20話 呼ばれていない来客
世界中には数多のダンジョンがあり、日本にも20か所のダンジョンが存在する。
その内の一つ、関東第三ダンジョンからエリクサーがドロップするという情報が出回り、かつてないほどの探索者達が押し寄せていた。
そのダンジョンは直哉達が探索していたダンジョンで、エリクサーと思われるアイテムを拾ったのも直哉達だ。
しかしリナ子は探索者をやめており、食費の為にダンジョンを潜る必要のなくなった直哉も、そんな話とは関係なく日常を送っていた。
リナ子の母親、大畑敦美が退院してから直哉はずっと大畑家に入り浸っていた。
リナ子達が感謝して食事を用意してくれているのだが、親から食費を振り込まれた後もそんな関係が続いている。
直哉は一旦遠慮したが、大畑家の猛プッシュに負けて今の関係に落ち着いてしまった。
流石に毎日食事を作ってもらい弁当まで出されては、一銭も払わないと申し訳ないと直哉は食費を払おうとしたのだが断られてしまったのだ。
「あら、食費を払われてしまうと、こちらも傷を治してくれた回復薬の代金を払わないといけなくなっちゃうわね。
でもエリクサーの代金なんて天文学的な金額になってしまって、一般家庭には到底払える物じゃないわ。
だから、こんなおばさんで申し訳ないのだけれど体でお支払いするしかないわね」
「け、結構です!」
と、このように食費の受け取りを脅迫地味たやり方で誤魔化されて、直哉は食費を払わずにタダ飯を食らう生活を受け入れざるを得なくなった。
その時に、リナ子が後ろで肩紐を外してスタンバっている姿を直哉は見逃さなかった。
もし断らなければ母娘丼なるものでお礼された可能性があるが、直哉にはそんな大胆な選択肢は選べなかった。
直哉も思春期の青年なのでそう言ったことに興味はあるものの、突然言われても対応出来ないヘタレなのだった。
そんなこんなでリナ子との仲は進展していないが、登校も下校も腕を組んで一緒に歩く姿を見て周りの人間にはカップルだと思われている。
そんな微妙な、モテているんだかいないんだか分からない状況に直哉は困惑していた。
特に直哉の友人である蓮次と徹平はその姿を見る度に、「裏切り者……」とぼそりと呟いて横を通り過ぎて行くようになり、どうにか話しかけても素っ気無く睨まれてしまう仲になってしまった。
直哉は学校での寂しさを紛らわすように、さらに大畑家での生活にのめり込んでいった。
そしてそんな生活をひと月も過ごしていると、リナ子の積極的なアプローチの甲斐あって直哉の部屋に二人きりになっていたのだった。
「じゃあ、今日は世界史をやっていこうか」
なお、静かな所でテスト勉強をしたいというリナ子の言い分をそのままに受け取ってしまった直哉は、その真意を汲み取れず馬鹿みたいに勉強をしようとしていた。
「学校が違うからテスト範囲が違うかもしれないけど、そこまでの差はないと思うよ。
でも助かったよ。
友人に素っ気無くされちゃってさ、一緒に勉強してくれる人を探してたんだ。
リナ子さんがいてくれて本当に助かってるよ」
「リナ子!そう呼んでって言ったじゃん!」
「……40年ほど前にダンジョンが現れた所からやっていこうか」
直哉は話を無視して教科書を開くが、リナ子は教科書に割り込んで直哉を見つめて来た。
「ヤダ!無視しないで!そろそろ次のステップに進んでもいいじゃん!あたしは直哉が好き!
ダンジョンで助けてもらってから、直哉を見てると胸がきゅんとなってるの!」
「それは多分吊り橋効果と言って、危険な状況のドキドキと恋のドキドキとを取り違えてるだけだよ」
「違う!例えそうだとしても、直哉が助けてくれたのは違わない!
それに今の気持ちが偽物だって言うなら、本物にしていけばいいじゃん!」
リナ子は直哉の手から教科書を奪い取って指を絡ませていく。
目には涙が溜まり、キラキラと輝いていた。
「ね?……別に悪いことしてるわけじゃないからさ、踏ん切りがつかないなら1回だけあたしで試してみるって思ってくれていいから、ね……」
「で、でもこういうことは恋人になってからじゃないと、良くないと思うよ?」
「じゃあ、あたしを直哉の恋人にして?今日だけでもいいから……ねえ、お願い……」
その言葉に押されて、直哉は指を絡ませていたリナ子の手を握り返した。
直哉はリナ子の体を引き寄せてそして、
『ピンポーン!』
そして玄関のチャイムが鳴った。
「出なくてもいいんじゃない?」
「そういう訳にはいかないよ」
熱を帯びた体は来客によって急激に冷えていった。
リナ子は恨めしそうにインターホンを睨みつけ、直哉はほっとしたような残念なような気持ちで玄関へと向かった。
「はーい、どなたですか?」
「御機嫌よう、わたくしは大泉麗華と申します。
今回はギルドより、大乗直哉さん並びに大畑リナ子さんにお話があってまいりました。
ちょっとお時間よろしいでしょうか?」
玄関にいたのは黒いセーラー服に身を包む黒髪ロングストレートの美人な女の子。それとその子を守るためのボディーガード、黒いスーツを着込んだサングラスの屈強な男が二人、麗華の脇に立っていた。
「えっ!?ギルドから?何の話でしょうか?」
「それは……少し長い話になるので、中に入れてもらえますでしょうか?」
「えっと……」
「直哉ぁ、誰だったのぉ?」
返事に悩んでいると奥からリナ子がやって来た。
言葉では誰が来たか気にしている様子を見せているが、本当はとっとと来客者を帰らせて先程の続きをしようと考えている。
滅茶苦茶帰れオーラを撒き散らしたリナ子はドアの外にいる麗華を見ると、直哉の腕に抱き着いて自分のものアピールをして麗華に見せつけていた。
「今ちょっと立て込んでいるんでぇ、今度にしてもらえませんかぁ?」
「ここは大乗直哉さんの住んでいる部屋のはずです。貴方に帰れと言われる筋合いはありませんよ?」
リナ子の態度と口調で、ケンカを売られていると感じとった麗華も負けじと口撃を開始する。
両者とも一歩も引かない気配を見せつけて、直哉はおろおろと戸惑ってしまう。
そして人様の玄関先でケンカを始めたことにより、麗華のボディーガード達もおろおろとしてしまう。
ボディーガードとして出しゃばる気はなかったが、これ以上時間を浪費しても良い事などないと判断して部屋主である直哉に話しかけた。
「大乗直哉さん、私共はあなたに迷惑を掛けたくてこの場に来たのではありません。
貴方も住居の玄関先でこのように騒がれると、大変に困ると思います。
ですので、どうか中に入れて話を聞いていただけないでしょうか?」
「はあ……でも話の内容が分からなければ、どうとも言えませんね……」
「それは一月前、あなた方が最後にダンジョンに潜った時が関係しています」
「最後にダンジョンに潜った時の事……?」
直哉は何とか思い出そうとするも、一か月前のことなんて鮮明に思い出せる訳もない。
ただ、最後にダンジョンに潜った時の話と言われて思い当たる節はあった。
エリクサーもどきを手に入れて、リナ子の母親を助けた日だ。
(ということは、エリクサー関係で尋ねて来たのだろうか?)
そう考えてみたが、直哉の中では話すことなど何もない。
データは探パスを通じてギルドに伝わっているので、直哉にそれ以上の情報を渡せと言われても無理な話だ。
そう思い至って断ろうとすると、ボディーガードから衝撃の言葉が飛び出てくる。
「その時に貴方は他の探索者に襲われて撃退して、その人をダンジョン内に放置していますね?」
まさかの三好の件についてだった。
身構えていたら別方向から殴られたかのような衝撃で頭は混乱し、自分が犯罪者として裁かれるのではないか?と最悪の考えが頭をよぎった。
直哉は焦り、事件の全容を聞くべきだと判断して三人を家に上げることにした。




