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「!」


 近くに落ちたのか? 体に直接響くような、重苦しい振動を感じた。

 いつの間にか眠っていたらしい。

 先程の雨はより強く、激しくなっていた。

 雷鳴と雷光が繰り返される。

 よくこんな状態でわたしは眠れていたものだ。

 レースのカーテン越しでも、この稲光はかなり気になるのだが。


 ——そういえば。

 何か夢を見ていたような気がする。

 雷が鳴り響き、土の腐臭が鼻腔をくすぐるような、妙に生々しい夢。

 しかし、目が覚めると同時に、その詳細が水のように指の間からこぼれ落ちていく。

 嫌な気分だけが、粘りつくように胸に残っていた。まるで、今も肌のどこかに、あのぬるりとした感触が張り付いているかのようだった。




 母が呼んでいる。

 夕食の時間だ。

 さっきクロワッサンを食べたばかりだが、これ以上、母の機嫌を悪くしたくはない。

 それに、この得体の知れない不快感から、少しでも逃れたかった。

 そう思えば、自然と体はベッドから起き上がり、足はキッチンへと向かっていた。




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 食事中の母はいつもの母だった。

 さっきのことなど気にかけてもいない、いや、そんなことがあったことすら感じさせない様子だった。

 母は午前中、祖母の家を訪れていたという。

 なんでも、以前祖母から借りっぱなしになっていた本を返しに行ったとのこと。祖母が『そろそろあの本を返してほしいのだけど?』と急に言ってきたらしい。

 慌てて探し出して持っていったら、帰り際に大雨。折り畳みの傘は小さめで、服が濡れてしまったとぼやいていた。

 それでも、持たされた手土産が、有名どころの“無花果の大福”だったので、これはこれで嬉しいと顔を綻ばせていた。


 夕食後に出された真っ白な大福。

 せっかくなので、母はSNSに上げると言い出し、大福を一つ、とても綺麗に二つに切り分けた。

 白と赤の対比が絵になる和菓子。真っ白な求肥に良く熟れた無花果の少し黒みががった赤色が、甘美な誘惑のようにあの本の表紙を連想させる。


 ——また、そんなことを考えている。


 どうしても思考があの本に行ってしまう。

 一体、わたしはどうなってしまったんだろう。




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 もう外の雨は止んだはず。それなのに、シャワーの音が雨音に聞こえてしまう。目を閉じてシャワーを浴びていると、急に雨の中を歩いているような感覚に陥った。

 大雨の中、傘もささず、暗闇の中をとぼとぼと。何故か既視感のある風景が頭に浮かぶ。


 ——馬鹿らしい。


 自分の妄想に呆れてしまい、シャワーを止める。

 ふとその手元を見ると、傷口がまた開いている。指先から滴る水滴が鮮やかな赤に染まっていた。


 どくり


 背中が疼く。

 傷などないはずなのに、何故か背中に違和感がある。

 鏡越しに背中を確かめれば、いつもより痣が浮き上がっているように思える。

 いや、待て。なんだか、皮膚の下で何かがうねるように、じわりと、あるいは微かに脈打つように、蠢いているような......。


「ヒッ」


 声を上げてしまった。

 待て、冷静になれ。そんな馬鹿なことがあるはずがない。

 ただの痣だ。皮膚に色がついているだけ。それが蠢くなんておかしすぎる。


 一度強く目を瞑り、心を落ち着かせて鏡を再び確認する。


 大丈夫。ただの痣だ。動いてなんかいない。


 でも......。


 こんなにどす黒い色をしていただろうか? まるで、血の塊が凝り固まったかのような、禍々しい赤黒さだ。

 鏡越しにしか確認できないのがもどかしい。




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 風呂上り。いつもの習慣で手は自然と冷蔵庫のドアを開けている。


「!」


 驚いた。

 開けて最初に目に入ったのは、一面に並ぶ赤い缶ビールだった。

 母が買ってきたのだろう。最近気に入っている銘柄だというが、まるで何かの儀式のように赤い缶ビールが大量に並んでいた。その光景は、わたしの目に、まるで血が満たされた祭壇のように映った。

 何でこんなに......と、ついぼやきたくなる。缶ビール以外に目ぼしいものは......牛乳だけだ。

 トマトジュースは母が飲み切ったらしい。昨日の紙パックは見当たらない。


 何故かトマトジュースがないことにホッとしている自分に気づく。


 ——変なわたし。


 何も飲みたいものがない。仕方がないのでグラスに水を汲み、一気に飲み干した。




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