『異世界主人公が増えすぎて、ついに整理券が導入される』
異世界転生作家が増えすぎた。
もはや世界は、異世界主人公で溢れ返り、人口は爆発。
農地は転生者で耕され、城はチート持ちで占拠、冒険者ギルドは勇者で行列だ。
──ついに神は決断した。
「異世界のバランスを崩すのは、人間ではなく“作家”だ。
奴らが生み出した主人公を、今すぐ抹消せよ……」
そのために選ばれたのが、一人の男。
勇者ノベル。
「はぁ……やっぱりな」
ノベルは鼻くそをほじり、ため息をつく。
「異世界ってのは本来“可能性”の舞台だろ。
なのに今じゃ“テンプレ製造工場”じゃねぇか。
俺なんかタイトル見ただけで、ストーリー五巻先まで予想できるぞ。
”俺は追放されたけど実は最強で……”──はいはい、もういいっての」
その隣で、神が杖を投げ捨てる。
カラン……。
白銀の杖は地面を転がり、神は深くウンコ座りした。
「もー無理…肺がもたん」
そう言うと、胸元からタバコを取り出す。
カチッ。
火花と共に、神の顔が朱に照らされる。
「……神様ごっこなんざ、もうやってられん。
一日、何箱吸わせる気だ。
いいかノベル、お前に使命を与える」
紫煙を吐きながら、にやりと笑った。
「異世界転生主人公どもを──地球に帰してこい」
ノベルは鼻をすすり、指先でタバコの灰を弾く神を見た。
「神……ようやくお前も気づいたか。
明らかな二次創作を“オリジナル”って言い張る奴らのせいで、
真面目に書いている奴らの『物語』が埋もれてるってな。
内容すら見られないまま」
神と勇者は、同時に口角を吊り上げた。
「さぁ、勇者狩りの始まりだ」
神は勇者ノベルに告げた。
『じゃあ、ノベル。
始まりの街に行ってこい。
……何をすべきか、わかっているな?』
ノベルは鼻で笑い、肩をすくめる。
『ああ。奴らの思考回路なんて、もうテンプレだ。
最初は決まって……“スライム退治”か“ゴブリン狩り”だろ?』
光が弾け、ノベルは転移した。
そこは、いつもと変わらぬ“始まりの洞窟”。
見渡せば、入口前には勇者たちの列ができ、武器を握りしめながら出番を待っている。
ノベルは溜息をついた。
洞窟の入口に近づいた彼の視界に、異様な日常が飛び込んできた。
勇者の行列の先頭には、立て札と小さな机が置かれている。
机の上には木箱がひとつ。そこからは紙切れがはみ出していた。
勇者たちは真剣な表情で、ひとりずつ紙を抜き取っては腰袋にしまい、また列に戻っていく。
ノベルは眉をひそめた。
「……出た、出た、整理券。」
列の横で必死に声を張り上げる係員がいた。
「本日、ゴブリン狩りはお一人様一回まで! 整理券がない方は、また明日お並びくださーい!」
勇者のひとりが抗議する。
「俺は“追放されたけど実は最強”なんだぞ! なんでゴブリン退治にまで整理券が必要なんだ!」
「申し訳ございませんが、先日、200人以上が一斉に突っ込んで洞窟崩落しかけました、安全管理義務にご協力ください。』
ノベルは煙草をくわえ、呆れたように吐き捨てる。
「……異世界も落ちぶれたもんだな。勇者が多すぎて、ゴブリンより人間の方が整理されてやがる。」
そう呟くと、彼は商店街に向かい、カンバスと絵筆を買い込んだ。
洞窟の入口にイーゼルを立て、指先で魔法陣を描く。
「――可視化レベル10以下、展開」
光が走り、布に浮かび上がる文字。
やがてそこに、大きく張り紙が現れた。
『こちらの洞窟のゴブリンは、すでに狩り尽くされました。
冒険者の皆様は、別のクエストをお探しください。』
勇者たちは一斉にざわめき、戸惑い、足を止める。
ノベルは煙草を咥え、何も言わずその場を後にした。
神から声が届く。
「良い嫌がらせだな、性格の悪さが滲み出ている。
どうせ、俺に監視させて、レベルごと振り分けさせるんだろ?」
「分かってるじゃねーか…
俺は別に行く所がある、後で情報をくれ」
ノベルは闇ギルドにやってきた。
「ご機嫌麗しゅう、引き立て役共。」
ガラの悪い闇の住人は、ノベルを一斉に睨め付けた。
彼は続ける。
「闇ギルドマスターは誰だ…
仕事を頼みたい。」
ギルマスが前に出た。
「何をやって欲しい、殺人、強盗、人身売買、何でもやれるが、金は高くつくぞ」
ノベルはバーカウンターに肘をついた。
「俺は、異世界転生を終わらせたいんだよ。
勇者、聖女、魔王、オッサン、コイツらを欲望の元、汚い世界に引き込みたい。
お前達に頼みたいのは、ハニートラップ、イケメントラップだ。
出会い系サイトを運営しろ…」
ギルマスは不敵に笑った。
「お前、なかなかに話が分かる奴じゃねぇか…」
「そうだろ…
それから、もう一つ頼みたいことがある」
「なんだ?」
ノベルは自分の顔面を鷲掴みにした。
「何でだろうな…
異世界転生してくる奴らは、基本的に綺麗すぎる顔面を手に入れる。
しかし、最近は、オッサンが無双するテンプレが流行り出してな、それをなんとかしたい」
ギルマスは腹を抱えて大笑いした。
「お前、本当に勇者か? どう見てもこっち側の人間だろ!」
ノベルはバーカウンターに腰を下ろし、勝手に酒をあおる。
「無自覚最強だの悪徳令嬢だの、塔だ、ハーレムだ……どいつもこいつもパクリばっかりだ。」
ギルマスも杯を手に取り、口を湿らせる。
「気持ちは分かる。だがな、ビジネスの現場でもそれは同じことだ。
一発目から当たりを引ける奴なんてそうはいない。
誰かが築いた市場を観察し、見込みを測って、アイデアを真似し、スピードで叩き潰す……それで市場を独占するんだ。」
ノベルは鼻で笑った。
「汚ねぇ生き様だな。」
「まぁ、そう言うな。」
ギルマスの声は低くなる。
「企業は利益のためにある──奴らはそう思い込んでいる。
所詮、事業なんて社長の自己満足の延長だ。
”お客様のため”だの、宗教じみたことを言いながら……最後に残るのは”自己救済”だ。
それすら認められない経営者が、この世界にのさばっている。」
ノベルは久しぶりに酒をあおり、静かにグラスを置いた。
「お前、話がわかるじゃないか。この店は……何のためにやってるんだ?」
ギルマスは薄く笑い、酒を継ぎ足す。
「決まってんだろ。全部、俺の私利私欲のためだ!!
ここにいる連中は、社会からはじき出されたアホばかりだ。
その家族も仲間も、この国に見捨てられかけてる。
俺はそいつらのためにやってるんじゃねぇ。全部、俺が気持ちよくなるためにやってんだ!」
ノベルは鼻で笑い、グラスを傾けた。
「ようは、お前はそれしか出来ねぇってことだな。
それこそが──お前の存在意義ってやつだろ?」
ギルマスは一瞬の沈黙の後、うなずいた。
「ああ、俺にはこれしかできねぇ。
だが、これだけは命懸けで通す。これが俺の存在意義だ。」
ノベルはゆっくりと立ち上がり、背筋を伸ばす。
「……お前、最高だな。
一緒だよ。俺の存在意義も、この腐った世界をぶっ壊し、
俺の物語を一方的に叩きつけることだけにある!」
ノベルは店内を見渡し、声を張り上げた。
「お前ら! 俺と共に世界を壊せ!!
俺たちの手にリアルを取り戻す」