7話 事件の〆にお昼はご馳走を
直哉は犯罪者達を倒すと、すぐにリナ子の元へと駆け戻った。
「大畑さん、怪我はない?大丈夫かい?」
「あたしの心配よりも、ノリオの方は大丈夫なの?何度も斬られたりしてたじゃない!」
リナ子の心配は尤もなもの。
犯罪者達はスキルで避けたのだと勘違いをしていたが、直哉に攻撃が当たっている瞬間をリナ子は間近で見ているからだ。
そして同じ初心者の直哉が何度も攻撃を受けているのを見て、怖くなった。
直哉のことが怖くなったわけじゃない。
リナ子は、直哉が倒れてこの場所に一人で置いていかれることを恐れていたのだが、それは杞憂だった。
「それじゃあ早速外に出よう。体は動かせるようになった?」
「ごめん……腰が抜けたままでやっぱり立てないや……」
「そうか……それじゃ、ちょっとごめんね……よいしょっと!」
直哉はリナ子の背中と膝裏を持って、その体を持ち上げた。俗にいうお姫様抱っこだ。
「ちょっ!?恥ずかしいよ!もっと普通におぶってくれればいいじゃん!」
「ごめん。でも外に出るまでにモンスターに出会ったら、こっちの方が都合が良いんだ」
リナ子を背負ってしまうと両手が塞がってしまい、モンスターとは戦えない。
その点お姫様抱っこならば背中を支えている手が若干空く。
本当の所は肩に担げれば片手が完全に空くのだが、流石に女の子相手にそんな姿をさせられない。
理屈は分からなかったが、ナイフを投げても装備をしていればなくならない。
実体のある残像が相手へと襲い掛かるのだ。
ナイフを投げるだけならば、片手を少し動かせられれば出来ること。
こうしてリナ子を持ち抱えたまま直哉は外に出る事が出来た。
道中残機を一つ失ったが、それでも無事に帰って来れた。
ダンジョンの入り口である地面に生えた洞穴からすぐの場所にギルドがある。
ここではダンジョンで取得したアイテムなどを引き取ってもらったり、装備を整えたり、休憩したり、食事をしたり、様々なことが出来る探索者のための施設だ。
直哉が探索者になるために初心者講習を申し込みしたのもこの場所だ。
だが今回はそういう用事ではない。
直哉はリナ子を抱えたまま近くの窓口に駆け込んで、さっそく受付嬢に事情を説明する。
「すいません、ダンジョン内に犯罪者が現れました。返り討ちにして転がしてあるので捕まえて下さい!」
「はあ、犯罪者が……ではその時の映像を、探パスから取り出して見せて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ええ、構いませんとも」
探パスに録画している映像を見せると、半信半疑だった受付嬢の顔は血相を変えた。
すぐに奥の部屋へと籠って出て来たと思ったら、一緒に部屋から出て来たギルド直轄の実行部隊がダンジョンへと向かって行った。
「失礼いたしました。犯罪者達はすぐに捕まえられると思います。
それまでに、調書作成の為に少々お話をお聞かせ願えませんでしょうか?」
「勿論協力しますよ」
直哉達は受付嬢から質問をされて答えるが、映像があるのであくまでも事実確認のためだ。
リナ子がおっさん探索者達からビキニアーマーを貰い、それをダンジョン内で返却するように直哉が説得、その後は安藤に襲われて……という流れを説明した。
ビキニアーマーのやり取りは映像に残っていないが、安藤と直哉の会話に返却と謝罪を受け入れる場面でその事に触れている。
そして実際に証拠であるビキニアーマーがあることから、事件の流れはより明確になっている。
リナ子はアーマーを脱いで受付嬢に渡した。
「このアーマーを調べれば、少なからず他の犠牲者の痕跡や犯罪者達が行った無体が明らかとなるでしょう」
そうして受付嬢と話し込んでいると、ダンジョンに向かったギルド直轄の実行部隊が戻って来た。
それに混じって佐原達犯罪者パーティーが、手錠をかけられて歩かされていた。
「どうやら無事に逮捕出来たようですね。
ありがとうございます。あなた方のお陰でダンジョン内で起きた悪事が明るみになり、犯人に罰が下りそうです。
ギルドを代表して重ねてお礼申し上げます」
受付嬢の綺麗なお辞儀に直哉は照れ臭くなり、軽く頭をかいた。
相手を倒さなければ自分がやられるそう思って一心不乱に動いただけで、ここまで感謝されるとは思っていなかった。
そして感謝されたことで張り詰めていた緊張の糸が緩まって、直哉の腹の虫が鳴り出した。
グゥーッ!
大きな唸り声のような腹の音は丁度受付嬢が頭を上げたタイミングで鳴ってしまい、直哉は赤面するのだった。
「す、すいません!」
「いえ、お気になさらず。もしお腹が空いているなら、お食事をご用意いたしましょうか?」
「いいんですか?」
「はい。ダンジョンの治安を守ってくださった方に、ささやかですがお返しをしたいですから」
「こちらこそありがとうございます。助かります!」
ノリノリの直哉だったが、それに対してリナ子は乗り気ではなかった。
「あたしは……用事があるから行けないや……」
「そうですか……でしたら大乗さんだけでもどうぞ」
「はい、ご馳走になります!」
直哉にとってこの誘いは幸運だ。この食事によって自分の寿命が伸びたのだと。
何しろまだ昼前だが今日の探索は不可能になってしまったので、ドロップアイテムを換金して食事をするのは無理だ。
その目論見が実現不可能になって体力的にも危なくなった状況で、食事が出来ることになって直哉は本当に嬉しかった。
実はリナ子の腰が抜けて立てなくなった時に、直哉が抱き上げた体が震えていたのだ。
直哉がいなければ酷い目に遭って、その後には……言葉にするのもおぞましい結果になっただろう。
リナ子がそんな状況なので、用事が終わったあとに時間が空いていたとしても今日は戻って来ないと直哉は感じていた。
それに直哉の方も今日の所は上の階層にチャレンジするには残機が足りない。
自分の名前の横には×2と表示されており、残りの残機が二つになっていることを現わしている。
そしてまだ初心者の試練である4階を突破したわけではなく、マッピングも出来ていない。
こんな状況でダンジョンアタック出来ると思うほど、直哉は楽天家ではなかった。
そう言うことでご馳走を頂いた後はまた1階でスライムを狩って残機を増やすつもりだったが、受付嬢に案内される直哉をリナ子が袖を引っ張って止めた。
「あの……連絡先交換してもらってもいい?
アーマーは結局無くなっちゃったからさ、何て言うか……レベル上げるの手伝ってくれるんでしょ?」
「ああ、もちろんいいよ!」
恥ずかしそうに顔を赤らめて携帯を差し出すリナ子。
直哉もすぐに携帯を取り出して、互いの連絡先を交換した。
「じゃあ、明日もお願い……そっちも学校は休みだよね?」
「うん、大丈夫だよ。こちらこそ、明日もよろしくね」
直哉が大きく手を振って見送ると、やはり恥ずかしそうにリナ子は小さく手を振って帰っていった。
そして、そのやり取りをすぐ近くで見ていた受付嬢は微笑ましくなり、何も言わずに口元が上がるのだった。
◇◇◇
リナ子は用事を済ませて家に帰り、家族の為に食事を作ってとダンジョンから出た後もやらなければいけない事で一杯だった。
それも夕食の片付けまでしてしまえば一息つけるようになり、今日の事を振り返っていた。
(もしかしたら家に帰って来れなかったんだよね……)
安藤が強く掴んだ腕の感触がまだ残っていて、それを思い出すとまだ体が少し震えた。
しかしその後に直哉が助けてくれたことを思い出すと、鼓動が早くなり体温も上がって嬉しさで自然と笑顔になっていた。
出会った時は冴えない男だと思っていたが、戦闘を任せると自分よりも慣れていて安全にレベルを上げることが出来た。
それと装備を返却する代わりにレベル上げを手伝ってくれる、と言ってくれた時は本当に嬉しかった。
自分だけでダンジョンでレベルを上げて目的を達成するには無理がある、とリナ子は考えていた。
現実的に考えて、リナ子が目指す50階には4人パーティーで65~75レベルが必要となる。
リナ子達が探索した下層なら装備のごり押しで攻略出来るが、上階層へ上がれば上がるだけ求められる物が厳しくなっていく。
4階が死の階層と言われるように、ダンジョンに試される階層が上の階層にもある。
パーティー人数だったり、スキルだったり、装備だったり、下の階層では毒を防ぐのにも回復するのにもいくつもの手段があったが、上に行くとそうはいかなくなる。
なのでそれを乗り越えるために専用のスキル、専用の装備が必要なのだ。
それらを一人で揃えることは不可能で、補うためにはパーティーが必須となって来る。
リナ子は回復スキルなので当たりと言っていいだろう。
低階層で小遣い稼ぎをするにせよ高階層を目指すにせよ、回復と補助はどの場面でも活躍できる。
問題は……直哉だった。
最初は今日だけのパーティーで良かった。キラービーの倒し方を教わった時に見る目が変わって、直哉が自分の条件を飲んでくれるなら一緒にパーティを組んでもいいと思った。
そして安藤から助け出してもらった時には、もう落ちていた……。
ずっと側にいて欲しいと願い、直哉の事を考えるとドキドキと心臓の鼓動が早くなって顔が火照ってどうしようもなくなっていた。
(今日会ったばかりの人なのに何で!?)
正確には会ってから二日目だが、リナ子の記憶からは完全に消えている。
リナ子の頭にあるのは自分の危機に突然現れて、颯爽と助けてくれた直哉の姿。
そして悪党から身を挺して守ってくれた上に、最後にはお姫様抱っこで自分に傷がつかないよう大事に運んでくれた場面が、何度も頭の中で反芻していた。
(そう言えば……ギルドがご馳走用意するって言った時に凄い嬉しそうだったな……食べるのが好きなら、何か作っていったら喜んでくれるかも!)
本当の所は何も食べれなくなって二日も経っていたので久しぶりの食事に感動していただけなのだが、そんなことリナ子は知らない。
直哉がどんな料理が好きかは分からないが弟達が好きそうな献立にすれば間違いないだろうと、助けてもらったお礼に弁当の仕込みを始めるのだった。