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49話 豊村沙織、社会復帰へのレッスン4

「それで……6階で何を?」


麗華が二人を連れて来たのは1つ階段を上がって6階。ホーンラビットが出る階層だ。


「別にどの階層でも良かったのですが5階や4階では少々面倒に思えたので、ここで実験に付き合って頂きたいのです。

以前のダンジョン探索で仰っていた上位スキルを掛け合わせるとどうなるか、それを実践して欲しいのです」


あの時はダンジョンコアを助けるために直哉と夏希の力を掛け合わせて夏希にダンジョンコアをテイムさせようとしたが、本人に拒絶されて結局上位スキルの融合は見られなかった。


「勿論タダとは言いません。ギルドからの依頼と考えて下さい」

「い、依頼ですかぁ……ほ、報酬はおいくらくらい頂けるんですか?」

「そうですね……一千万円でどうでしょうか?」

「いっせ……!いいんですか、このニートにそんな大金渡しても?」

「直ちゃぁん……その言い方は酷いよぉ……」

「わたくし達ギルドは、直哉さんのスキルがエリクサーを作るだけとは思っておりません。

もし豊村様のスキルと掛け合わされれば、素晴らしい物を生み出すのではないかと思っております。

そう考えると安い物です」


報酬の話になり夢の世界から現実へと戻った沙織。

目の奥に¥マークがあるかのように、目がキラキラと輝いて浮かれていた。


「……豊村さん、オレの分の報酬も渡すからこれっきりにしてくれと言ったら従ってくれるか?」

「何を言ってるんですかぁ?わ、私と直ちゃんは夫婦になるんですから、さ、最初からお財布や通帳は一緒でしょう?」


しかし、その輝いていた目も直哉の提案を聞いて闇のように暗くなった。

頭では分かっていても絶対に認めない、強い意志が暗闇の目に宿っていた。


「まあまあ、うまくいくか分からないですから、とにかくやってみましょう。

直哉さんもそこまで深く考えずに軽い気持ちでいいですから」

「いやぁ、そうは言っても……」

「ギルドに貸しを作りたくないという気持ちは分かりますので、先日のダンジョン崩壊の件での諸々の借りを返すつもりでいいですから」

「むぅ……」


レッドのダンジョンの件を出されると直哉は何も言えなくなった。

交通費や宿泊費などすべて麗華が出しており、本来関係ないリナ子の分まで出しているのだ。


さらには後始末もギルドがやってくれて、直哉はそれを騙してダンジョンコアを持ち出している。

その事を麗華が知る由もないが、引け目に思っていることは何となく感じていた。交渉事で直哉が麗華に勝てる訳が無いのだ。


「ではお二人ともよろしいですね?」

「はいっ!」

「……了解です」


直哉と沙織のスキルを合体させるために、二人は抱き合っていた。

沙織の手を含んだ全体を包み込むように直哉が後ろから抱き着いているのだ。


それに沙織はテンション高くなり今日一番の返事をしていたが、直哉は逆に二人の女性のバイタリティに押されて委縮していた。


階段前に集まったホーンラビットに狙いを定めてスキルを発動する。

モンスター達は階段前までやって来れても、階段に侵入することは出来ず遠距離攻撃があれば一方的に倒すことが出来るのだ。


なので沙織を守る必要も無く、直哉もスキルの行使に集中することが出来た。

そうして二人の手が重なったまま二体のホーンラビットを合体させる。


するとそこにはアクセサリーが落ちていた。

周りのホーンラビットを麗華が魔法で倒して、それを拾い上げた。


本来なら沙織のスキルで生まれるのは、幸運のステータスを上げる『ウサギの尻尾』。

だが、直哉のスキルが組み合わさって別のアクセサリーに変貌していた。


「こ、これは!『矢避けのお守り』!とんでもなくレアなアクセサリーです!」

「価格は……末端価格で10億円!?……探索者は当たれば宝くじなんて目じゃないとは言うが、これはとんでもないな……」


矢避けのお守りは遠距離からの攻撃なら、投石だろうが投げナイフだろうが魔法攻撃だろうが全て逸らせるアクセサリー。


遠距離攻撃を完璧に防げるという効果は探索者にとって垂涎のものであり、10億でも安いほどだ。


「良かったね、豊村さん。これで働かなくてよくなるね」


直哉はこのアクセサリーについて一切報酬など貰うつもりはなかった。

大金が欲しくない訳ではないが、人生そんな甘くないことを知っている。


それだけのお金を手に取ってしまえばもう後戻りは出来ず、一生馬車馬のように働かされるのが目に見えている。

なので、功績を全て沙織にかぶせて自分は逃げ切る気であった。


「えっ!?直ちゃんは要らないの?」

「ああ、オレは前回ギルドに借りがあるからそれを返しただけだよ。

だから今回の報酬は全部豊村さんの物だよ」

「つまり……婚約の指輪代わりのプレゼント……」

「ちがうよ?むしろ手切れ金代わりだよ?」

「えへへ……直ちゃんったらこんなプレゼント用意しなくても……わ、私の心は直ちゃんの物なのにぃ……」

「ちがうよ?話を聞いて?」


直哉の話を聞かず、またもや夢の世界へトリップする沙織。

埒が明かないと判断して、直哉はそれを放って置いて麗華と話を進める。


「じゃあさっきも言いましたけど、オレは報酬は要らないのでまとめて豊村さんにあげて下さい」

「良いのですか?

ギルドの諸経費を差し引いても、直哉さんが受け取る権利は充分あると思いますが……」

「探索者になる時にお金で身を滅ぼし掛けたんで、自分の許容量超えた金額扱うのは止めているんです。

学生の内から身の丈合わない大金渡されても、碌なことにならないのは目に見えてますんで……」


探索者になりたいという我が儘を無理に通して生活費に手を付けて、3日ほど何も食べられなかったことは直哉の心に深く刻み込まれていた。


あの時のバカな自分に戻るつもりは無く、経験から自分が大金を手にすればバカな真似をすると学んだ。

直哉がギルドと契約しないのはそれが理由だった。


「では……豊村様、そちらのアクセサリーを渡してもらえますか?

これは依頼ですので、ギルドとしては成果物を受け取らないと報酬を渡せません」

「えっ……?やだ……こ、これは直ちゃんからの、婚約の証のプレゼントだもん……」

「でしたら報酬は一切支払われませんが、よろしかったでしょうか?」

「うぅ……ううぅ……いいよ!こ、これを持っていれば直ちゃんと婚約したってことになるから……いいもん!」

「いや、ならないよ!」


流石にこのままでは交わしていない婚約が成立すると思い、直哉は二人の会話に割り込んだ。


「豊村さん、この際ですから言わせてもらいますけどね───」

「まあまあ、直哉さん。今日の所は上位スキルの実験がうまくいったという事で良いじゃありませんか」

「良くはありませんよ!このままだと結婚相手が決まってしまうじゃないですか!」

「……そう言えば、リナ子さんがダンジョンに入った件はお母様にご報告なされたんですか?」

「えっ!?」

「言い辛いことですから、もしまだならわたくしの口からご説明いたしますよ?

ギルドの職員が説明した方がご納得いただけると思われますが、どうでしょう?」

「ぐむむ……」


他人様の娘を、学校をさぼらせた挙句県外に連れ出し外泊もして、更には約束させていたダンジョンへの同行もさせてしまっていた。


リナ子は家族に誤魔化して話していたが、それもいずれはバレるだろう。

そしてその原因の大半が直哉にあり、尚且つ直哉は大畑家に食事を用意してもらっている立場だ。


直哉は沙織との関係をここで断ち切るつもりだったのだが、麗華がそれをさせはしなかった。

ギルドからすれば2人の能力が掛け合わさった時に得られるアイテムは有用な物だ。


エリクサーもそうだが探索者に有利なアイテムを恒久的に入手することが出来れば、日本のギルドと探索者はかなり他国との差をつけることが出来る。

そうなれば日本が世界の経済を動かすことも夢ではないという事だ。


たった一人の少年にその可能性が生まれつつあり、それを見逃す程に周りの人間は馬鹿でも呑気でも無かった。


やはり交渉ごとにおいて、直哉は麗華に敵わなかったのだった。

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