚月さんはデザートのイタリアンプリンにご執心のようだった。
「そいつはよかったです」
俺はスマホで会計金額を見る。
四千円ちょい。トラゼで四千円は結構豪遊している。
「ひょいパク。ひょいパク。――うぅん!」
よくもまあ、そのちっさい口でよく食べるものだ。
まあ、ホムセンでの材料費と合わせても一万円ちょいの出費。いまの俺には痛くもかゆくもない。
俺はもうお腹いっぱいだったので、しばらく柚月さんが食べ終わるのを見ていた。
その視線に気が付いたのか、柚月さんが動揺の声を上げる。
「――! だ、だめだよマミヤくん! そんなに見てもこの250円はあげないんだからね……!」
安い! さすがトラゼ! そこに痺れる憧れ――いや、まて言うほど安いか?
そして……いらん。
それよりも俺は、喫茶店に来た時の夜の事を思い出していた。
いま思い出すと、あのオムライスのスプーン、間接キスだったなぁ。
あぁ、惜しいことをした! もし、あの時気づいていれば! 間接ベロチューくらい入念に舐めたというのに。
「……またなんか、良くないこと思い出そうとしてるでしょ。マミヤくん」
「僕のことなんかに気にせず、そのままプリンを食べててください」
しかしどうやら、俺の考えが顔に出ているというのは、あながち間違いではないのかもしれない。
今の俺は、明らかにふしだらな顔をしていた。その自覚があった。
「……はぁ。まったく、しょうがないなぁ、マミヤくんは。――はい」
『あーん。』そう言って、何を勘違いしたのか世話付きのユヅえもんはスプーンでプリンをすくって俺に差し出してきた。
「一口だけだからね! これで終わりだからね!」
彼女の姿を見ていると、俺の中では恥ずかしさや動揺よりも、おもわず鼻で笑ってしまうような、そんな小さな愉悦が勝っていた。
……一万円か。安いもんだ。
俺は断腸の思いで差し出されたであろう、そのプリンを一口頂いて、その味に舌鼓を打った。
「はい! おしまい!」
そう言って柚月さんはプリンをスプーンを引っ込めると、残りのプリンを急いですくって口に運んでいた。
俺は彼女が食べ終わるのを待っている間、トラゼの間違い探しをすることにした。
――途中。
彼女がスプーンを口に入れたままフリーズしたように見えたが、俺は気づかないふりをした。
まったく、何をしているんだか。俺たちは。
■あとがき
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