17話 エリクサーかもしれないなら……
「リナ子さん!起きてくれ、リナ子さん!」
直哉は戦いが終わって、すぐにリナ子の側に駆け寄った。
腹部を刺されたばかりのリナ子は血が流れ続けている。一刻の猶予もない状態だ。
そこで直哉はこの場を動かさずにリナ子の意識が戻ることを祈った。
このまま外に連れ出して医者に見せても、助かるかどうかは分からない。
しかし回復スキルを持つリナ子なら、このくらいの傷はスキルを使えれば治ると思ったのだ。
直哉はリナ子が目を覚ますように声をかけるが、一向に目は開かなかった。
「頼むっ!目を覚ましてくれ!」
流れ出る血を止めようと傷口を手で押さえ、リナ子の体を抱きかかえて強く抱きしめる。
直哉のスキルは他の人間とは違うものだが、それでもその力の源は同じ魔力だ。
それを知ってか知らずか、自分の力を渡そうと体を密着させて、顔の近くでリナ子の事を呼び続けた。
「お願いだ……お母さんを助けるんだろ?
兄弟がお姉ちゃんの料理を待っているんだ。リナ子さんには帰る所があるし、待っている人もいる。
こんな所でケガなんかに負けちゃだめだ!」
必死に呼びかけ続けるがそれでもリナ子の意識は戻らない。
リナ子の出血により血だまりが出来て、もはやショックダメージとは別に意識が戻らない可能性があった。
目の前で無くなろうとする命がある。それに対して直哉のスキルは何もしてやれない……。
どうにも出来ない無力感から逃げるように、直哉はリナ子の体を強く抱きしめた。すると、突然リナ子の体が光り始めた。
「な、なんだ!?」
リナ子の変わった様子を見て、驚きながらも期待してしまう直哉。
何が起こったのか確かめるべく服をめくると、服には武器で突き刺された穴が開いたままなのに傷は何処にもなかった。
リナ子が発光した瞬間に回復したようだった。
そして体の傷が癒えた事によりリナ子の目が覚めたのだが、大変なことになっている。
直哉は必死で気付かなかったがリナ子の服はワンピース。
腹部の傷を確認するのに服をめくるということは、パンツ丸出しになるのだ。
リナ子が目を開けて最初に見えたのは、自分の服をめくってパンツ丸出しにさせて腹部を撫でて密着している直哉の姿。
完全に変質者です。本当にありがとうございました。
「きゃあぁぁぁぁぁぁっ!」
「へぶっ!?」
完全に気を抜いている所にリナ子の右ストレートが突き刺さる。
一発だけでは飽き足らず追撃に直哉の顔面を狙うが、ダメージを喰らった直哉は無敵だ。
「落ち着いてリナ子さん!傷が塞がったばかりだから無理しないでよ!
……一体どうしちゃったのさ?」
「人の服を脱がそうとして、そこで冷静になるな―っ!」
「わあっ!ごめん!」
物理では敵わないと悟ったリナ子は、恥ずかしい気持ちを捨てて言葉で説明する。
直哉もすぐに気が付いて、スカートを直してリナ子から遠ざかった。
「もう!その無敵やめなさいよ!
乙女の恥ずかしい姿を見たんだから、男は黙って殴られなさい!」
「そんな理不尽な……」
リナ子のワガママに困る直哉だが、元気な姿を見れて本当は涙が出そうなくらいに嬉しかった。
その涙は顔面に右ストレートを食らった時に引っ込んでいったが、本当に良かったと思った直哉は自然と笑顔になった。
「な、なによ?その微笑ましい顔は……まさか、あたしのパンツを思い出してにやけているんじゃないでしょうね?」
「違うって!死んでいたかもしれないリナ子さんが治って良かったと思っているんだよ。
ほら、自分がいた地面を見てごらんよ。血が流れて血だまりが出来ているだろ?」
「えっ?」
直哉に言われて立ち上がり、自分が寝転んでいた場所を見ると血の赤さで地面が染まっていた。
その血だまりの量を見て自分がどれだけの血を流したのかが分かってしまい、直哉が心配したのも納得だった。
死んでしまっていたかもしれないと、改めて理解して戦慄するリナ子。
血だまりだけでなく自分の手や服にまで血がびっしりと付いており、ホラー映画のエキストラのようにも見える。
「本当に危なかったのね……えっ?これは何なの?」
「えっ……何だろうね、それ?」
血で汚れた自分の手を見てみると、手の中に小瓶を握っていたことにリナ子は気付いた。
いつの間に手の中にあったのか直哉にも分からない。
「ポイズンマンのドロップアイテムかな?あの犯罪者を倒した時に巻き込んで倒していたとか?」
「そう……なのかな?とりあえず探パスでどんなものか見てみるわ」
リナ子が小瓶を調べている間に直哉は辺りの様子を見ておく。
三好はショックダメージにより意識を失い寝転がっており、モンスター達は地面に落ちた魔結晶を取り込むのに夢中だった。
「うわっ!魔結晶を放りっぱなしだった!」
まだ魔結晶のすべてをスライムに吸収されてはいないが、リナ子のことを心配している間に半分はスライムに溶かされていた。
何とか集めた魔結晶を回収したいが焦って魔結晶を取れば、ポイズンスライムがポイズンマンに変化してしまう。
まずはリナ子と相談してからだが、振り返るとまだ探パスの情報を見たままで動かない。
即座にデータが網膜に表示されるので、そこまで時間のかかる作業ではないはずだが、おかしいと思った直哉は声をかけてみる。
「どうしたのリナ子さん?」
「うん……ちょっとこれ見てみて……」
リナ子が差し出した小瓶を直哉は自分の探パスで見ると、
『???????
HP完全回復
MP完全回復
最大HP上限アップ
最大MP上限アップ』
そう表示されていた。
「えっ!?これってエリクサー?」
エリクサーと言うのはダンジョンで二度だけ発見されたことのある秘薬だ。
どんな怪我も病気も治して、更には若返らせ寿命を延ばす万能薬。
市場に出せば一生遊んで暮らせる金が舞い込んでくるだろう。
「違う、エリクサーは過去にダンジョンで拾った人がいるから、探パスにデータが残ってる。
でも、このアイテムは名前が決まってない。つまり未発見アイテムってことになるのよ!」
「ええっ!?それって大発見じゃないか!」
エリクサーに近い未発見のアイテム。それがこんな低階層で見つかるとは、この情報だけでギルドへの貢献は計り知れない。
突然の偉業に直哉は興奮で体が震えだしていた。
(ポイズンマンのレアドロップがエリクサーに近い回復薬を落とすなんて、ダンジョンの歴史が変わってしまうかもしれない……)
興奮する直哉とは裏腹に、リナ子は冷静だった。正確には冷静になろうと必死だった。
出来るだけ落ち着いて直哉と話し合うために、感情を抑えるので一杯だった。
「ねえ、ノリオ。この薬、あたしのよね?」
「え……ま、まあ、ドロップした時にリナ子さんが握っていたんだから、そう……だね……。でもさ───」
直哉が全てを話し終える前にリナ子は出口に向かって走っていた。
リナ子の行動に直哉は驚き、一瞬スライムに吸収されようとしている魔結晶を持って行くか悩んで、そして諦めてリナ子の後を追った。
「待って!リナ子さん!」
だが待たない。
リナ子はこの機会を逃さない。
一直線に母親の入院している病院まで突っ走る気でいる。
スタートダッシュでリナ子に離されたが、リナ子のスキルは後衛向きで体力の伸びはイマイチだ。
更に基本的な体力や筋力も直哉の方が上なので、3階の途中で横に並ぶことが出来た。
そして走りながら話しかける。
「リナ子さん!その回復薬はリナ子さんの物でもいいけどさ、名称不明な回復薬をお母さんに使って本当にいいの?どうなるか分からないんだよ?」
「大丈夫!探パスに効果が書いてあるし、それに確信してるの。これは良いモノだって!」
直哉はリナ子を説得するのは不可能だと感じて、それ以上何か言うのは止めた。
直哉も、心配はしていたがこの回復薬が悪い物に思えなかったからだ。
「お母さんの所に向かうなら、途中で着替えるなり服を買った方が良いよ」
「それはノリオも一緒!」
こちらに向かって来るキラービーを投げナイフで倒して道を開き、リナ子が全力で走れるようにフォローする。
ついでにアドバイスをしたが、ケガをしたリナ子を抱きしめていた直哉も服が血だらけだった。
ダンジョンを抜けた二人は、ギルドで服を買って着替えることにした。
家に帰れば余計な出費はいらないが、リナ子はすぐにでも母親に回復薬を届けたかったのだ。
金を持っていない直哉はリナ子に服を買ってもらい、血で汚れた手や顔を脱いだ服で軽く拭って綺麗にした。
ダンジョンでは流血沙汰は日常茶飯事だが、外では違う。けれど今の直哉達なら街中を歩いても全然大丈夫だ。
「服を買ってもらってなんだけど、オレも行っていいのかな?」
「今のあたしちょっと余裕ないから、ママの病室の前まででいいから付いて来て。
あたしが希少な物を持っているだなんて誰も知らないだろうけど、取られないか不安なの。お願いノリオ……」
「うん、いいよ。
ダンジョンの50階を目指すよりかは簡単なお願いだよ」
「ありがとう、ノリオ!」
こうして二人は電車を使ってリナ子の母親が入院する病院まで向かうのだった。




