50話 ポケットを叩いて増えるのはビスケットだけでいい
麗華の脅迫じみた交渉によってすべては有耶無耶となり、今日の探索は終了した。
沙織は愛おしそうにお守りを頬ずりしており、直哉は何も得るものがなく疲れだけが増した。
そして一番得をしたのは間違いなく麗華だった。
今までどれだけ直哉をギルドに誘おうとも素っ気無く断られていたが、前回のダンジョン崩壊の件で弱みを握ることが出来たお陰で交渉ができるようになったのだ。
そして直哉達がダンジョンから出てギルドに場所を移すと、リナ子が待っていた。
「やっぱりここに来てたぁー!探索者やめたんじゃなかったの、直哉?」
「周りが放って置いてくれないんだよ……」
リナ子は直哉の姿を見つけると、すぐさま近づいて腕に絡んで来た。
それを見た沙織が突然慌てだし、リナ子を直哉から引き剥がして文句を言った。
「あ、あっ、あっ、あのっ!な、直ちゃんは私の、ここここここ婚約者なんですけど!
勝手に抱き着かないでくださいっ!」
「はぁ?あんた、何言ってんの?」
「こ、ここここ、これを見て下さい。
このペンダントはわ、わ、私と直ちゃんで作った愛の証……。
こ、これは直ちゃんが私に作ってくれたプレゼント……なんですぅ……」
割って入って来た沙織の言葉でリナ子は不機嫌になり、アクセサリーを見て表情が険しくなる。
そしてその苛立ちの矛先は直哉へと向かって来た。
「ちょっと直哉……これはどういうこと?」
「誤解だよ!あれは探索中に豊村さんのスキルで作った物で、オレが贈った物じゃないんだ!
ねえ、大泉さんもリナ子さんに教えてあげてよ!」
直哉が振り返ると、そこに麗華はいなかった。
ダンジョンから出て今回の件をまとめるために仕事に戻っていたのだが、直哉はそれを見落としてしまっていた。
そうなると直哉の言葉を証明する存在はいなくなり、リナ子の追求という名の八つ当たりを食らわねばならない。
窮地に追い込まれた直哉。
そこに救いの手が差し伸べられた。
それはポケットに入れておいたダンジョンコアのレッドだった。
(マスター、どうやらお困りのようですね)
(レッド!その口ぶりは、お前ならこの状況どうにか出来るのか?)
(お任せください。
ダンジョンから解き放たれた時に大半の力を失いましたが、ワタシはダンジョンコアです)
(おおっ!頼むぞレッド!)
レッドが直哉の意思を読み取って、骨伝導により二人だけの会話を実現させていた。
リナ子や沙織には一切バレずに解決策を授けてくれるレッドは、まさに救世主だった。
(僅かばかりですがワタシの魔力でプレゼントを作りました。
ダンジョンに入る前から渡す予定だったと言えば、リナ子嬢も喜ぶこと間違いなしです!)
(ありがとなレッド!恩に着る!)
直哉はレッドに言われたままに、リナ子にポケットで生み出されたプレゼントを渡すことにした。
「怒らないで聞いてよリナ子さん。
豊村さんに会ったのは偶然でアクセサリーが出来たのも偶然だ。
でもリナ子さんにあげるプレゼントはオレが渡したくて用意した物なんだ」
「えっ!?プレゼント?直哉があたしに!?」
「ああ、そうだよ」
そう言ってポケットから取り出されたのは指輪だった。
途端にリナ子の顔が笑みに変わり、直哉の顔が蒼白に変わった。
即座に出した手を指輪ごと引っ込めた直哉。
「ちょっと間違ったみたいだ。少し待ってて」
「えっ?直哉……それどういうこと?」
期待させた感情が大きかった分、リナ子の機嫌が前よりも悪くなった。
まだプレゼントがあるという言葉を信じているのでそれはまだ静かな怒りに過ぎないが、プレゼントがリナ子のお眼鏡にかなわなかった場合大変なことになるのが見て分かるほどだった。
(レッド!これはどういうことだっ!?)
(どういうと言われましても……マスターが一番気に入っているメスはリナ子嬢です。
子作りの前に行うことが婚姻であることはワタシも知っております)
(女性の事をメスと言うなっ!
じゃなくて……指輪は違うだろう?この場を丸く収める程度のプレゼントにしてくれよ)
(承知致しました。
しかし、人間はおかしな種族です。いつ死ぬかも分からないのに子作りをなおざりにして、相手を見つけるのにいくつも条件を出して複雑にしてしまう……生物としてナンセンスです)
(哺乳類は卵生と違って沢山産んで育てるのが難しいから、仕方ないんだよ!
生物の子作りの話はまた今度にして、今はオレの問題を解決するのに集中してくれ!)
直哉がそう頼むと、ポケットに入れたままの手の感触が変わった。
いつまでも待たせているとリナ子の目が吊り上がって行き、もうこれ以上は誤魔化すことは不可能。
直哉は手の中の物を確認もせずに取り出した。
「これが本当のプレゼントだよ!」
直哉の手に握られていたのは指輪だった。それも似た形の指輪が二つ。
(なんも分かってないやんけーっ!)
「きゃー!そういうことだったの直哉!ペアリングを渡したかったってことだったのね!
あたしったら一度引っ込めたからなんだと思っていたけど……もお、恥ずかしがり屋なんだから!」
「はは……喜んでくれたなら……何よりだよ……はははっ……」
今までの不機嫌が嘘のように明るく笑うリナ子に、力なく笑う直哉。
リナ子のはしゃぎように嘘とは言えず、言ってしまえばもう機嫌が直ることは二度とないだろう。
(レッドォ!どういうことだ!)
(その指輪は一度だけなら致命的な攻撃を防いでくれるバリアの効果を持っております。
勿論ダンジョンの外でも使える特別製ですので、マスターとリナ子嬢の安全は確保されたも同然と言ってよろしいでしょう)
(指輪の説明はいいんだよ……オレはあの場を丸く収めてくれと言ったんだろ……)
(申し訳ありませんが、一度指輪を見せた以上指輪を渡さなければわだかまりが残ります。
そして一度引っ込めた説明もしなければ、やはり話がこじれる可能性がありました。
あの場で選べる選択肢はリナ子嬢を怒らせて関係を失うか、関係を進めて仲良くなるかしかありませんでした)
(……)
レッドの説明を聞いて直哉は納得するしかなかった。
関係が進むのは少し思う所はあったが、リナ子を怒らせてもう会えなくなるというのはイヤだった。
直哉が少し覚悟を決めれば済む話だというのなら、直哉は受け入れる。それだけだ。
そうして話はまとまり解決……と思われたが納得のいかない人間が一人いた。
沙織だ。
「ま、待って下さーい!そ、そ、その指輪はわ、わ、私にかも知れませんよ?」
「あら、まだいたの?でも言いがかりは止めてね。
だって、さっき直哉はサオリンに会ったのは偶然だって言ったじゃない。事前に用意しておいた指輪とサオリンは無関係。
でも良かったじゃない、仕事仲間として一緒に思い出のペンダントを作れて」
そう言ってリナ子は、自分と直哉に嵌めたペアリングを沙織に見せつけた。
リナ子としては指輪を貰って大喜びで沙織のことをどうとも思っていなかったが、流石に指輪を奪おうとするなら別だった。
リナ子の話を否定しない直哉の様子を見て、沙織は泣き出した。
「直ちゃんの……直ちゃんの浮気者―!」
「そもそも豊村さんと付き合ってないから―!」
逃げ出す沙織の背中に直哉は追い打ちをかけたが、沙織の精神状態では聞こえていないだろう。
こうして沙織との件も解決しただろうと胸を撫で下ろす直哉。
(こんなことが起きるなら、ダンジョンで探索している方がまだ疲れが無くていいな……)
「うふふ、これで二人っきりだね」
「そうだね……今日は忙しかったから大畑さん家のご飯をすぐにでも食べたいよ……」
「もう……今日は少しくらい寄り道してデートしてもいいじゃん……。
でも、直哉は恥ずかしがり屋なの知っているから許してあげる」
「ははは……」
何とかリナ子の機嫌も直り沙織もいなくなったが、直哉から出るのは乾いた笑いだけだった。
(良かったですね、マスター)
(うるさいぞ、お前は黙っていろレッド!)
これから常識が無いダンジョンコアと生活しないといけないと考えると、更に疲れが増した気がして肩が重く感じた直哉だった。




