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 ■■■■■■



 降り続く雨音が気に障る。

 母を不快にさせてしまったこともあり、このままリビングに留まる気も失せてしまう。


 部屋にこのまま戻ろうと腰を上げた、と同時に、片づけていない食器が目に入った。


 ——洗っておくか......。


 小皿とマグカップを手に、キッチンへ向かう。

 洗剤をたっぷり泡立てて、シンクにある食器を洗い始めた。

 わたしが使った食器以外に、母が使ったものも一緒に洗う。

 いつもなら母が洗い物もせずに外出することはない。余程焦って出掛けたのだろう。

 アルバムが目立つ所にあったのもそのせいかもしれない。

 母はフルーツを食べたようだ。果物ナイフがシンクに置いたままだ。

 シンクの中が泡にまみれ、レバーを倒して水を出す。

 蛇口から流れる水音と、外の雨音が重なって、ますます心がささくれ立つ。


 つっ!


 流れる水に、鮮やかな赤が混ざる。

 泡で隠れて、果物ナイフの刃に気づかなかった。


 指先の怪我は大したことがなくても妙に痛むし、血が止まりづらい。

 慌てて洗い物を済ませ、指先の手当てをする。


 絆創膏から、じんわりと血が滲み出す。

 背中の痣も、もし傷だったら、こんな風に血が滲み続けるのだろうか......。


 何を考えているのだ、自分は。あの本を手に取ってから、ずっと頭の中がおかしい。あれが、わたしをこんな思考へと追い込んでいるのだ。


 はぁ、まったく今日はついていない......。





 ----------



 部屋に戻り、ベッドに向かう。

 ごろりと仰向けに寝転がり、両手を広げた。


 痛っ!


 先程切った指先が壁に当たってしまった。

 本当に、自分は何をしているのだろう。


 手元にカバンを引き寄せ、例の本を手に取る。

 最後まで読む気も起らず、昨夜はそのまま寝てしまった。

 結局、返すことも出来ず手元にあるのだが、どうしたものか。

 触ると何故か冷やりとする臙脂色の表紙。

 指先から滲む色と同じだ。


 あっ、いけない......。絆創膏から少し血が。

 本についてしまったのではと焦ったが、表紙の色が色である。

 薄暗い部屋の中では、はっきりしない。


 ——まぁ、いいだろう。返す時に謝ることにしよう。




 ----------



 雨音がする。

 さっきより大きい。これは土砂降りか? 遠くで雷鳴も轟いている。


 って、ここはどこだ。

 わたしはさっきまで自室のベッドにいたはず。

 何故、わたしは外にいる?


 目の前に広がるのは森なのか。随分と木々が鬱蒼と茂っている。

 水に濡れた草木の匂い。生臭く、そして土の何とも言えない腐臭も合わさり、かなり不快だ。

 木々の間から、上から水が落ちてくる。肌に張り付くような重い水滴が、容赦なく体を濡らしていく。

 鬱蒼と茂る葉を伝うように落ちる水は、雨とはまた異なる不思議な落ち方をしていた。


 何故かわたしはこの森の中を傘もささずに歩いている。

 濡れた草を踏むたびに、ぬるりと滑るような感触がある。

 激しく降る雨音の割に、葉陰から落ちる不規則な雨音は不協和音のように響く。


 こんな天候の中、わたしは何処へ向かっているのだろう。


 森を抜けた先に灯りが見える。

 ロッジといえばいいのか。避暑地や人気のキャンプ場にありそうな丸太造りの建物だ。

 建物を目にし、わたしは足早になっていた。

 どうやらわたしはそこを目指しているらしい。


 森を抜けて、ふと気づいた。

 ああ、傘をさしていないのではない。させないのだ。

 片手にずっしりと重い大きなカバン。もう片方には小さな子供の手が。

 その手を決して離すまいと、固く握りしめているから、傘をさすことなどできやしない。


 雷鳴が近い。

 森の中も暗かったが、森を抜けても雨と雨雲で夜闇と変わらない。

 ロッジの灯りが目立つ分、闇が強調されてしまう。

 雷鳴と雷光が交互に繰り返される。

 その瞬間の光で周りが一瞬だけ見渡せる。


 繋ぐ手の先——子供を見れば、それはわたしだった。




お読みいただき、ありがとうございます。


ホラーと呼ぶべきか迷いますが、もしこのような不穏な話に興味がおありでしたら、下記の作品もぜひご覧ください。

『あるかなの戯言』ep.4 恐怖と安堵の狭間 https://ncode.syosetu.com/n3238kb/4/

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