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エルミナ  作者: ぱいちぇ
1/1

Veritas

構成練るの楽しくて思ってた5倍かかっちゃった



母さん!見て、星がいーっぱいっ!




ねえ、母さん?




……なんで、泣いてるの?


 


第1話:Veritas ―真実―


 


「今日もバイト疲れたなぁ〜」


いつも通りの駅前のロータリー。

学生、サラリーマン、買い物帰りの主婦たちが行き交う。


オレンジ色の夕陽が、ガラスのビルに反射して、静かに沈んでいく。


誰もが黙って歩いている。

それぞれが、それぞれの日常に帰っていく──この“空気”が、僕は好きだった。


 


久遠くおん 真価しんか、17歳。


中学卒業後すぐ、親に勧められてアメリカに留学した。

正直、期待なんてしていなかった。むしろ、断るのが面倒だっただけ。


でも、行ってみて分かったことがある。


僕は、日本が好きだったんだってこと。


 


ニューヨークは自由で、派手で、刺激的で、どこか“全部がぶっ壊れてる”感じがした。

電車はしょっちゅう遅れる。3時間待ったバスが結局来なかったこともあった。

日本のようなコンビニもなければ、ラーメンは一杯3000円。


最初は「これが海外か」と思った。

でも慣れるどころか、どんどん心が擦り減っていった。


そして、日本の音、日本の味、日本の優しさが恋しくなった。


 


帰国の日。飛行機の窓から見た東京の街は、

僕にとって“世界でいちばん安心できる景色”だった。


あまりにも懐かしくて、あまりにも綺麗で、

気づいたら涙が止まらなかった。


「ああ、帰ってこられたんだ」


そう思った瞬間、何かが弾けた。


 


──でも、現実はそんなに甘くない。


 


僕はいま、高卒認定のための塾に通っている。

正直、もう学ぶべきことなんてほとんどない。


じゃあ、なんで通ってるのかって?


親が、安心するからだ。


 


うちは、父親がかなり厳格。

「筋を通せ」「恥ずかしいことをするな」「周りに迷惑をかけるな」


正しいけど、正しすぎて、どこか人間味がない。


母は優しい。

でも、その優しさがたまに重くなる。


「心配だから」「何かあったらすぐ帰ってきてね」「危ないことはしないで」


僕は“自由”がほしかった。


その反発心だけで、学校を勝手に辞めて帰ってきた。


今思えば、親不孝だと思う。

でも、そうするしかなかった。


そして今、僕はその“贖罪”として塾に通ってる。


 


勉強は簡単すぎる。

退屈だけど──僕は行く。


「家族のため」

その理由だけで、今の僕は動いている。


 


でも、本当はそれだけじゃない。


 


僕は、ずっと考えてる。


「この国は、このままでいいのか?」


日本は、世界の中で見れば、奇跡みたいに整った国だ。

物価が安くて、人が親切で、安全で、勤勉で──


でも、だからこそ“変わる必要がない”と思われてしまっている。


その空気が、怖い。


 


最近はずっと、政治のことを考えてる。


僕の考え方は──周囲とは少し違うかもしれない。


 


小学生のとき、父に買ってもらった本があった。


《国家主義とリーダー論》


そのときから、僕は“個より国家”という考えに惹かれていた。


国家という大きな存在が、個人を導く。

リーダーの存在が、国民を一つにする。


日本のような議会制民主主義では、誰も本気で責任を取らない。

全員が「空気」を読みながら、少しずつ流されていく。


それが、怖かった。


でも、こんな話を友達にしたら──たぶん、引かれる。


 


だから僕は、友達とは政治の話をしない。


 


バイト先の仲間や、昔の同級生たち。


「最近どう?」「ラーメンまた行こうぜ」「バイト先変えた?」


そんな話をしてると、自然と笑える。


その時間は、心から楽しいと思える。


でも、そこには“本当の自分”はいない。


 


一方で、ネットには僕と似たような思想を持つ人たちがいる。

SNSで繋がった、政治志向の強い友人たち。


オンラインでは、政治の話がいくらでもできる。


でも、誰も“現実”を動かそうとはしない。


「今の日本は終わってる」

「このままだと若者の未来はない」

「やっぱり国が悪い」


言葉は多い。でも、行動はゼロ。


 


そんな人たちと話していると、

「自分も何もしてないな」と気づかされる。


いや、してないどころか、逃げてるんじゃないか?


ネットで主張だけして、現実は何も変えていない。

口ばっかりで、何ひとつ行動していない。


 


「このままじゃ、俺も同じになる」


その恐怖が、最近はずっと心に居座ってる。


何かを変えたい。でも、何をどうしたらいいのか分からない。


……でも、何かは絶対に、おかしい。


 


駅のホームに着く。

電車が静かに入ってきて、僕を塾へと運ぶ。


窓の外、日が暮れていく。


夕焼けと街灯が混ざるこの時間帯が、僕は好きだ。


何もかもがリセットされる気がするから。


 

だけど、心の中に沈殿した無力感は、消えてくれなかった。




電車が滑るように駅に到着した。

僕は人の流れに逆らわないようにホームを歩き、改札を抜ける。


この時間帯の塾周辺は、どこか静かで、少しだけ寂しい。

同世代の高校生たちは、部活を終えて友達と遊びに行く頃だろう。

制服の学生がはしゃぎながら駅前を通り過ぎていくのを、横目で見て通り過ぎる。


彼らの会話に混ざることは、もうない。


 


塾までは歩いて5分。

コンビニを曲がり、薄暗い裏通りを抜けた先の小さなビル。

その4階にあるのが、僕が通っている高卒認定の塾だ。


エレベーターはない。階段を登るたびに、靴音がやけに響く。


 


ドアを開けると、誰も声を出さない静かな教室が広がっていた。

個別ブースの机と、数人の講師。

それぞれが黙々とプリントに目を通し、誰にも干渉しない。


この雰囲気は、少しだけ好きだ。


話さなくていいし、誰かに合わせなくてもいい。


 


「真価くん、今日は社会だね。模擬テスト、昨日配ったやつやってもらえる?」


「はい」


渡されたプリントを手に取り、空いているブースに座る。


 


問題を開いた瞬間、数秒で分かった。


簡単すぎる。


思考を巡らせるまでもない。選択肢を見た時点で答えが浮かぶ。


 


「──こういうの、もう必要ないよな」


心の中でつぶやく。


じゃあ、なぜここにいるのか?


答えはひとつしかない。


親に、安心してほしいから。


 


家を出るとき、母は必ず「いってらっしゃい」と声をかける。

今日も朝食を作ってくれて、駅までの交通費を財布に入れてくれていた。


父は会話こそ少ないが、「勉強、手を抜くなよ」とだけ言って背を押してくれる。


本当に、ありがたいと思ってる。


でも、その“普通”がどこか苦しかった。


 


「大丈夫だよ」と言い返せない。

「僕は僕のやりたいことがある」とも言えない。


今の僕は、ただの“親に従ってる子ども”だ。


そしてそれが、たまらなく情けなかった。


 


30分で、プリントを解き終えた。

見直しをして、誤答を探そうとしても、そもそも間違っていない。


ペンを置いてから、ぼーっと天井を見つめる。


 


「このまま、普通に大人になるのかな」


思った瞬間、胸の奥がざわついた。


普通って、なんだ?


大学に行って、就職して、結婚して、家を持って──

そういうのが“普通の幸せ”だって、誰が決めた?


 


この国の“普通”は、空気を読むことで成り立っている。

誰も波風を立てないことが“正義”で、出る杭は徹底的に叩かれる。


それで本当に、国がよくなるのか?


 


さっきの電車の中でも、ふと思った。

もし今、日本に「本物のリーダー」が現れたとして、

果たしてこの国はその人物を受け入れられるのか。


──たぶん、無理だ。


 


議会制の仕組みがそれを拒み、

国民の“空気”がそれを封じ、

メディアがその熱意を笑いに変えてしまう。


 


変わらないことが、この国の“安定”ならば、

変えようとする意志は“異物”になるしかない。


 


僕は、異物になりたかった。


でも、それができるほど強くはない。


そうやって、またペンを握るだけの日々を繰り返している。


 


「終わった?」


講師が声をかけてきた。


「はい。たぶん全問正解です」


「だろうな〜。君、どこかで勉強してた?」


「アメリカにいました。高校を途中で辞めて、日本に戻ってきたんです」


「あぁ……そっか。で、日本の“退屈な勉強”に苦しんでる、と」


「まあ、はい……正直、そうですね」


「でも偉いよ。戻ってきて、ちゃんとやろうとしてる。俺だったら逃げてるかも」


講師のその言葉に、真価は苦笑した。


「僕も逃げてますよ。いろんなものから」


 


講師は「そうか」とだけ言って去っていった。


その背中を見ながら、心の中でまた何かが揺れる。


 


「何かを変えたい」──その思いがあるのに、動けない。


動けないまま、日常に溶けていく。


このまま、僕は埋もれていくんだろうか。


 


ふと、スマホの通知が震えた。


“Discord:投票をしたいと思わせない政府が悪いわ笑”


通知を見ただけで、吐き気がした。


そこにいる人たちは、僕と同じことを語る。

でも、誰も外に出ようとしない。


どれだけ言葉を並べても、誰も社会を動かせない。


 


「なら、俺は何のためにここにいるんだ?」


自分でも分からなかった。


 


静かな教室の空気が、やけに重たく感じた。


そろそろ塾が終わる時間だ。


 


僕はプリントを提出し、荷物をまとめた。


階段を下りていく途中、ふと窓の外に目をやる。


夜の街が、ぼんやりと静かに光っていた。


 


この街のどこかで、誰かが泣いていて、誰かが笑っていて、

誰かが怒っていて、誰かが誰かを守ろうとしている。


なのに、僕は──何もしていない。


 


塾を出た瞬間、空気が変わったように感じた。


微かに湿気を帯びた夜風が、肌を撫でる。


目を閉じた。


何かが、胸の奥でうずいている。


 


このままでは終われない──

でも、どうすればいい?


まだ分からないまま、僕はゆっくりと帰り道を歩き出した。


塾の自動ドアが閉まる音が背後に消えていく。


駅までの道は来たときよりも暗く、ひっそりと静まり返っていた。

街灯の明かりは弱く、地面に映る自分の影がゆっくりと揺れている。


空には星ひとつ見えない。

けれどその静寂のなかに、妙な緊張があった。


 


真価はゆっくりと歩きながら、スマホを取り出す。


通知は3件。全部、Discordの政治サーバーからだ。


『選挙制度を変えるにはどうすればいいのか』

『最近の首相発言まとめ』

『国民に何ができるか』


指先が止まる。


何も変わらない。

言葉だけじゃ、何も届かない。


みんな主張してる。でも誰も動かない。

画面の向こうで拳を振り上げても、社会は一歩も動かない。


そして──僕自身も、動いていない。


 


「このまま何もできずに終わるのか?」


誰にも聞こえないように、吐き出すようにつぶやく。


 


そう思ったときだった。


路地の向こうから、叫び声が聞こえた。


 


「やめてくださいっ!」


 


反射的に顔を上げた。


狭い裏通り。

コンビニの裏手のような、車も通らない静かな道。


その先に、2人の男と、1人の女性。


女性は道端に追い詰められ、背を壁につけていた。

男のひとりが彼女の腕を掴み、もうひとりは笑いながら口を開く。


「なあ、ちょっとだけ話聞くだけでもいいからさ〜」


「俺ら暇つぶししたいだけだから。ね?」


女性は震えていた。

声を出しても、誰も助けに来ない場所だった。


 


真価の足が止まった。


心臓が、脈打ちを早める。


助けなきゃ。


──でも、無理だ。

自分には、そんな勇気はない。


怖い。


きっと殴られる。

下手すれば、刺されるかもしれない。


助ける理由なんて、僕にはない。


 


だけど。


 


そのまま目を逸らして通り過ぎたら──

僕は、「意見も行動もできない日本人」と何が違う?


いつも政治を語って、国家を語って、「変えなきゃいけない」って言ってた自分。


何もできず、見ないふりして通り過ぎるなら──


そんな自分こそが、一番ダサい。


 


足が勝手に動いていた。


「やめた方が、いいと思います」


 


震える声だった。

でも、確かに言った。


男たちが振り向く。

ひとりが露骨に苛立った表情で睨んでくる。


「あ?なんだてめぇ」


「は?正義マン?お前に関係ねーだろ」


ぐいっと肩を押された。


心臓が跳ねた。

恐怖が喉を塞ぐ。


「す、すみません……」


声がかすれる。


踵を返して立ち去ろうとした瞬間──背中を強く突き飛ばされた。


地面に膝をつく。

顔を上げたその瞬間、頬に衝撃。

すぐに腹を蹴られる。


「ヒーロー気取りが、マジでウゼぇんだよ」


「無力のくせに、出しゃばんなや」


彼らの言葉が、心に突き刺さった。


──悔しかった。

情けなかった。


そして、何より……自分自身が、許せなかった。


 


後悔するくらいなら、最初から動くな。


でも、動いた以上は、信じろ。


その正義は──間違っていない。


 


怒りじゃなかった。


憎しみでもなかった。


ただひとつ。


「自分の正しさを貫くために、誰かを消す」


その思いが、胸の奥で形を持った。


 


その瞬間だった。


視界が、真っ白に染まった。


耳が、破裂するような音を聞いた。


空気が圧縮されたように、すべてが沈黙した。


次の瞬間──男たちの上半身が、霧のように吹き飛んだ。


 


彼らの腰から下だけが地面に崩れ落ちる。

瞬時に、血の匂いが辺りに満ちる。


後ろにいた女性と、その背後のコンクリート壁も……なかった。


そこには、蒸発した跡だけが残っていた。


 


真価の瞳は、全身の震えとともに現実を見つめていた。


これは──夢じゃない。


 


自分が、やった?


そんな馬鹿な。


何もしてない。

声を出しただけで、あとは……蹴られただけ。


でも、目の前の光景は、何もかもを物語っていた。


自分の中に、何かがいるのか?


 


本能が、叫んだ。


逃げろ、と。


ここにいたら、誰かに見つかる。


 


辺りを見渡す。誰もいない。

防犯カメラの赤い点も、近くにはない。


咄嗟にパーカーのフードを深く被り、スマホを手にして平然を装う。


それでも歩幅は自然と速くなる。

早歩き。

できるだけ普通に、だけど確実にその場を離れる。


背後で何も動いていないことを確認して、曲がり角を2回。


玄関に着いたとき、ようやく呼吸が少し落ち着いた。


ドアを開けて、閉めた瞬間──膝から崩れた。


 


背中に汗が滲んでいる。


鼓動がうるさい。


手のひらが、少し焼けるように熱い。


でも、どこも傷ついていない。


 


ただひとつ──何かが、いた。


 


「俺は、人を……殺した」


その言葉を、声に出すことはできなかった。


けれど、脳裏にはっきりと刻まれていた。


あの感覚。あの瞬間。あの“力”。


間違いなく、それは──自分の中から出ていた。


 


玄関の隅に、母のスリッパが揃えられていた。


優しい匂いがした。


自分を育ててくれた家。

何度も喧嘩して、それでも守ってくれた両親。

ここに帰ってきたかった。

だから、戻ってきた。


──なのに。


 


(俺は……どうなってしまうんだ)


何も分からないまま、

ただ静かに夜が降りていく。



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